「これは『眼鏡バサミ』といって、持った時に小指をかける部分がついてない昔の理容バサミなんです。修業時代から使い始めて、もう90年以上になりますかねえ。刃を研いで使っているうちに、半分ほどの短さになってしまいまして」
年季と誇りが詰まった鈍色の宝物を手に、箱石シツイさんが破顔する。1916年生まれの108歳。床屋の現役おばあちゃんだ。

宇都宮駅から1時間半ほど車を走らせると、風光明媚な山間の道沿いに「理容ハコイシ」が見えてくる。
「今は床屋をやるのは、予約が入った時だけ。月に数回程度です。手先は全く問題ないんですが、近頃は膝が痛くて。立ち仕事はもうあまりやりたくないんですけどね(笑)」

箱石さんが注目を集めるきっかけとなったのは2021年3月、104歳で東京五輪の聖火ランナーを務めたことだ。雨の中、長男の英政さん(81)と共に約200メートルを完走した。
「トーチは重さが1.2キロあるんですよ。日頃、ハサミより重い物を持たないですし、最初はお断りしたんですが、町の職員さんのお願いに根負けして引き受けてからは毎日1000歩、トーチを片手で持って歩く練習をしました」
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source : 週刊文春 2025年2月20日号