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松田聖子と沙也加「音信不通」5年 会話は弁護士経由

「週刊文春」編集部
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 すぐさま「一卵性母子」という言葉を想起させた「アナ雪」女優による不倫疑惑と離婚。一方、母と娘は壮絶な衝突を繰り返し、約5年前から一家は崩壊状態に陥っていた。確執の原因は、やはり「男」――。かつて「恋多き女」と呼ばれた母親は今、何を思うのか。

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 12月9日夜、郷里・福岡の高級ホテルで行なわれたクリスマスディナーショー。松田聖子(57)は「赤いスイートピー」を歌い始めると、目頭を押さえて天井を仰ぎ見た。

「福岡を飛び出してから39年。来年、デビュー40年を迎えます。故郷を出たときは、まさかこんなにも長い間、歌を歌えるとは思ってもいませんでした」

 花道を歩き始めた聖子は突然、客席の年老いた女性を抱き寄せ、首筋にキス。「うちの母です」と紹介すると、会場から割れんばかりの拍手が湧き起こった。

 この日、聖子はラメのあしらわれた黒いドレスや、フリルのついたピンクのドレスに身を包み「SWEET MEMORIES」や「渚のバルコニー」など往年のヒット曲11曲を熱唱。つめかけた500人以上のファンを大いに沸かせた。

「トークでは地元・久留米の思い出や年末の紅白歌合戦などについて饒舌に語っていました。チケットは全席指定で約5万円。女性歌手でもっとも高いディナーショーと言われますが、どの回もほぼ満席です。特に福岡は凱旋コンサートさながらの盛況ぶりで、聖子さんは涙を見せながらも終始上機嫌な様子でした」(会場にいた男性ファン)

 もっとも、多くのファンが固唾を飲んで注目していた娘の神田沙也加(33)については最後まで語らず。聖子は母・一子さん(87)と共に、大勢のスタッフに囲まれながら足早に会場を後にした――。

「アナ雪2」と不倫疑惑

村田充

〈私、神田沙也加は、村田充さんと離婚しておりました事をご報告いたします〉

 沙也加が公式ブログを通じて舞台俳優の村田充(42)との離婚を公表したのは12月4日のこと。発端は『女性セブン』(12月19日号)が報じたジャニーズJr.の秋山大河(27)との“不倫疑惑”だった。

「今年7月、舞台『SHOW BOY』で共演した沙也加と秋山は公演中から距離を縮め、8月頃に2人で会うほど親密な関係に発展していた。『女性セブン』は、沙也加が村田と別居状態にあることを突き止め、11月下旬、秋山のマンションで一夜を明かす沙也加の姿をスクープしたのです。沙也加の事務所は、すでに離婚は夏頃に成立し、秋山の存在は村田も認識していると説明。不倫については強く否定しましたが、離婚の詳細な時期について明言せず、疑惑を完全に払拭できなかった」(スポーツ紙記者)

 現在公開中の映画「アナと雪の女王2」で主人公のひとり、アナの声を担当する沙也加は、何があっても不倫を認めるわけにはいかなかった。

「デビュー以来、“親の七光り”と言われ続けた沙也加が、声優やミュージカルの舞台で活躍できるのには14年公開の『アナ雪』の大ヒット抜きに考えられない。キャリアに傷をつけないために、沙也加や関係者は口を噤(つぐ)んでいるのです」(映画担当記者)

 だが、聖子が娘に言及しないのには別の大きな理由がある。それが「母子断絶」だ。

 2人を知る芸能関係者が明かす。

「実はあの親子は、もう5年近く“絶縁状態”にあるんです。音信不通の状況が続き、弁護士を介さなければ会話もままならず、今回の離婚についても聖子さんは事前に聞かされていなかった。これまでに何度も壮絶な親子喧嘩を繰り返してきた2人ですが、今が一番悪い状態かもしれません」

「もうこんな家族、イヤだ!」

 17年4月に村田と結婚した際も、沙也加は聖子に一切、報告していなかったという。

「祖母にあたる一子さんには真っ先に伝えたが、祝福されると思いきや一子さんから猛反対に遭った。沙也加さんは『もうこんな家族、イヤだ!』と嘆いていました。聖子さんもさすがに黙っていられなかったのでしょう。何度も沙也加さんに電話をかけたものの、一切繋がらず、『娘と連絡が取れない』とよくボヤいていました」(同前)

 沙也加は結婚式にも聖子を呼ばず、当てつけのようにそれまで没交渉だった父・神田正輝(68)を招待する。さらに聖子の“天敵”だった和田アキ子(69)と会った際には、夫婦に神田正輝を交えたフォーショットを和田のインスタグラムで公開。母・聖子を執拗に挑発し続けた。

左端が村田、右は神田正輝(和田アキ子のインスタグラム)

 母娘の“断絶”は過去にもあった。

 その時の原因も男関係だった。02年、15歳で沙也加が歌手デビューを果たした直後のことだ。

「その頃、沙也加が交際していた相手はひと回り年上のギタリスト。家庭がある身で、不倫から始まった恋だといいます。彼の離婚が成立すると、沙也加は結婚すると言い出し、実際に婚姻届を準備していた。もちろん聖子さんをはじめ周囲は猛反対。自宅で窓ガラスが割れるほどの大喧嘩となり、警察が出動する騒ぎとなった」(当時を知る音楽関係者)

 高校卒業を機に、聖子は沙也加を勘当し、個人事務所「ファンティック」との契約も解除。自宅を追い出され、給料を止められた沙也加は、飲食店のバイトで糊口をしのいだ。

「彼女にしてみれば『ママは好き勝手やってるのになんで私だけ?』という気持ちが強かったのでしょう。後年になってからもよく『ママみたいになりたくない!』と愚痴っていました」(親子の知人)

 80年代を代表するアイドルとして知られる聖子は、一方で数多くの男性と浮名を流した“恋多き女”の代名詞的存在でもあった。

 沙也加の父、神田正輝と結婚したのは85年。同年1月に郷ひろみ(64)との破局会見を開いてからわずか5カ月後のことだった。

「華美な結婚式がテレビでも中継され『聖輝の結婚』と謳われたが、86年に沙也加を産んで間もなく夫婦生活は破綻。語学教師のジェフ君やバックダンサーら複数の外国人男性との不倫疑惑を報じられたこともあった」(芸能デスク)

 97年、正輝と離婚。翌年、主治医の歯科医と“ビビビ再婚”をしたが、その後も原田真二(61)とのダブル不倫疑惑が報じられ、12年に別の歯科医男性と再々婚している。

「沙也加さんにとって、母親が付き合う相手はもはやどうでもいい存在だった。交際相手との接点はほとんどなく『ママが何をしても関係ない』というスタンスでした。もっとも、傍から見れば沙也加さんがやっていることも聖子さんと同じで、周囲の迷惑を顧みない性格もそっくりなんです」(前出・親子の知人)

 けっきょく沙也加はギタリストと破局。一時は芸能界を引退することも考えたが、芸能界の母と慕う大地真央(63)の後押しで06年に舞台復帰を果たした。

「一時落ち着きを取り戻したかのように見えましたが、その後も舞台の共演者やミュージシャンと付き合っては、すぐに別れるということを繰り返していました。彼女の好きなタイプは『ギターが弾けて』、『前髪が長くて』、『陰のある人』。誰を連れて行っても聖子さんは反対していたが、11年頃に付き合っていた田代万里生さんだけは家柄も経歴も申し分なく、聖子さんも認めていた」(同前)

「ママはウソ泣きしていた」

今年の紅白にも出場する松田聖子

 11年4月には親子でバラエティ番組に出演し、同年12月にはNHK紅白歌合戦で共演も果たした。揃って純白のドレスに身を包み、坂本九の代表曲「上を向いて歩こう」をデュエット。歌い終えた後に聖子は涙を流したが、この時も親子の関係は決して良好とはいえなかったという。事務所関係者が語る。

「お互いに気を使い、腫れ物を扱うようなギクシャクした関係が続いていました。紅白で聖子さんが泣いたのを見て多くのスタッフが呆れ返っていましたが、沙也加も『ママはウソ泣きしていた』と話していた」

 現在は親子の関係が修復されたと報じるメディアもあるが、聖子の知人は言下に否定する。

「事態は悪化の一途を辿っています。決定打になったのは、14年に聖子さんが『ファンティック』を飛び出して新たに別会社『melody fair』を設立したこと。ファンティックは89年に聖子さんがサンミュージックから独立した後に立ち上げた個人事務所でもともとは亡くなった聖子さんのお父さんが代表を務めていました。その後はお兄さんが社長に就任し、30年近くに渡って家族で切り盛りしてきました。ところが、聖子さんは一方的に家族を切り捨て、元マネジャーのK氏と行動を共にし、自分の事務所から“独立”するという不可解な行動に出たのです」

 この事態に激怒したのが聖子の母・一子さんだ。

「裁判沙汰になりかけるほど揉めに揉め、一子さんは『あんなワガママな子は知らない』と怒り心頭。一時期、聖子さんは実の母親とも絶縁状態にあったんです。赤の他人を引き入れて勝手な行動を取る聖子さんに家族は不信感を抱き、彼女のお兄さんまでもが距離を置くようになりました」(同前)

 この頃「アナ雪」のブレイクで沙也加は数々のテレビ番組に呼ばれているが、局側には必ず「母の話はNG」と伝えていたという。

 ここから壮絶な“骨肉の争い”が繰り広げられることとなる。

 聖子側がさらなる“攻撃”を仕掛けたのは沙也加が結婚した17年のこと。

「沙也加さん側に聖子さんから『ファンティックの名前を使わないで!』と身勝手なクレームが入ったのです。沙也加さんが結婚式を挙げたのは17年5月。やむなく沙也加さん側が新会社『ローブ』を設立したのも同時期で、明らかに結婚に反対する聖子さんの“横槍”でした」(同前)

「ローブ」の社長には聖子の兄が就任したが、沙也加のスタッフに変更はなかった。だが、聖子は娘にさらなる要求を突きつける。

「それまで使っていた成城のオフィスを明け渡すよう要求してきたのです。結局、『ローブ』は駅を挟んだ反対側への転居を余儀なくされた。元のオフィスは、聖子さん側が使っています」(同前)

 事態は単なる親子喧嘩にとどまらず、いまや家族崩壊の様相を呈している。

「驚いたのは、ほどなくして一子さんが聖子さん側についたことです。一子さんは長年『ファンティック』の取締役に名を連ねていたが、昨年3月に役員を辞任し、なぜか聖子さんと行動を共にするようになったのです。幼い頃から、忙しい両親に代わって祖母に育てられた沙也加さんは、一子さんの仕打ちにショックを受け、今も連絡を絶っています」(同前)

 かくして蒲池家(聖子の本名)は聖子と一子、沙也加と聖子の兄の真っ二つに分裂。沙也加の“不倫騒動”は、日本を代表する芸能一家の骨肉の争いをも浮き彫りにしてしまったのである。

 アイドル時代のスタッフとして聖子との関係も深かった音楽プロデューサーの酒井政利氏が言う。

「沙也加さんは母親に反発を覚えながらも聖子さんの足跡をたどってしまう。今回の件に誰よりもショックを受け、悩んでいるのは聖子さんじゃないでしょうか」

財産を分け与える資格があるか

レストランで行なわれた結婚パーティ。聖子、祖母の姿はなかった

 かつての聖子は身内しか信用せずスタッフには久留米から呼び寄せた親戚や地元の関係者を置いていた。築きあげた財産で次々とマンションや土地を買い進め、それらを母や兄の名義に振り分けて一家で聖子の財産を守り抜いてきたのだ。

 現在、聖子が暮らす成城の大豪邸をはじめ、兄夫婦が暮らす邸宅、関連会社が拠点を置く不動産の総額は10億円をくだらない。

「莫大な財産の大半を相続するのは、一人娘の沙也加さんです。聖子さんが娘の交際相手に厳しかったのは、人生を賭けて築き上げた財産を分け与える資格があるか、見極めていたのでしょう」(前出・聖子の知人)

 小誌は沙也加、聖子の所属事務所に質問状を送ったが、締め切りまでに回答はなかった。聖子の母・一子さんにも親子の現状を尋ねたが「すいません……」と答えるのみ。聖子の兄も「さあ、知らないな」と取材に応じなかった。

 郷里の福岡に住む父親方の年老いた親族は、小誌の取材にこう語った。

「聖子さんは前のご主人と一緒に会ったことがあるが、沙也加とは小学生の時以来、会っとらん。結婚や離婚の報告もない。あの家族が来るときはいつも別々じゃ。親子仲が悪いというが、親子や兄弟というのは、畢竟、そういうもんじゃろう」

 スキャンダルを糧に芸能界を生き抜いてきた聖子。壮絶な親子喧嘩も、これまた母娘の「血と肉」になるのかもしれない。

source : 週刊文春 2019年12月19日号

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