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JOC経理部長自殺“五輪裏金”と補助金不正

「週刊文春」編集部
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JOCの山下会長
JOCの山下会長

「この件については外部に漏らさないように」

 6月7日午後、日テレが〈JOC幹部が電車に飛び込み死亡〉と速報してからしばらく経った頃、文部科学省からJOCに出向中の籾井圭子常務理事が職員を集め、こう指示した。

「職員への全体説明が終わった後にわざわざ補足として強調されたので余計、彼の死に五輪が関係しているのではないかとの疑念が渦巻きました」(JOC関係者)

 籾井勝人NHK元会長の愛娘の発言は、一体何を意味していたのか。

 6月7日月曜日の午後6時、東京都内の住宅街。2人の若い女性が沈痛な表情でうつむく母の手を取りながら帰宅した。その日の朝9時20分頃、夫で日本オリンピック委員会(JOC)の森谷靖経理部長(52)が最寄り駅のホームから飛び降り、自ら命を絶っていた。

亡くなった森谷氏(JOCのHPより)
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 近隣住民は、事件2日前に森谷氏を目撃したという。

「クリーニング店に衣服を取りに行かれていた。常に身なりに気を遣っていて帽子を被り、絹のシャツをよく着ていた。寡黙で礼儀正しく、奥さんのピアノ教室を手伝うこともあった。家族仲は良さそうでした」

 2人の娘の父でもある森谷氏は、国内選手の強化支援などを担うJOCの事務局で長年働いてきた。山下泰裕会長の下、この4月の組織改編で新設された経理部の部長に就任している。

 森谷氏が亡くなる2日前に放映された『報道特集』(TBS系)で、五輪費用について組織委の現役職員が詳細に内部告発をしていた。これが森谷氏だったのでは? との噂が当初飛び交ったが、「森谷氏は組織委に出向していないし、別人でしょう」というのが関係者の一致した見方だ。

 森谷氏は法政大学を卒業後、西武鉄道グループの不動産会社・コクドに入社。西武の総帥・堤義明氏が初代JOC会長だったことからコクドの若手社員の一人としてJOCに派遣された。

 堤氏の側近だった遅塚(ちづか)研一元専務理事が振り返る。

「1988年のソウル五輪での成績不振をきっかけに、翌年、選手強化のための独自財源の確保を目指して、JOCは日本体育協会(現・日本スポーツ協会)から独立、法人化しました。日比野哲郎(現顧問、19年まで常務理事)が新生JOCの財政運営を支えてきた。森谷は日比野にずっと仕えていた覚えがあります」

 JOC関係者が続ける。

「森谷氏は日比野氏に買われ、コクドには戻らずJOCの正規職員になった。真面目に黙々と仕事をこなすタイプでした。長らく財務を仕切った日比野氏の後継者としてJOCの裏も表も知る人間なので、何か抱えていたのかもしれません」

 JOCの表裏を知り尽くす“金庫番”だった森谷氏。JOCは公益財団法人で財源の半分以上は国からの補助金だ。透明な事業運営が求められるが、カネをめぐる不祥事が相次いだ。

 一つは競技団体の補助金不正だ。2012年に全日本テコンドー協会など10競技団体が国庫補助金などを不正利用し、コーチらの報酬が寄付の形で所属競技団体に流れていた問題が発覚。JOC幹部役員や当時総務部長だった日比野氏ら事務局職員が減給処分された。

 だが、その後も不正の発覚が続いた。日本レスリング協会は昨年、コーチの告発をきっかけに、10年からの3年間で16人のコーチから総額1400万円弱を“ピンハネ”していたと明らかにした。

「国が3分の2を補助していたコーチへの報酬の一部を協会に寄付させ、海外遠征での会食代などに流用していたのです」(レスリング協会関係者)

 こうした寄付の仕組みの考案者であったレスリング協会の高田裕司副会長兼専務理事(当時)は、今年1月の臨時理事会でヒラの理事に降格したものの協会には残っている。

 レスリング協会の元コーチが嘆息する。

「本来、JOCは競技団体を監督すべき立場にあるが、高田氏はJOCの選手強化本部の副本部長でもある。さらにレスリング協会の“ドン”福田富昭会長もJOCの名誉委員として未だに君臨している。日本のお家芸のレスリングは、他の競技団体と比べても絶大な権力を持ちます。森谷さんは現場で、レスリング協会の会計処理に疑問を感じながら補助金を交付していたのではないか。JOCの加盟団体審査委員会の調査も進んでいない。レスリングのメダルラッシュが期待される東京五輪が終わるまで、調査を引き延ばしているとしか思えません」

 そしてもうひとつ、五輪招致をめぐる“裏金疑惑”も晴れない。竹田恒和JOC前会長が理事長だった招致委員会が、招致を勝ち取る13年に、アフリカ票に絶大な影響力を持つIOC委員側に約2億3000万円を支払ったことが発覚。振り込み先は、委員の息子が支配するコンサル会社だった。

JOCの竹田前会長

「竹田氏はコンサル料だと主張したが、その会社は実体がなく賄賂の疑いが強い。契約書には竹田氏のサインもあるが、本人は19年1月の釈明会見でも『いかなる意思決定プロセスにも関与していない』と強弁しました」(外信部記者)

6月4日に送られたメール

 東京五輪招致委員会はJOCと都庁からの人員を中心に構成され、理事長に竹田氏、事務総長に水野正人JOC副会長が就いていた。“疑惑の招致委”にJOCは、職員らを派遣するのみならず、活動資金として5000万円も貸し付けていた。

「リオに敗れた16年五輪の招致の際、JOCの当初予算に招致活動費は含まれていなかった。ところが、竹田氏が理事会に諮らずに支出を決めてしまい、次の招致でも予算枠が確保された。こうしたトップダウンによる不透明な会計処理を背負わされたのが、森谷さんら現場の財務担当者でした」(前出・JOC関係者)

 結局、フランス司法当局から訴追される可能性が浮上すると、竹田氏は19年3月にJOC会長とIOC委員を退任した。だがその後も関連報道は相次ぎ、現在もフランス当局の捜査は続行されている。小誌の招致疑惑の取材過程では、竹田氏を筆頭とする“五輪貴族”への優遇も見えてきた。

「それまでのJOC会長は無報酬でしたが、竹田氏の代から年間約1500万円の報酬を受け取っていた。同氏が、経営する旅行会社の業績悪化などで多額の負債を抱えていたことから、名誉会長の堤氏らが働きかけて報酬が出ることになったのです。ところが竹田氏が『自分だけもらうのは目立つから嫌だ』と言い出し、副会長や専務理事も有給に。こうした支払い業務にも長年経理畑にいた森谷氏が関わっていたとみられます」(別のJOC関係者)

 さらに、JOC役員の一人は、亡くなる3日前に森谷氏からメールをもらっていたと明かす。

「6月10日開催の定時理事会に諮る2020年度の決算資料が、彼から6月4日にメールで送られてきたばかりでした」

 森谷氏が担当するはずだった決算報告とはいかなるものか。昨年の同会議事録を参照すると、経常収益は約160億円。強化事業への補助金・助成金などとして67億円を受け取っていたことや、組織委との東京五輪マーケティング活動などによって74億円を得ていたことが分かる。こうした巨額費用に対し、担当する経理部員はわずか3〜4人だったという。

 JOC広報部に冒頭の籾井氏の発言について聞いた。

「故人や遺族のプライバシー保護の観点からも、職員個々人で対応することは控え、今後問い合わせについては一本化する旨の発言でした」

 五輪のために尽くしてきた幹部職員の、本番目前での突然の死。JOCには原因の検証が求められる。

source : 週刊文春 2021年6月17日号

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