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西浦教授 内部告発70分「菅官邸は尾身提言を潰そうとした」

「週刊文春」編集部

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菅首相は「絶対観客も入れる」
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「今の状況でやるのは、普通はない」。尾身会長の発言に菅首相は「なんで尾身さんが言うんだ」と苛立ちを募らせたという。水面下で続く菅官邸と専門家たちの“暗闘”。そうした中、厚労省アドバイザリーボードの一員でもある西浦教授が小誌に明かした事実とは――。

 東京五輪の開会式まで残り約1カ月半、専門家たちが“決起”した。

 6月2日の衆院厚労委員会。政府のコロナウイルス感染症対策分科会・尾身茂会長の口から飛び出したのは、こんな言葉だった。

「今の状況で(五輪を)やるというのは普通はない」

 それまで尾身氏が公の場で五輪開催の可否という政策判断に踏み込むことはなかっただけに、発言は大きな波紋を呼んでいく。

五輪に危機感を抱く尾身会長
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 さらに2日後の6月4日の衆院厚労委員会では、

「感染リスクについて近々、関係者に考えを示したい」

 と、五輪の感染対策について、専門家たちによる独自の「提言」をまとめる考えを示したのだ。

 尾身氏の動きに猛反発したのが、菅官邸である。

 同じ日、閣議後会見で田村憲久厚労相が「提言」について「自主的な研究の成果」と釘を刺したかと思えば、森山裕国対委員長も小誌に対し、「尾身先生は五輪のことと関係ないわけだから」と不満を示す。

「自主研究」と言った田村厚労相

 そして、菅義偉首相も側近らの前で、

「なんで尾身さんが、五輪のことを言うんだ」

 と、苛立ちを募らせたのだった。

「官邸寄りの“御用学者”」

 とまで批判されていた尾身氏が今回、なぜ官邸と真逆の動きを取ったのか。

「もちろん、五輪開催を最終的に判断するのは政治家です。その点は尊重していますし、政治家の皆さんと対立するつもりはありません。私たちの仕事は、感染をどうすれば制御できるのかということに尽きる。ただ、大きな問題なのは、総理や組織委員会の方々が主張している『安心・安全な五輪開催』が、十分に科学的なリスク評価がなされた上での発言ではないことです。それでも、刻一刻と開会式の日が迫っている。私たち専門家は今、訴え出るしかなかったのです」

 小誌の取材にそう語るのは、京都大学大学院・西浦博教授。厚労省感染症対策アドバイザリーボードの一員だ。尾身氏が“決起”するというこれまでとは大きく異なる局面。一体何が起きているのか――。

「高齢者接種だけでは流行は収束しない」

「尾身先生をはじめ、分科会やアドバイザリーボードに出席している有志のメンバー20人弱で、週末のたびにリモート会議を開いてきました。水際対策や医療体制の改善策などに関して、時には怒鳴り合いながら何時間も非公式の議論を重ねてきたのです」(同前)

 五輪をテーマにした議論が始まったのは、10都府県に緊急事態宣言が発令されていた2月のことだった。

「開催した場合に想定されるリスクの検討を行ってきました。海外から選手・関係者が来日することのリスク、人流増大に伴うリスク、医療逼迫のリスク、変異株の流入・流出のリスク。4月28日には、組織委の中にもコロナ対策を議論する『専門家ラウンドテーブル』が立ち上がった。この日以降、議論はより活発化し、徐々に意見をまとめていきました」(同前)

「これは出しようが難しい」

 問題はどのような形で提言を出すか。五輪開催の可否に関する諮問を受けていない以上、政府の分科会としての公表はできない。

「しかし五輪に伴う感染リスクは、国内の感染状況と無関係ではありません。五輪開催のリスクを評価することは、専門家としての責務。ただ、提言の公表にあたり、官邸とは緊密に連携しようと考えていました。やりたくない緊急事態宣言の延長など、都合の悪い時だけ『専門家のせいで』と責任だけ押し付けられることもありましたから……。実際、尾身先生と西村(康稔)大臣は毎日のように、感染対策を話し合っていた。その中で5月中旬、尾身先生から西村大臣に『提言を出したい』という話を持ち掛けたのです」(同前)

 ところが――。

 西村氏の答えは、

「これは出しようが難しい。待ってくれないか」

 というものだった。

分科会担当の西村コロナ相

 ただ、「待ってくれ」と言われた間に事態は一気に動く。5月21日に菅首相と小池百合子都知事が半年ぶりに面会し、五輪開催への連携を確認。23日には加藤勝信官房長官がNHKの番組で「すでにIOCが開催すると決めている」旨を語っている。

「提言を先に出されると、五輪開催反対の機運が高まる可能性がある――官邸はそう考えたのでしょう。徒に時間をかけて、尾身先生が提言を出す機会を握り潰そうとする一方、五輪開催を決定事項とする流れを作り出したのです。その後も『提言を出すのは、緊急事態宣言の期限である6月20日まで待って欲しい』と言われ続けました」(同前)

「尾身提言」を潰そうとした西村氏はむしろ、官邸の中ではこれまで専門家に近い存在とされてきた。

 政治部デスクが言う。

「西村氏は、菅首相からは『専門家の意見を聞き過ぎる』と疎んじられてきました。まん延防止等重点措置(まん防)は西村氏が発案したという理由で、当初、首相は乗り気ではなかったほどです。反面、専門家からは『“酒の提供は禁止”など言いにくいことは全部尾身さんに言わせている』と揶揄されてはいるものの、それでも『首相よりはだいぶ理解してくれている』という評価でした」

首相はiPhoneの画面を見せて

首相と尾身氏の間には大きな溝が

 その西村氏から“裏切り”に遭った専門家たち。6月に入っても、水面下の暗闘は続いた。6月2日の厚労省アドバイザリーボード。西浦氏が振り返る。

「私を含めて複数の専門家が、『この会議で五輪のリスク評価をしていないのは、厚労省の皆さん異常なことですよ』と言いました。管轄外のような顔を皆さんしているけれど、大丈夫ですか、と。武藤香織先生(東京大学医科学研究所教授)は『公開される資料(直近の感染状況等の分析・評価)に五輪の文字が入るかどうかが、今後を占う分水嶺です』とまでおっしゃっていました」

 しかし、公表されたアドバイザリーボードの資料には「五輪」の文言は無かった。担当の厚労省健康局結核感染症課に尋ねると、

「会議での様々な意見やご議論を踏まえ、取りまとめられたものであると承知しています」

 五輪開催を巡る意見を専門家が出すことを認めようとしない官邸や厚労省。そのことを、西浦氏は悔しさを滲ませてこう評した。

「感染リスク評価の言論さえ封じられてきた」――。

 それでも、今回は尾身氏も引かなかった。分科会関係者が明かす。

「5月14日に北海道などを追加で宣言の対象にするよう専門家が求めたにもかかわらず、首相の意向で一蹴されたことがありました。この頃から、尾身氏は『覚悟を決めた』と漏らすようになったのです」

 官邸との関係を懸念する西浦氏らに対し、尾身氏はこう意気込みを見せた。

「でも僕たちは前のめりにきたじゃないか。やれることはあるはずだ」

 そして冒頭のように、国会の場で「今の状況でやるというのは普通はない」とまで言い切ったのだった。

 西浦氏が言う。

「これまで有志の専門家たちの間で検討されてきたことを、尾身先生が国会で語っていました。それを見て私たちの間でも『尾身先生が一人で腹を切る覚悟でやっている』『これまで皆で議論をしてきたじゃないですか』と熱い言葉が飛び交った。ならば、尾身先生一人ではなく、有志の専門家全員で提言を出そう、ということになったのです」

 6月第1週の週末、有志二十数人の中でも少数の専門家が集まり、提言の作成が行われた。西浦氏もデータ分析を手伝ったという。

「決して『中止しろ』という提言ではありません。当然、政権との政治的闘争でもない。あくまで感染症の専門家として、官邸や大会関係者の方々の参考になればと思って作ったものです」

 こうして提言を出すことを決めた専門家たち。彼らが政治家に対し、切に求めているのは「エビデンスに基づいた政策判断」だ。

 翻って菅首相はどうだったか。

「専門家の意見を伺う」

 緊急事態宣言の延長や解除をはじめ、会見などの場ではことあるごとにそう繰り返してきた首相。しかし、親しい知人には最近、

「専門家がきちんと対策をやらないから、感染が広がってるんだろ」

 とこぼしているという。

「首相は今も『人流が起きても問題ない。食事の時にマスクをしていれば大丈夫なんだ』と考えています。それゆえ、専門家が厳しい対策を求めても、『経済に影響が出る』と眉を顰めてきた。他方で、自分の口から言い出したくない緊急事態宣言の判断や飲食店への営業自粛要請は専門家任せ。なのに、感染者数が思うように減らない現状に、首相は“逆ギレ”しているのです」(官邸関係者)

 それでも、首相が今夏の五輪開催に強気なのは「ワクチン接種が加速しているから」(首相周辺)にほかならない。一日100万回接種を実現し、7月末までの高齢者接種を完了させるという目標を掲げている。

「ほら、見てみろ」

 首相は最近、そう言って側近に自らのiPhoneの画面を見せてくるという。

「官邸のHPに設けられたワクチン接種の特設サイトです。一日当たりの接種回数などが細かく更新されている。この数字を見て、首相は自信を深めているのです」(前出・首相周辺)

 だが、6月6日時点で2回目接種を終えた高齢者の割合は僅か2.4%。打ち手の確保も進んでいるが、ワクチン政策を取り仕切る和泉洋人首相補佐官ですら、7月末の高齢者接種完了は「難しいだろ」と漏らしている。

ワクチンの効果が10倍落ちる

感染力の強いインド株(国立感染症研究所提供)

 何より高齢者にワクチンが行き渡っても、流行を制御できるわけではない。

 西浦氏は「楽観論は本当に危ない」と強調する。

「65歳以上の高齢者の方々の接種が終わっても、集団免疫が達成できるわけではありません。接種を終えていない若い世代から感染が広がる可能性が充分に残っています。私の試算では、仮に7月末までに高齢者接種が終わっても、今後、複数回の緊急事態宣言が必要になる。7月23日の五輪開会式から、9月5日のパラリンピック閉会式まで約1カ月半。その間、宣言を出さざるを得ない状況になる可能性は、極めて高いと考えています」

 それはなぜか。立ちはだかる難題の一つが、強い感染力を持つインド変異株の存在だ。現在、日本で流行しているのは英国変異株だが、各地で続々とインド変異株が確認されている。

「英国株は従来株より1.5倍の感染力があるとされていますが、インド株はそれより1.5倍強いと言われている。重症化リスクや死亡リスクも高い。7月半ばには、おそらく現在の英国株がインド株に置き換わる。感染対策がより困難になるのです」(同前)

 7月半ばと言えば、五輪開会式の直前。しかもインド株に対しては、首相が頼みの綱にするワクチンの効果も落ちるというのだ。

 尾身氏率いる分科会のメンバーで、三重病院の谷口清州院長はこう話す。

「確かに、ワクチンは現在の英国株には既存株と同様の効果があります。対して、体の中に侵入してきたウイルスに対する強さを示す抗体価で見た場合、インド株への効果は約10倍落ちる。ワクチンを打っても一定数の患者が出てしまうのです」

 インド株の蔓延が加速化する以上、徹底的な予防策を講じることは不可欠だろう。組織委は選手や関係者に対し、感染対策をまとめた「プレイブック(行動規範)」の遵守を求めているが、これについて西浦氏は「甘い」と語る。

「このプレイブックは実効性が担保されない“お花畑”のような内容です。例えば『1メートル以内の接触を最小限に』などと求めていますが、基本的に性善説に基づいた要請ばかり。ロンドン五輪に出場した選手に聞くと、試合後は勝った選手も負けた選手も皆、ウォッカで酔っ払っていたそうです。より生活を制限される今大会で、全選手が厳しい節制を貫くことは現実的なのでしょうか。知り合いの欧州選手団のスタッフも『準備期間中に京都に行きたいのだけど、大丈夫かな』と聞いてきました」

感染対策などが記されたプレイブック

 それでも、IOCのトーマス・バッハ会長は「大会時には8割の選手がワクチンを打っている」と自信を見せる。が、そこにも“穴”は生まれかねない。

IOCに君臨するバッハ会長

「未接種の選手に加え、ワクチンが効かない選手も中にはいます。IOCは中国のシノバック製を提供すると言っていますが、ファイザー製などと比べ、変異株に対する効果が乏しいのです。『選手村で感染が頻発する』という可能性は高いでしょう」(同前)

 五輪開催に横たわる数多のリスク。そうした中で菅首相がこだわっているのが「観客入り」の五輪だ。官邸内からも「無観客しかないのでは……」との声が上がる中、首相は今なお、

「客は絶対に入れる。(上限5000人の観客を入れている)野球でクラスターは起きてないじゃないか」

 と口にしている。

 だが、本当に「観客を入れても問題ない」は正しいのか。「プロ野球並み」ならば、約300万人の観客が五輪会場に集うことになるが、西浦氏はこう語る。

「観客を入れれば、日本全国から東京に人が集まるわけです。会場に集まるだけではなく、試合後は集まって会食する機会も増えるでしょう。これまでのデータでは、年末年始やGWなど大型連休だけでなく、短い連休でも必ず実効再生産数が1.3〜1.8倍に上がっていました。感染者の数で置き換えると、約2週間で4〜10倍になる計算です」

 実際、人流を止めるのが遅れてしまったことで、感染者数が急増したケースは少なくない。

 例えば、北海道では4月29日時点で新規感染者が200人を超えるなど急増していたが、マラソンの五輪テスト大会後の5月8日までまん防の適用を見送っていた。菅首相は緊急事態宣言にも後ろ向きだったが、専門家たちの反発を受け、16日にようやく発令している。この間にも感染者は連日過去最高を記録し、一時は700人を上回った。

「緊急事態宣言の発令が少し遅れるだけで、感染が拡大するのが、このウイルスの怖さ。確かに東京の感染者数は減少傾向ですが、夜間の滞留人口が増加するなど予断を許しません。このまま6月20日に宣言を解除し、しかも観客入り五輪に突き進んだらどうなるのか。まして、感染力の強いインド株が広がり始めている状況です。私は大変な危惧を覚えます」(同前)

橋本会長が五輪直前に晩餐会

 だが、こうした危機感は伝わっていない。現職閣僚の一人が小誌に明言する。

「首相が五輪を中止することは絶対にない。成功すれば支持率も上がって衆院選は勝てる。感染者が増えたら負ける。爆弾を抱えて進んでいるようなものだ」

 首相だけではない。五輪開催は決定事項であるかのように、IOC関係者を相手に晩餐会を開く計画を進めている人物がいる。組織委の橋本聖子会長だ。

組織委員会の橋本会長

 内閣府関係者が明かす。

「先日、首相主催のレセプションが感染防止を理由に中止になりましたが、橋本会長主催の晩餐会が、7月18日に迎賓館で開催される予定なのです」

 迎賓館広報の回答。

「オリンピック関連行事についての話はありましたが、詳細は伺っていないので、お答えできません」

 組織委トップの橋本氏が歓待しようとしているIOC。では、彼らは「尾身提言」をどう見ているのか。

 小誌は6月5日、IOCナンバー2、アニタ・デフランツ副会長への単独取材を行った。97年に女性初の副会長に就任したデフランツ氏。バッハ会長の“右腕”と言える存在である。

小誌の単独取材に応じるIOCのデフランツ副会長

――感染症の専門家、尾身氏が「普通であれば開催できない」と語っている。

「パンデミックが自然な状態なはずはありません。それは誰だって知っています。日本にとって非常にチャレンジングな状況下で達成できることを世界に示す、絶好の機会だと思います」

――あくまで7月に開催されるということか。

「私はIOCがあらゆる予防措置を講じていることを知っています。あなたの国の政治家も、組織委もアスリートも準備を重ねてきた。だから開催するのが正しい。中には反対する人もいるかもしれませんが、五輪が終わる頃には皆、幸福を感じているはずです」

――バッハ会長について。

「彼はアスリートを気遣う善良な男。延期になっていかに手捌きが難しかったか。私は評価しています」

 当の尾身氏は今、何を思うのか。6月7日朝、本人に声を掛けた。

――西村大臣に突き返されてきたが、提言を出す?

「急いでいるから。ごめんなさい」

 そう言って、迎えの車に乗り込むのだった。

 西浦氏が最後に訴える。

「専門家のリスク評価に耳を貸さないまま、エビデンスの無い『安心・安全な大会』が開かれようとしています。この国で科学が滅ぶかどうかの重大局面と言ってもいい。リスクを正しく見極めた上で、政治には決断して欲しい――それが私たち専門家の願いです」

 五輪開催を目指す菅首相に求められるのは、ただ単に「安心・安全な大会」と繰り返すことではない。エビデンスに基づく「尾身提言」を踏まえ、国民に丁寧な説明を重ねることだ。

 

source : 週刊文春 2021年6月17日号

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