(みきたにひろし 1965年神戸市生まれ。88年に一橋大学卒業後、日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行。退職後、97年にエム・ディー・エム(現・楽天グループ)を設立し、楽天市場を開設。現在はEコマースと金融を柱に、通信や医療など幅広く事業を展開している。)
人は「未来」について考える時、どんな視点を持つべきだろうか。そして、「未来」を想像する意味とは、果たしてどのようなものなのだろう。
例えば、アメリカがアポロ計画で人類初の月面着陸を成し遂げたのは1969年。その計画を1961年に大統領のケネディが発表した時、人を月面に送り届けるための技術はまだ存在していなかった。
月に行くという目標は、飛行機を少しずつ改良した先に成し遂げられるものではなく、これまでにはなかった発想やイノベーションが必要となる。その意味でケネディ大統領が敢えてその時点で10年以内の月面着陸を目標に掲げたのには、乗り越えるべき壁を明確にする、という意図があったはずだ。月面に人が送り届けられる世界という「未来」を想像し、そのために必要な条件を一つひとつ具体化することで、技術的な課題も初めて明確になるからである。
ケネディの宣言によって、技術者たちは「月に行く」という長期的なビジョンをイメージできた。そうした長期的なビジョンは、次に中期的な課題を見えやすくする。さらに中期的な目標が明瞭になれば、次に短期的な課題が続々と浮かび上がってくる――。
10年後の「未来」のイメージが提示されたことで、人と金を集中させる場所が浮かび上がれば、技術が革新される準備は整う。そうしてイノベーションが繰り返されたことで、人類の月面着陸というスケールの大きな偉業も達成されたわけだ。
この話の教訓はこうだ。物事を成し遂げる時、問題になるのは目の前の「壁」の高さや数ではない。その「壁」が見えるかどうか――。乗り越えるべきその「壁」さえ自覚できれば、たとえそれが何百、何千という数であろうとも、僕らは前に進もうと動き続けられるからだ。
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source : 週刊文春 2021年6月24日号