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組織委最高幹部が告発 バッハIOC会長 ノーベル賞欲しさで「北朝鮮に行く」

「私が拉致被害者を連れ戻す」。日本はバッハの思いつき“政治利用”に振り回され続けてきたのです

「週刊文春」編集部

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バッハ会長(左)と北朝鮮の金正恩委員長(右)
バッハ会長(左)と北朝鮮の金正恩委員長(右)

 7月23日に開幕する東京五輪。祭典の裏側を覗くと――。

「バッハ氏の横暴は、もう許せません。来日してからも日本政府、日本国民を蔑ろにするような振る舞いばかり。感染再拡大が続いているにもかかわらず、広島を訪問したのも、本人たっての希望でした。世論の反発も高まっていましたが、『主催者の俺が決めることだ』と言わんばかりの姿勢に、組織委員会もNOと言えなかったのが実情です」

7月18日にはバッハ氏の歓迎会も開かれた
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 小誌の取材に重い口を開くのは、五輪組織委員会の最高幹部。その人物は無力感と憤りを滲ませて、こう続けるのだった。

「五輪の“政治利用”も厭わない彼の行動に、これまで日本政府は振り回され続けてきました。今回の広島だけでなく、それこそ、北朝鮮を巡っても――」(同前)

 7月23日に開幕を迎える東京五輪。これに先立ち、8日に来日したのがIOCのトーマス・バッハ会長(67)である。ところが早速、国民感情を逆撫でするような発言を行った。13日、組織委の橋本聖子会長と面会した際、「最も大事なのはチャイニーズピープル」と言い間違えたのだ。

「バッハ氏と習近平国家主席の“蜜月”は有名です。バッハ氏の会長就任後、中国企業の蒙牛乳業がコカ・コーラと共同で推定8000億円、アリババが同800億円の巨額契約でIOCのスポンサーになった。チャイニーズ発言は、『思わず彼の本音が漏れた』と囁かれました」(IOC関係者)

 そんなバッハ氏やジョン・コーツ副会長は日本滞在中、ホテルオークラ東京に宿泊。オークラは、一泊300万円の「インペリアルスイート」を有する5つ星ホテルだ。バッハ氏が来日した翌9日、コーツ氏は同ホテルのラウンジ「オーキッド」で関係者と談笑しながら朝食を取っていた。

「プレーブックでは1人で食事することを求めていますが、彼らが“掟破り”を気にする素振りはありません。先に来日していたコーツ氏は7月初旬にも、組織委の森喜朗前会長と赤坂の高級料亭で“密会”していました。優雅な生活が指摘される五輪貴族たちですが、来日後も贅沢ぶりは相変わらずです」(同前)

IOC幹部が宿泊するホテルオークラ

 そして7月16日、広島市・平和記念公園。時折陽が差していた空が突如として厚い雲に覆われ、大粒の雨を降らせた。昼1時半頃、予定より約10分遅れ、バッハ氏を乗せたハイヤーが滑り込んできた時のことだ。

 バッハ氏がこの日、対面したのは、被爆者の梶矢文昭さん。昨年7月18日に亡くなった俳優・三浦春馬が自宅を訪れたのを契機に、後に三浦から直筆の手紙を受け取るなど、交流を重ねていた人物だ。

 梶矢さんが振り返る。

「2週間ほど前に、県の担当課から面会について連絡があってのう。じゃが、すぐに(県民などから)クレームが入ったみたいで『やっぱり面会は中止になりました』と。すると翌日に『面会できるようになった』という調子で、担当の人もご苦労なさったと思う」

 当日は20分間、対談形式で話ができると聞かされており、被爆体験を描いた自作の紙芝居を見せようと心待ちにしていた。だが、バッハ氏の到着が10分ほど遅れた影響もあってスケジュールが押し、紙芝居の披露は叶わなかったという。

「見てもろうたら嬉しかったがのう……。ただ、被爆者として慰霊碑に頭を下げてくれたことにお礼を申し上げると『五輪が平和に繋がっていかなくては』と盛んに言っとった」(同前)

会長選で票のとりまとめを依頼

 梶矢さんとの面会を終えると、再びハイヤーに乗り込み、空港へと向かったバッハ氏。滞在時間約5時間の広島訪問だった。

 前出の組織委最高幹部が言う。

「バッハ氏にとっては、広島を訪問し、平和を祈念したという“実績”が何より大事だったのでしょう」

広島で被爆者の梶矢さんと対面

 五輪を仕切るIOCのトップに君臨するバッハ氏。だが、もともとはフェンシングの選手だった。1976年のモントリオール五輪では西ドイツ代表で金メダルを獲得。しかしソ連のアフガニスタン侵攻を理由に、ドイツは80年のモスクワ五輪をボイコットする。

「ドイツの名門大学で法学を学ぶ知性派でもあったバッハ氏は公開討論会にも参加し、政府の決定を覆そうとしましたが、失敗に終わった。一方で陸上の選手だったイギリスのセバスチャン・コー氏(現世界陸連会長)らは自国の政府を説得し、参加にこぎ着けています。この時の経験から、バッハ氏は『他人の決定を受け入れる必要がないように、自らが影響力を保ち続けること』を目指すようになりました」(ドイツの日刊紙、フランクフルター・アルゲマイネのクリストフ・ベッカー記者)

 実際、バッハ氏はその後、弁護士に転身。アディダスやシーメンスなどドイツの大手企業の法務部門で活躍した。その傍ら、91年にIOC委員に就任。2013年9月には会長の座を射止めた。しかし、その過程では“ある人物”との関係も取り沙汰されている。

 別のIOC関係者が明かす。

「会長選でバッハ氏は、IOCで影響の大きかったセネガル人のラミン・ディアク氏(世界陸連前会長)に『協力してくれ』と頼みこみ、票をとりまとめてもらった。会長候補の筆頭は元陸上選手のセルゲイ・ブブカ氏でしたが、ディアク氏がバッハ氏の応援に回ったおかげもあって、バッハ氏が当選したのです」

 だが、ディアク氏と言えば、16年、息子のパパマッサタ氏とともに、東京五輪招致を巡る収賄疑惑でフランス捜査当局の捜査対象になった人物。同国からも出国禁止になったが、

「高齢のディアク氏は母国に帰ることを熱望していたのに、バッハ氏はIOC会長として捜査当局に陳情すらしなかった。JOCの竹田恒和会長(当時)のことも最初は『プリンス・タケダ』と言って接近していた。それなのに、彼が汚職捜査の対象になると、『タケダと並んでいるところを撮られるのが嫌だ』と言うようになりました」(同前)

 こうして疑惑が指摘される面々を切り捨てる一方、「平和の祭典」のトップとして、バッハ氏は外交にも意欲を見せ始めていく。

「その最たるものが、北朝鮮です」

 そう証言するのは、前出の組織委最高幹部だ。

森氏に削られたスピーチ原稿

 18年2月、平昌冬季五輪のアイスホッケー女子で韓国と北朝鮮の南北合同チームを結成。それから約1カ月後の3月末、バッハ氏は北朝鮮・平壌を訪問し、金正恩・朝鮮労働党委員長と会談するのだ。

「この年の正恩氏は、二度の南北首脳会談に加え、6月にトランプ米大統領(当時)と米朝首脳会談を行うなど、積極的に外交に乗り出していた時期。狙いは経済制裁の解除でした。しかし、正恩氏が会談で『凍り付いた北南関係が五輪を契機に氷解したのは、IOCの功労だ』と述べると、バッハ氏は満足気な表情を見せていたといいます。翌4月に開催された卓球の世界選手権では、北朝鮮の選手の渡航費や宿泊費をIOCが援助するなど積極的な支援を行いました」(同前)

バッハ氏と正恩氏は18年3月に会談

 経済制裁解除を目論む正恩氏の思惑に乗り、北朝鮮との関係を深めていくバッハ氏。実は、その動きに振り回され続けてきたのが、東京五輪を控えた日本だ。

「19年6月に行われたG20大阪サミットでのことです。当時、組織委会長だった森氏に頼み込んで、G20に参加できることになったバッハ氏は、スピーチで『北朝鮮に触れたい』と言い出したのです」(同前)

 事前に森氏に送られてきた原稿案。そこには、“五輪開会式で、韓国と北朝鮮が一緒に入場行進することが、将来の統一のためになる”という趣旨の文章が盛り込まれていた。

「しかし、拉致問題を抱える日本国内で北朝鮮に友好的なスピーチを行えば、国民からの反発は必至。森氏は『これだけは認められない』と、バッハ氏に直談判しました」(森氏周辺)

“女性蔑視”発言で辞任した森氏

 G20開幕の5日前、森氏はスイス・ローザンヌでバッハ氏とともに、IOCの新本部の落成式に参加していた。この新本部の会長室でバッハ氏と向き合った森氏は「五輪の政治利用になる」などと主張。約30分間に及ぶ押し問答の末、問題の文言を削らせた。最後はバッハ氏も、こう言って白旗を上げたという。

「私は森との友情を大事にしたい」

 だが、バッハ氏の要求はそれだけではなかった。前出の組織委最高幹部によれば、水面下で安倍官邸にこうも伝えていたというのだ。

「安倍晋三首相(当時)の名代として、北朝鮮に行きたい。拉致被害者の救出に協力したい」

 高揚感の滲む申し出。これに、安倍官邸はどう対応したのか。

「安倍氏は当時のトランプ米大統領や北村滋内閣情報官のルートなど、拉致問題解決に向けて様々なチャンネルを駆使していました。それほど北朝鮮外交とはセンシティブなものです。そこへ、自らの功名心が先立つバッハ氏が出てくることは迷惑でしかない。それに、安倍氏はバッハ氏の“手腕”を全く評価していませんでした。例えば北朝鮮との関係を重視していたキューバのフィデル・カストロ元議長から拉致問題への協力を申し出られた時は感謝していましたが、バッハ氏は政治家でも外交官でもない。結局、バッハ氏には『こちらのルートでやります』と断りました」(前出・組織委最高幹部)

1年延期を決めた安倍前首相

 しかし、その後も、バッハ氏による五輪の“政治利用”は止まらない。今年5月に来日が検討された際には、日本側に「とにかく天皇に会わせて欲しい」との要求を突きつけている。

 7月14日には、菅義偉首相と面会。すでに日本が無観客開催に舵を切っているにもかかわらず、「感染状況が改善したら有観客の検討を」と要望した。これには菅首相も思わず、

「バッハはずっとああいうことを言ってくるんだよな……」

 とボヤくほかなかった。

菅首相は五輪に期待をかけるが……

 五輪憲章では、政治からの独立が謳われている。にもかかわらず、なぜバッハ氏は、かように五輪の“政治利用”を続けるのか。

 政治部デスクが語る。

「バッハ氏の任期は25年まで。IOC会長として目論んでいるのが、ノーベル平和賞です。そのために、バッハ氏は“北朝鮮カード”を振りかざしてきた。実際、南北首脳会談を実現した金大中大統領(当時)がノーベル平和賞を受賞した“先例”もある。ただ、北朝鮮はコロナを理由に早々に不参加を表明しています。それだけに、幾ら感染再拡大のリスクが懸念されても、東京五輪を世界団結の象徴として盛り上げることで、改めてノーベル平和賞に道筋をつけたいのでしょう」

 バッハ氏の私利私欲に振り回されてきた東京五輪。国民から広く祝福されないままに、開幕を迎える。

source : 週刊文春 2021年7月29日号

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