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デキ婚、遅刻癖…高藤直寿に腹を括らせた 井上監督の一言

「週刊文春」編集部
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6歳長男、4歳長女の2児の父
6歳長男、4歳長女の2児の父

「決勝後、井上監督と顔を合わせた際の第一声は『いろいろご迷惑を掛けて、すみませんでした』だったそうです」(スポーツ紙記者)

 柔道男子60キロ級を制した高藤直寿(28)は決勝直後のインタビューでも、泣きながら井上康生男子代表監督(43)への感謝を述べた。2人に何があったのか。

 
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 栃木県下野市で育った高藤。父・憲裕氏が幼い頃の様子を回想する。

「1歳の時に“高い高い”をしたら、怖がって服の袖をつかんだんです。その時から動物的な感覚が鋭かったですね。小学校の運動会のリレーでは『他の子には任せられない』とバトンを渡さず2周走ったり、サッカーでもパスしないで自分で駆け抜けてゴールしたり。とにかく負けず嫌いで、団体競技には向いてなかった」

 柔道の才能も始めた当初から感じていたという。

「小さい頃から教えてもいないのに、他人の動きを見ただけで技を覚えてしまうんですよ。小学5年のときにはもう『五輪を目指すんだ』と言い始めた」(同前)

 小中高すべてで全国を制覇。東海大進学後の2013年には、初出場した世界選手権で優勝を飾る。

 当時の高藤は“天才”と謳われる一方、問題児でもあった。4歳年上の元柔道強化選手・牧志津香さんに猛アタックして交際にこぎつけるも、その後妊娠が判明。報告を聞いた井上監督は「自分で起こしたことだから、責任を持ってやれ」と一言。腹を括った高藤は大学3年の6月に結婚した。

 だが、結婚直後の14年9月、強化指定ランクを降格させられている。

「世界選手権中に寝坊などで練習への遅刻を繰り返したのです。処分は井上監督自らが提案。『私の指導不足。本当に情けなく思う』と言い、高藤と一緒に頭を丸めました」(運動部記者)

 高藤が所属するパーク24のヘッドコーチで、リオ五輪に共に出場した海老沼匡氏は、「彼は失敗して学んできた選手」と語る。

「やんちゃだったのは若気の至りだと思います。いろんな経験をしていく中で、周りへの感謝の気持ちが彼を突き動かし、人間的にも成長していきました」

 銅メダルに終わったリオ五輪の経験も大きいという。

「リオまでは派手な柔道が目立っていました。でも、その後は投げられない柔道、負けない柔道を突き詰め、年々手堅い柔道をするように進化していた。それほど人間を変える力が五輪にはあると思います」(同前)

 冒頭の高藤の第一声に、井上監督はこう答えた。

「そんなの全部、吹っ飛んだ!」

“金1号”を見て井上監督も男泣き

source : 週刊文春 2021年8月5日号

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