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西浦教授が緊急提言「このままではパラ中止も」

「週刊文春」編集部

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無観客でも人は集まってくる
無観客でも人は集まってくる

 パラリンピック開幕前に、東京の新規感染者は5000人を超える可能性が。中等症の患者が急増しつつあり、第4波の大阪のような医療崩壊になりかねない――。

 東京都の新型コロナウイルスの新規感染者数は、7月12日の緊急事態宣言発令後も、勢いは衰えていない。1週間平均の感染者数は、前週に比べ約1.35倍となった(7月25日時点)。

「前週比で、感染者数の増加率約1.3倍が続けば、パラリンピックの開幕直前の21日には、5235人となってしまうのです」

 こう語るのは、京都大学大学院・西浦博教授(44)だ。今回の五輪は、無観客で行われることになったが、その“無観客開催”を求めた尾身提言のメンバーでもある。西浦氏が続ける。

感染拡大に危機感を抱く西浦氏
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「ただ、これはあくまでも期待値。感染拡大を懸念し、リモートワークがさらに進むなど人々の行動変容が起きて、前週比1.3倍でとどまった場合です。実際には、もっと急拡大する可能性が十分にあるのです」

 4連休明けの7月27日、遂に新規感染者数は2848人と過去最多を記録した。

 まず現在の東京都の感染拡大の背景には、2つの理由があると西浦氏は言う。

「従来株の2倍近い感染力を持つデルタ株への置き換わりが起こる一方、緊急事態宣言発令後も、人出が殆ど減っていません。都内の夜間の滞留人口を見てみると、4月の緊急事態宣言時と比べ、減少率は良くて半減程度です。五輪などの影響で、さらに人出が増えることも有り得ます」

 東京は今年に入ってから、三度目の緊急事態宣言下を迎えている。その合間にはまん延防止等重点措置が発令されており、自粛していない期間の方が圧倒的に短い。そのためこの“自粛疲れ”が、より顕著になってきている。

「長期間にわたり、飲食店の方々は要請に協力してくださっています。ただ、要請に対する補償もなかなかスムーズに支払われない中で、店を守るために営業を続ける方もいる。そして店を支援するために通うお客さんもいます。単に自粛に反対しているわけではなく、感染対策への不満や、五輪強行に代表される社会の不条理への反発など、複雑な思いを抱える方が増えてきている。社会の分断が生まれ、今後の感染対策にとって大きな足枷となりかねない。ただ政府は、それを放置したままです」

 政府は現実の感染状況に目を瞑り、都合の良い情報に縋っているのではないかと、西浦氏は懸念している。

 最近も、菅義偉首相は7月8日の記者会見で「人口の4割がワクチンを1回接種すれば感染者が減少する」などと語った。その根拠は、イスラエルやイギリスの感染状況を分析した、野村総研の研究レポートだった。だが――。

「確かにワクチンは、非常に高い有効性を誇っています。従来株に対しては、4割の接種でも感染抑制に効果があったかもしれません。しかし実際には、7割近くが接種済みのイスラエルやイギリスでさえデルタ株が蔓延し、現在は感染が急拡大しているのです。首相はそれをご存じないのでしょうか……。イスラエルなどよりも高い9割程度の接種率を、日本が実現出来ているのであれば良いのですが、残念ながら現実は違う」

 西浦氏が最も危惧しているのは、これまでとは違った形で、病床が逼迫していくことだ。

「第四波の際、大阪府は重症病床が足りず、患者が溢れてしまいました。入院できない感染者も増え、医療崩壊が起こってしまった」

 大阪では4月に感染者が激増し、患者は5月上旬に2万人を超えた。病床が逼迫し、入院調整中の人は、4月末時点で3000人以上。患者のうち入院できた人の割合を示す入院率は一時、10%を下回ったという。待機中に亡くなった人数は40を超えている。

「いまは高齢者の大半がワクチンを接種している状況です。それゆえ重症化する高齢者の数は減り、重症患者は40~50代が中心になりました。徐々に重症患者数も増え、東京の重症病床使用率も既に50%を超えて『ステージ4』の段階ではありますが、最初に逼迫するのは重症病床ではありません。一般病床です」

次々と一般病床が埋まる

逼迫しつつある医療現場

 一般病床とは、重症患者以外の軽症・中等症の患者を受け入れている病床だ。

「経験したことのないスピードで、今後も感染者数が増えていくことが予想され、次々と一般病床が埋まっていきます」

 重症患者ではないとはいえ、中等症も肺炎を起こし、酸素療法を必要とするなど、決して侮れない。

「40~50代の呼吸困難事例では、挿管をしないで済む新しい治療法が急速に拡大しています」

 新しい治療法とはネーザルハイフロー療法のこと。鼻に差し込んだチューブから高濃度の酸素を送り込む方式で、これまで人工呼吸器を使っていた重い病状でも、患者が意識を保ったまま過ごせるのが特徴だ。

 5月下旬に厚生労働省のコロナ治療の手引で、重症に次ぐ中等症の患者向け療法として位置付けられた。

「これまでなら挿管して酸素を送り込んでいた患者の一部で行われ、予後も良いことから、この治療法を行う中等症の患者が急速に増えたのです。

 ネックは、飛沫が飛ぶので、患者を個室の陰圧室に入れて管理しないといけないこと。うつ伏せでの治療になるので、事実上、ICUで治療するのと同じ手間がかかり、病床を圧迫するのです」

 そのため、“第五波”の東京はすでに危機的状況を迎えている。

「東京都は『確保病床数』を約6000床と発表しています。しかしこの病床は、すぐに使えるわけではありません。実際にはすぐに患者を受け入れられる一般病床は2600床ほどで、既にこの病床数は超えてしまいました。これからは入院調整中の患者や、自宅療養者が爆発的に増えていくことになります」

 西浦氏には、都内の病院の医師から「もう患者の受け入れは止めます」「あと3日続いたら無理」などの声が届いているという。

 そこには、日本の医療体制特有の問題もある。

「長期療養型病院に代表される、民間の慢性疾患専門の病院が多いなど、病院機能の細分化が進み、フレキシブルに患者を受け入れられない。また日本の医師はジェネラリストが少なく、専門外の対応が出来ない医師が多いのが現実です」

 病床が逼迫すると、コロナ以外の患者への影響も当然出てくる。

 4月の大阪では吉村洋文知事が「急ぎでない手術や入院を一時的に延期し、コロナ重症治療を集中的に行う」と語り、重篤な患者を搬送する3次救急も一部制限。一般医療に多大な影響が出た。

大阪・吉村知事

 都は7月26日、特定機能病院などに、手術の延期や一部の診療科の停止などを検討するよう求めた。

 特に基礎疾患を持っている高齢者は、ワクチンを打っていたとしても決して油断はできない。

 今後は、死亡者数も増えていく可能性がある。7月に入ってから東京の一日のコロナによる死亡者数は多い日で5人。ゼロの日も珍しくはなかった。だが死亡者数は、感染の流行のピークの約1カ月遅れで、増えていく傾向にある。

「第四波の大阪は、4月半ばからGWに流行のピークが訪れましたが、死亡者数が増えていったのは、5月半ばから6月にかけてでした。今回の東京は重症患者が少ないので死亡者数もすぐに増えないでしょうが、医療崩壊が起こり、死亡が増えるかどうかが勝負どころ。感染者が急拡大して逼迫した7月下旬の1カ月後以降から、死亡者数がどうなるのか、答え合わせが行われることになります」

有観客以前の問題

東京・小池知事

 それを防ぐには大阪の医療機関が培ったノウハウが、東京でも必要となってくる。

「あの頃、大阪の医療従事者の方々は、必死で知恵を振り絞り、患者を救おうとしていた。例えば自宅療養中に容体が急変し、酸素が必要となった患者への対応。まず業者に家の前まで酸素ボンベを運んでもらう。そこから在宅診療の看護師にバトンタッチが行われ、患者に吸入させていった。そうした草の根の努力を、東京を含め関東の医療従事者は知っておく必要がある」

 徐々に危機的状況へと向かいつつある東京。菅首相は、8月24日に開幕するパラリンピックについて、「感染状況が変わったら、ぜひ有観客で」と語ったが、本当にできるのか。

「『有観客』以前に、開催にこぎつけることが出来るのかどうか、非常に厳しい状況だと言わざるを得ません。第四波の大阪のように、どこの病院のベッドも空いていない状況になったならば、オリパラ関係者の間で重症患者が出たとしても受け入れられません。もちろん一般市民の命も、危険に晒すことになる。

 医療崩壊に近づいた時は、躊躇なく『いますぐ中止しないと危ない』と提言しようと、関係する医師や専門家では申し合わせています。中止判断を最終的に政府やIOCがするのかは分かりませんが、リスク評価は迅速にしなければなりません」

 実はロックダウンによって新規感染者数を減らした欧州各国で、実効再生産数を下げるのに最も有効だった対策だと言われているのが「集会の制限」である。科学誌『ネイチャー』に論文も出ているほどだ。

「5人以上の飲食の機会を制限するだけではなく、結婚式やお葬式、パーティーなども含まれますが、集会を制限するとなると、当然、『五輪は開催していいのか』という議論になる。それゆえ日本は、有効だと分かっていても、導入に及び腰だったのかもしれません。本気で医療崩壊を防ぐには、今後、検討が必要でしょう」

 東京ばかりに注目が行きがちだが、感染者数が増えている自治体は他にもある。首都圏では神奈川県・埼玉県は、新規感染者数が400~600人前後で推移。大阪も新規感染者数は500人弱だが、7月以降は実効再生産数が、常に1を上回っている。

「デルタ株への置き換わりが、急速に進んでいることが一つの原因です。今後、東京のように感染が急拡大することもある。本来ならば1日でも早く緊急事態宣言を発令するなど強い対策が必要なのに、時期を逸している可能性もあります。

 デルタ株への対策は、とにかくスピードが重要。大阪とまでは行かなくても、医療崩壊によって市民の命が奪われるような悲劇を繰り返してはなりません」

4連休で人出は増加した

source : 週刊文春 2021年8月5日号

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