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前夫が赤裸々に明かした 山尾志桜里「24枚の不貞記録」

不倫弁護士を長男に会わせる一方、夫には面会拒否

「週刊文春」編集部
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 小誌が山尾氏と倉持氏の“禁断愛”を報じてから4年。これまで沈黙を守ってきた山尾氏の前夫が初めて思いの丈を明かした。彼が意を決して記したのは、24枚にも及ぶ文書。そこには〈腸が煮えくり返る気持ち〉と――。

小誌が報じた2人の「禁断愛」

〈不倫報道の当事者である訴外倉持を被告が長男と会わせただけでも、腸が煮えくり返る気持ちであるのに、長男が泣くような状況に貶めたことに、激憤を禁じえない。長男が成長し、事情が理解できるようになったときにどれほど傷つくことになるのかを考えると、原告としては胸が締め付けられる思いである〉

 これは、今年4月26日付で、東京地方裁判所立川支部に提出された損害賠償請求事件の訴状だ。被告は菅野志桜里、国民民主党・山尾志桜里衆院議員(47)の本名である。かたや原告は、元夫・X氏。これまでメディアの取材に一切応じてこなかったX氏だが、24枚にも及ぶ文書で明かしたのは、あまりに赤裸々な――。

 山尾氏は現在、党広報局長を務め、憲法問題や待機児童問題をライフワークにしている。一方で、物議を醸してきたのが、小誌が17年9月14日号で報じた倉持麟太郎弁護士(38)との不倫関係だ。「公私の別を大切にしている」と公言して、事務所の政策顧問に起用。だが小誌は今年5月6日・13日号でも議員パスを不適切に利用し、倉持氏と逢瀬を重ねていたこと、その倉持氏の前妻が昨年10月に自殺していたことなどを報じている。

不倫相手の倉持弁護士(ツイッターより)

「山尾氏は6月17日、突如SNSで次期衆院選への不出馬を表明。直後の『週刊朝日』(7月9日号)の取材では『自分なりの生き方ができない』などと語っていましたが、自らの疑惑については説明責任を果たしていません」(政治部デスク)

 その山尾氏が今度は、18年2月に離婚した前夫から損害賠償請求訴訟を起こされている。一体、なぜか。

 2人には長男がいるが、離婚に際し、親権を山尾氏が、監護権をX氏が持つことを公正証書で定めていた。父親が監護権を得るのは日本では例外的だが、訴状では、まず〈原告の監護権取得の経緯〉が詳細に記されている。

〈平成29年に入った以降からは、被告の帰宅時間は遅くなり、週に何度か朝5時ころに帰宅することもあった。被告の帰宅時間が遅くなり、しばらくたった平成29年5月ころ、被告は突然、原告に対し、価値観が違うとして離婚を申し入れた。それは、原告にとって納得のいくものではなく、何よりも長男にとってよくないと考え、原告はこれを拒絶した〉

 なぜ山尾氏は離婚を切り出したのか。訴状に証拠書類として添付されていたのは、小誌17年9月14日号、9月21日号。山尾氏と倉持氏のダブル不倫報道だ。山尾氏は男女の関係を否定したものの、事態混乱の責任を取って民進党(当時)を離党している。

 これを機に、X氏を取り巻く状況も大きく変わった。

〈騒動となり、マスメディアの記者が自宅マンションで待ち構えていたことから、被告は1ヶ月ほど帰宅することなくホテルに滞在して、取材を避けていた〉

自身のユーチューブで衆院選不出馬を発表

〈倉持との関係にあると確信〉

 山尾氏と当面のメディア対策について話し合ったX氏。長男を守ることを最優先と考え、取材には一切応じなかった。〈ひたすら事態の沈静化を待った〉という。ところが先に沈黙を破ったのは、山尾氏だった。

〈それにも関わらず、被告は原告に相談もなく、平成29年12月頃、被告は訴外倉持を政策顧問に起用すると発表し、また雑誌「婦人公論」にて『どんなに批判されても、私が倉持さんを選ぶ理由』というタイトルで、訴外倉持との対談記事に登場した。原告は、被告に対してマスコミの取材攻勢が再燃するのではないか、長男を守るために合意した話と違うではないかと抗議したが、被告は「再燃するとは思わない」と悪びれもせずに返答した〉

 その後、時間の経過で表面上は落ち着いた生活を取り戻したものの、

〈週刊誌報道を受けて、原告は被告の離婚の申し入れの原因が被告と訴外倉持との関係にあると確信した。一方、被告は原告に対して、報道されて迷惑をかけたことについて、報道された当初に一度だけ謝罪したものの、それ以外内容について事実の有無や釈明も含めなんら説明をしなかった〉

 それでもX氏は長男を思い、あえて山尾氏の行動を問い詰めるようなことはしなかった。ただ、〈離婚もやむを得ないと考えるようになっていった〉という。

 そして、翌18年2月に2人は離婚。監護権について〈長男の生活の拠点は、平日は被告の自宅、金曜日の夜から日曜には原告の自宅に置き監護することなどに合意〉。財産分与として、山尾氏がX氏に300万円支払った。

 ところが――。

 24枚の訴状は、ここから〈被告による原告の監護権の侵害について〉記していく。すなわち、X氏が訴訟を起こした理由だ。

 最初にX氏に不信感を抱かせたのは、またも山尾氏の行動だった。19年のゴールデンウィーク。X氏は4月27日から2泊3日で長男と自らの両親と旅行を楽しみ、29日には山尾氏の両親宅に長男を送り届けたという。しかし、小誌は19年5月30日号で、山尾氏が国会に届け出をせずに、倉持氏とロスに旅行していた事実を報じた。

〈被告が4月27日からロサンゼルスに行っていたとの報道があり、被告が長期不在にするのであれば、共同監護をするとの約束なのであるから、長男は原告と過ごすべきであったのに、不在にするとの相談もなかったことに原告は被告に対して、不信感を抱いた〉

 他方で、X氏はこの年の6月に〈離婚後に知り合った女性〉と再婚。事態はここから急変していく。

 山尾氏はX氏に「新しい妻になる人と長男は絶対に会わせないで」などと主張し、面会交流から再婚相手を外すよう求めたのだ。そして長男が週末をX氏宅で過ごすのは、この6月が最後となる。

 面会は次第に短時間しか許されなくなり、さらに山尾氏によれば、長男が「会うのはめんどい」と言っていることなどを理由に、回数自体も激減。昨年2月以降、父子2人での面会交流はなくなってしまった。

 X氏は山尾氏との話し合いの場を持つために、昨年5月6日、東京家庭裁判所に子の監護に関する処分を申し立て、面会交流を求める調停に踏み切った。

 約3週間後の5月24日、山尾氏付き添いのもと長男と久しぶりに面会したX氏。「他人が(家族の在り方を)決めるわけではないよ」と説明すると、

〈(山尾氏は)「いや、調停は最終的には、他人が判断して決めることだ!」と怒りをあらわに言い(略)長男のとなりに立ち、腕を組んで仁王立ちしていた〉

 それだけではない。調停で、山尾氏の代理人として登場したのは――他でもない倉持氏だった。しかも山尾氏側は、長男が調査官による聴取を拒んでいると主張。代わりに、倉持氏が長男に直接会って面会交流について聴取したのだ。

〈原告の現在の妻が長男に会うことを「長男のため」だと激昂してまで拒否しておきながら、不倫疑惑の相手である訴外倉持を手続代理人弁護士として介入させるのみならず、更に長男に会わせ、父親との面会交流について聴取させた〉

 聴取で、長男は泣いていたという。そしてX氏は冒頭のように、長男を不倫相手である倉持氏に会わせ、泣くような状況にまで陥らせた山尾氏に対して〈腸が煮えくり返る〉と怒りを露わにしたのだった。

逢瀬を重ねていた(写真は今年4月17日)

倉持事務所の弁護士が代理人

 だが、調停は進展がないまま1年近くが経過。ついにX氏は4月26日、

〈原告の思いを、被告は根底から踏みにじり、原告の監護権の侵害にとどまらず、さらに、原告に対して精神的な屈辱を与える行為であると言わざるを得ない〉

 として、山尾氏に対して、300万円の損害賠償を請求するに至ったのである。

 一方、訴えられた側の山尾氏。今回は倉持氏が代表を務める事務所の弁護士を代理人に立てている。8月18日に行われた2回目の期日で〈面会ができていない原因は原告にある〉と反論。調停で倉持氏を代理人にした点は〈本件には無関係の事実である〉とし、過去の不倫報道についても〈本件と無関係の事実であり認否不要〉と主張した。

 しかし、親子の面会交流は今や社会問題だ。調停件数も11年に約1万件だったのが、19年には約1万5000件と増加。山尾氏が所属していた法務委員会でも度々取り上げられ、今年3月には法務省で養育費や面会交流などの法整備へ向けた審議会が始まった。当の倉持氏を巡っても前妻が親権を失い、息子との面会も難しい状況に追い込まれた末に自殺しているのだ。

 面会交流の問題に詳しい作花知志弁護士が語る。

「面会交流は、子どもの福祉のために行われるものです。子どものためには、両親と会う時間を作ることが必要。父親の再婚も即座に面会拒否の正当な理由にはなりません。仮に子どもが会いたくないと言っても、それが本心かどうか。子どもは同居する親を気遣うため、陳述書だけでは真意が分からないことが多い。もし今は会いたくないと思っていても、将来思い返した時に考えが変わる可能性があります。心理学的にも、面会交流がスムーズな方が子どもの自己肯定感が高くなるという結果が出ています」

 ただ、仮に裁判や調停でX氏の主張が認められたとしても、面会交流が実現するかは分からないという。

「今の法律では面会交流は強制執行できない場合が多い。例えば調停で月1回の面会が認められても、同居親がダメと言えば会えないのです」(同前)

 当事者たちはどう受け止めているのか。X氏に取材を申し込んだが、代理人が「何もお話しすることはありません」と回答。山尾氏にも見解を尋ねたものの、代理人を通じ「一切お答えすることはありません」。

 待機児童問題で脚光を浴び、「子どもたちのための政策を」と訴えてきた山尾氏。しかし、最後まで言葉と行動が伴わないまま、永田町から去ることになる。

source : 週刊文春 2021年9月9日号

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