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養護施設で虐待 熊谷女性殺害 被害者27年の過酷

「週刊文春」編集部
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中学では卓球部に所属
中学では卓球部に所属

〈将来の夢は、福祉関係の仕事をする事〉

 15歳の少女が卒業アルバムに書き記したのは、希望に満ちた未来予想図だった。それから12年後――。

遺体が発見されたアパート
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 真夏の面影が残る埼玉県熊谷市の住宅街。家賃約3万円、約20平米の単身者用アパートで宮崎英美(ひでみ)さん(27)の遺体が発見されたのは、9月6日のことだった。

高校時代の宮崎さん(卒業アルバムより)

「9月3日午前2時頃、近くのコンビニで買い物をしている姿が店の防犯カメラに映っていたのが最後。部屋の冷蔵庫には手つかずのコンビニ弁当があった。第一発見者は部屋を訪れた知人男性。首には圧迫痕がありましたが、着衣の乱れはなく、無抵抗で襲われた可能性が高い」(社会部記者)

 1994年1月、宮崎さんは埼玉県東松山市で兄、姉の3人きょうだいの末っ子として生まれた。両親は幼い頃に離婚。一時期は父に引き取られたが、やがて彼らは熊谷市内の児童養護施設に預けられた。

 西に秩父山地、北に赤城山を仰ぐ田園地帯にある古びた校舎。彼女は保護者のいない児童ら約70人とひとつ屋根の下で暮らした。

 毎朝6時半に起床し、地元の小学校まで30分以上かけて畦道を歩く日々。だが、登校の時間は宮崎さんにとって恐怖でしかなかった。時折、背後から耳をつんざくクラクションの音が鳴り響くのだ。

「実は、施設では壮絶な虐待が行われていたのです。小学生の登校を急がせようと施設長がクラクションを鳴らしながら車で後を追い回すのが日常茶飯事。さらに児童を殴打したり、冷暖房のないプレハブ小屋に長期間閉じ込めたりもしていた」(施設関係者)

 虐待が露見したのは05年始めのこと。その後、県から改善勧告が下り、施設長ら理事4人が解任された。

 中学に進むと宮崎さんは卓球に没頭し、県大会に出場。同級生からは「クールビューティー」と称された。

〈10年後の自分へ 今、何していますか?〉

 そう題された卒業文集。それは、未来の自分自身に向けられたものだった。

〈25歳になるまでにはいっぱい福祉の仕事について勉強しているでしょう〉

 熊谷市内の県立高校に入学後、宮崎さんは東方神起のリーダー・ユンホに心酔し、KARAや西野カナの音楽を好んで聴いた。クラスメートは彼女のはにかんだ表情を鮮明に覚えている。

「仲の良い人にだけ『施設にいるんだよね』と打ち明けていました。仲間同士で喧嘩もしたけど、本当は優しい子。女友達も多かった」

 高校時代の恩師が彼女の日常を振り返る。

「一時期、『施設での生活が嫌だ』と言って、家出をしたことがありました。独立心が強く、進路を尋ねると『自分で就職先を探すから大丈夫です』と語り、学校を頼りにはしなかった」

 彼女を知る施設の元スタッフは次のように語る。

「高校を卒業する際、『美容院を経営している人にお世話になるんです』と話し、施設を巣立っていきました」

高校時代の宮崎さん(卒業アルバムより)

 その後、彼女は姉を頼り、一時期同居していた。だが、その姉は県警の調べに対し、「6年前に突然1人暮らしをすると言って携帯が繋がらなくなり、それからは音信不通です。当時、男性関係のトラブルがありました」と話しているという。

「宮崎さん自身も約4年前から異性関係について複数回、県警に被害相談を行っていた」(捜査関係者)

 彼女は卒業文集の最後に、未来の自分に対してこんな一文を綴っていた。

〈毎日が充実していて、人の役に立てる事をしていて欲しいです〉

 27年の人生はあまりに残酷な最期となった。県警は現在、捜査員80人態勢で、彼女の交友関係を中心に捜査を進めている。

source : 週刊文春 2021年9月23日号

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