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6人死傷 個人タクシー64歳運転手の“事故歴”

「週刊文春」編集部
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クラウンハイブリッドも大破
クラウンハイブリッドも大破

 タクシーを待ち、歩道に立っていると、遠くで自転車が空中に舞い上がった。

「え! 今、撥ねたんじゃない!? と驚いた次の瞬間、黒い車が凄い勢いでこちらに突っ込んできたのです」(講談師・神田香織さん)

 9月11日の午後4時20分、東京都千代田区で個人タクシーが歩道に突っ込み、6人が死傷する事故が起きた。4名が重軽傷を負い、小林久美子さん(73)が亡くなった。事故を起こした山本斉(ひとし)運転手(64)も帰らぬ人となった。

普段から現場付近で運転していた山本運転手
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 その日、小林さんは自身が役員を務める「ちよだ女性団体等連絡会」の講演会運営のため、千代田区役所にいた。終了後、登壇者の神田さんをタクシーに乗せようとし、事故に巻き込まれた。神田さんが説明する。

「気が付いたら車が目前に来て、転倒して後頭部を強打しました。頭がズキズキして、抱えられながら区役所の中へ。しばらくして『小林さんは?』と心配になって、現場に戻りました」

 車の下に姿がないことを確認し安心して目を上げると、20メートル先で倒れ込む小林さんに気付いた。

「警察や救急隊員が周りにいて、近づくことはできませんでした……」(同前)

 大事を取って神田さんも東京逓信病院で検査をすることになったため、訃報を知ったのは帰宅後だった。

 小林さんの弟・文彦さんが語る。

「中学1年生の時に母が亡くなり、代わりに4歳年上の姉が家事をしてくれていました。優しい姉でした」

 英語の専門学校を出て、ロータリークラブで事務員として働き始め、国鉄労組に。30歳で結婚し、後に離婚。子どもはいなかった。

「父が亡くなり、2006年から同居しました。定年後は社会問題に取り組んでいました。ちよだ女性団体等連絡会もその一つ」(同前)

 長年の友人もこう言う。

「気配りのできる女性でした。6月末、『今、労働裁判の手伝いをしているの』と生き生きとされていたのに」

小林さんは旅行・茶道が趣味だった

 事故について文彦さんは、「運転手の方も亡くなっていますし……。今は姉が亡くなったことの方が大きい」と言葉を詰まらせた。

 山本運転手の死因はくも膜下出血だった。ブレーキ痕はなく、表示灯には“SOS”の文字。

「ドライブレコーダーには、朦朧とした彼の姿が映っていた」(社会部記者)

 同居する山本運転手の母(88)はこう首を傾げた。

「持病も無く、事故が起きる1時間程前、元気に家を出ていきました。体調が悪かったら出ていかん子です」

 山本運転手所属の個人タクシー協会では年2回、健康診断がある。7月の診断でも異常はなかった。

 安全運転にも定評があった。個人タクシーの営業権を得るための審査は厳しく、長年、無事故無違反であることが求められるが、上原正明・協会理事長はこう太鼓判を押す。

「前の法人で10年以上、うちで15年勤務したベテラン。この15年間、事故を起こしたことはありません」

 山登りが趣味で、カメラや草野球も好きだった。

「離婚後は母親と2人暮らしで、生活を支えていました。社交的で仲間にも好かれていた」(運転手仲間)

 ただコロナ禍になってから、収入は約半分に減った。

「売上が少ないから、夜中まで働いて、これまで休んでいた土曜も出勤していました」(前出・母)

 奇しくも、事故が起きたのはその土曜日だ。

「真面目が取り柄な子だったのに人を殺してしまった。亡くなった方が気の毒で……。もう償えませんから」

 1人になった部屋で、母はそう言って嗚咽を漏らした。

source : 週刊文春 2021年9月23日号

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