週刊文春 電子版

“日大のドン”田中英寿と特捜部「最終戦争」「逮捕されれば裏金、全部ぶちまける」

西﨑 伸彦
ニュース 社会
田中夫妻の後ろに白髪の籔本氏とスーツ姿の井ノ口氏(日大HP)
田中夫妻の後ろに白髪の籔本氏とスーツ姿の井ノ口氏(日大HP)

 約7万人の学生数を誇る日本最大のマンモス校、日本大学の中枢についに司直の手が伸びた。9月8日、東京地検特捜部は、日大の本部、そして最高権力者である田中英寿理事長(74)の自宅などを背任容疑の関係先として家宅捜索した。

ガサ入れされた日大と関連会社(下)
全ての画像を見る(3枚)
 

 検察担当記者が語る。

「疑惑の舞台は日大医学部附属板橋病院です。老朽化による建て替え計画が進んでおり、予算規模は1000億円という大プロジェクト。日大は昨年、基本設計を24億円で設計会社『佐藤総合計画』に発注しているのですが、そのうち約2億円が不正に流出し、大学に損害を与えたとみられているのです」

 契約は、日大が全額出資して2010年に設立された株式会社「日本大学事業部」が行なった。大学の納入業者の選定を一手に仕切り、大学のグッズの企画・販売や職員の物品購入から学生寮の管理、保険代理業まで担う組織だ。そのキーマンが日大の理事で、日大事業部の取締役も兼務する田中氏の最側近、井ノ口忠男氏(64)である。

 地検関係者が明かす。

「井ノ口氏が、佐藤総合計画に対し、約2億円を大阪の医療法人『錦秀会』の籔本雅巳理事長の右腕が社長を務める港区の医療コンサル会社に送金するよう指示したとみています。そもそも籔本氏は井ノ口氏を通じて田中氏の知遇を得、14年には日大出身の力士、遠藤関の後援会長を務めて日大との関係をさらに深めました。その後、田中氏が会長を務める国際相撲連盟の副会長にも、籔本氏は名を連ねた。特捜部は今回の契約に医療コンサルを入れる必要があったのか否かに着目している」

 捜査は、証券取引等監視委員会からの告発案件などを担当する経済班が担うが、班を率いる副部長は、日産のカルロス・ゴーン事件の主任検事を務めた強硬派だ。

「佐藤総合計画を日大に紹介したのは、自民党の故野中広務元官房長官の元秘書です。彼が日大と取引のある葬儀業者を通じて田中氏に持ち込んだ。この元秘書は今夏、コロナで亡くなっていましたが、葬儀業者に詳しく事情を聴いた特捜部は、一気に勝負に出たのです」(同前)

“反田中”に実弾入りの封筒

 田中氏は家宅捜索には驚いていたものの、至って強気の姿勢だという。

「田中氏本人はガサ入れ翌日に6時間の事情聴取を受けていますが、『まったく知らない。金が(医療コンサルに)渡っていたことは後で知った』と一貫して否認している。学内で、地検に協力した犯人探しも始めています」(同前)

 田中氏は青森県出身で、地元高校の相撲部を経て日大に入学。現役時代は34個のタイトルを獲得した、“アマ相撲界の大鵬”だ。

「83年に日大相撲部監督に就任。指導者として元小結・舞の海や野球賭博で追放された元大関・琴光喜などを育てた。その後も角界に絶えず逸材を供給するドンとして君臨し、日本オリンピック委員会(JOC)の副会長などを歴任。政治力に長けていた田中氏は日大でも出世コースを歩み、08年に理事長の座を手にした」(日大関係者)

 その過程で、“反田中”の大学幹部に実弾入りの封筒が送られるなどの不穏な動きが勃発。捜査当局の間でいつしか「日大利権」「ドン田中」のキーワードが取り沙汰されるようになった。

 異例の長期政権となった田中体制が最大の危機に直面したのは、18年5月。日大と関西学院大学とのアメフトの定期戦で、日大の選手が、味方にパスを出して無防備な関学のクォーターバックに激しいタックルを浴びせ、大怪我を負わせた悪質タックル問題でバッシングを浴びたのだ。この時、“黒幕”として名前が浮上した人物が、日大アメフト部の大物OBである、件の井ノ口氏だった。

「悪質タックルは、日大アメフト部の監督とコーチの指示によるものだったのかどうかが焦点となり、警視庁も捜査に乗り出すなか、大学側は第三者委員会を設置。その調査報告で、井ノ口氏は加害者である選手と父親に不当な圧力をかけ、口封じをして事件のもみ消しを図ろうとしたと指摘されたのです」(社会部記者)

 集中砲火を浴びた井ノ口氏は日大事業部の取締役を退き、18年7月には理事も辞任。だが、ほとぼりがさめた19年12月に事業部取締役に返り咲き、昨年9月には理事にも復帰した。

 その背景を日大アメフト部関係者が解説する。

「田中氏が唯一、頭が上がらないのが、東京・阿佐ヶ谷でちゃんこ屋を経営する元演歌歌手の優子夫人。井ノ口氏の復活には彼女の口添えがあったようです。もともとは09年頃に、井ノ口氏の実姉が日大の広報関連の仕事を通じて優子夫人に取り入り、井ノ口氏も頻繁に店に出入りするようになりました。アメフトの試合後に部員20名ほどを店に連れて行き、毎回約30円を支払い、優子夫人の機嫌をとっていたのです」

 11年に、ちゃんこ屋の近くに12階建てのマンションが建設されると、優子夫人の勧めもあり、井ノ口氏はすぐに12階の1部屋を購入。今回の捜査ではここも家宅捜索を受けている。

「井ノ口氏は田中氏から理事長付相談役の肩書を貰うと、日大事業部を舞台にやりたい放題でした。学内の自動販売機ビジネスに手を付け、各飲料メーカーに取引の条件として実姉の広告会社が扱う広告への協賛金として1口300万円を拠出するよう要求するなど、あちこちで強引な手法が問題になっていた」(同前)

 さらに井ノ口氏は、当時、資金繰りに苦慮していた兵庫県の学校法人への融資を田中氏に働き掛けている。

「3億円を融資すれば、関西初の日大の系列校になるとの思惑もあり、田中氏は幹部職員らに調査を命じました。だが精査したところ、赤字の累積額も多く、とても融資は難しいとの判断になり、田中氏も渋々受け入れた。ところが、井ノ口氏らは優子夫人に、『こんないい話を断わるのはおかしい』とご注進。板挟みになった田中氏は、融資困難と判断した幹部職員を、一番の側近だったにもかかわらず東京郊外の稲城のグラウンド管理人に飛ばしたのです」(前出・日大関係者)

 見せしめ人事の効果は絶大で、日大内部で井ノ口氏は、ドン田中と同様、誰も逆らえない存在になった。

「井ノ口氏は芦屋に3階建ての自宅、堂島に7階建ての自社ビルを持ち、2つのタワマンに部屋を所有。常宿のウェスティンホテル大阪の駐車場には、ベンツやポルシェなどの高級車を何台も停めていた」(同前)

 その井ノ口氏と盟友関係にあるのが錦秀会の籔本氏なのだ。大阪の7病院のほか介護老人保健施設や医療コンサルを抱え、グループ全体では約5800床を誇る関西屈指の医療法人を率いる。夜の北新地では有名な存在で、フェラーリ愛好家としても知られている。安倍晋三前首相のゴルフ仲間として首相動静にも何度も登場してきた。

「ただ近年、病院経営の台所事情は火の車だった。今回の件は資金繰りに窮した籔本氏ありきのスキームだったのではないかとみられている」(前出・地検関係者)

 錦秀会側は「取材はお受けできません」と回答。一方の田中氏は、9月12日に検察側に診断書を提出し、入院。最近こんな不穏な言葉を口にしているという。

「俺が逮捕されるようなことがあれば、今まで政治家に渡した裏金のことも全部ぶちまけてやる」

入院した田中氏

 長年にわたり特捜部が追ってきた日大“田中帝国”の暗部。その攻防は最終戦争の様相を呈している。

source : 週刊文春 2021年9月23日号

この記事の写真(3枚)

文春リークス
閉じる