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岸田政権を壊す男 甘利明幹事長のウソ【UR口利き音声公開】

「寝耳に水」? 口利き資料熟読して50万円を懐に 「大臣もこの案件は知っている」秘書の圧力音声

甚野 博則

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「全く事情を知らない。寝耳に水だ」。小誌が報じた金銭授受問題について、そう口にしたのは、岸田新政権の幹事長・甘利明氏。しかし、その言葉は本当なのか。事件をスクープした記者だから書ける「甘利幹事長のウソ」。

 

(甚野博則(じんの・ひろのり) 1973年生まれ。2006年から「週刊文春」記者。17年に「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」で、19年に「証拠文書入手! 片山さつき大臣 国税口利きで100万円」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」スクープ賞を2度受賞。22年よりジャーナリストとして独立)

小誌が報じた金銭授受問題

「私はこの事件に関して事情を全く知らされていないということなんです。で、それどころか秘書がURと接触していたこと自体を知らされていないんです。だから私は寝耳に水、と。事件がどういうものであったのか、何しにURに行ったのか分からないところから始まったわけであります」

 10月1日に行われた自民党新四役の就任会見で滔々と述べたのは、甘利明新幹事長。「寝耳に水」と語った事件とは、小誌が16年1月21日発売号で報じた金銭授受問題である。

岸田政権の幹事長に就任

〈「甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した」実名告発〉と題した記事では、甘利事務所が都市再生機構(UR)との補償交渉で、建設会社側から口利きの見返りに金銭を受け取っていた事実などを報道。甘利氏は当時、TPP交渉を担う経済再生相の要職にあったものの、発売から1週間後の1月28日の会見で現金授受を認めた上で閣僚を辞任したのだった。

甘利氏は安倍政権で経済再生相

 あれから5年8カ月余りが経ち、再び党ナンバー2という枢要ポジションに起用された甘利氏。だが、その言葉には明らかな「ウソ」が――。

 10月4日に発足した岸田文雄内閣。岸田新首相が党運営を委ねる幹事長に指名したのが、甘利氏だった。

「9月29日夕方の総裁選に勝利した岸田氏がこの日の夜、議員宿舎で面会したのが、甘利氏です。所属する麻生派からは河野太郎氏も出馬していましたが、甘利氏はいち早く岸田氏支持を表明し、票を取りまとめたのです」(政治部デスク)

 甘利氏と近しい地元支援者が証言する。

「甘利氏と岸田氏は、06年から検討されてきた映画の盗撮防止に関する議員立法の頃からの仲。岸田氏について『チーム甘利の一員だ』と語っていました」

 だが、年10億単位のカネを差配する幹事長は絶大な権力を持つポジション。来る衆院選では「選挙の顔」としての役割も期待される。それだけに、側近たちは金銭授受問題を抱える甘利氏の起用を強く懸念していた。

 しかし、側近の一人が「甘利幹事長はマズいのでは」と進言したところ、岸田氏はこう答えたという。

「甘利さんに迫られて、断れなかったんだよ……」

「聞く力」が自慢の新総理

「50万円を内ポケットに」

 9月30日、幹事長に就任が決まった甘利氏は「電話で忙しいよ」と周囲に漏らしていた。

「高市早苗氏の政調会長就任を、甘利氏が電話で伝えていた。『岸田さんに言われたから』と釈明していましたが、幹事長が党役員人事を伝達するなど前代未聞。岸田政権における甘利氏の存在感が浮き彫りになったのです」(自民党関係者)

 翌10月1日午前、甘利氏はこう軽口を叩いていた。

「午後に岸田さんに呼ばれて(正式に)党役員に就任する予定です。それまで不祥事が起きないように祈っていますよ」

 そして冒頭のように、幹事長会見で金銭授受問題について問われると、「寝耳に水」と語ったのだった。

 だが、私の手元には今でも、甘利氏や秘書が口利きをしていたことを裏付ける50時間以上に及ぶ録音データをはじめ、膨大な証拠資料がある。改めて事件の経緯を振り返ろう。

 発端は13年に遡る。URが当時、千葉県で進めていた道路建設を巡り、予定地と隣接する建設会社「S社」との間でトラブルが起きていた。工事の影響で建物が歪み、地下から硫化水素が発生するなどしたため、S社はURに補償を求めていたが、交渉はなかなか進展しない。

 そこで登場するのが、S社の総務担当者・一色武氏だ。小誌に甘利事務所への現金提供などを赤裸々に実名告発した人物である。一色氏は交渉を好転させるため、知人の紹介で知り合った一人の男性を頼った。それが、甘利氏の公設第1秘書で、地元・神奈川県大和市に構える大和事務所の所長だった清島健一氏だ。

 13年5月9日、大和事務所を訪ねた一色氏。URとのトラブルを清島氏に説明した。すると清島氏は、

「私が間に入ってシャンシャンしましょう」

 と言って、まず内容証明を送ることを提案。さらに別の秘書をURに向かわせるなど、一色氏のために動いたという。結果、約3カ月後の8月、S社はURから補償金として約2億2000万円を得ることができた。

 そして一色氏は8月20日、再び大和事務所を訪問。清島氏に“お礼”として現金500万円を手渡したのだ。だが、取材当時、政治資金収支報告書を確認したところ、S社から自民党神奈川県第13選挙区支部に100万円(8月20日)、神奈川県大和市第2支部に100万円(9月6日)の政治献金は記載されていたものの、残りの300万円の記載が見当たらない。甘利氏は後に閣僚辞任会見で、この「消えた300万円」については、清島氏が「私的に費消した」と語っている。

 さらに3カ月後の11月14日、一色氏は甘利氏のいる大臣室を訪れた。大臣室にはS社の社長や清島氏も同席。一色氏は当時、私にこう証言している。

「うちの社長が、桐の箱に入ったとらやの羊羹と一緒に紙袋の中に、封筒に入れた現金50万円を添えて、『これはお礼です』と言って甘利大臣に手渡しました。紙袋を受け取ると、清島所長が大臣に何か耳打ちしていました。すると、甘利氏は『あぁ』と言って50万円の入った封筒を取り出し、スーツの内ポケットにしまったのです」

URの職員を地元に呼び出して

 甘利氏もこの日、大臣室で50万円を受け取った事実は辞任会見でも認めている。しかし、甘利氏が一色氏から現金を受け取ったのは、一度きりではない。

 この頃、S社とURの間には新たなトラブルが起きていた。S社からURに対し、産業廃棄物撤去を巡り、30億円規模の補償を求める交渉へと発展していたのだ。一色氏は再び甘利事務所を頼る。

 翌14年2月1日、今度は大和事務所で甘利氏本人と面会。一色氏は当時、私にこう証言していた。

「大臣に新たなURとのトラブルを説明するために伺いました。数センチ程の厚みがある青いファイルに資料を挟み、事前に清島所長から指示されていた通り、要点をまとめたA4用紙2枚を持参しました。10時半を過ぎたころ大臣が現れ、挨拶をすまされると、所長が、『この資料を見てください』と言って、私のファイルを大臣に手渡したのです。真剣に目を通していただき、『これはどういうこと?』と、いくつか質問もされました。すぐに要点を理解されたようで、やはり頭のいい方ですね。大臣は、『一色さん、ちゃんとやってるんだね。わかりました』と言い、所長に『これ(資料)、東京の河野君(当時の河野一郎大臣秘書官)に預けなさい』と指示しました。

 そして所長が『一色さん、例のものを』と小声で言うので、私は現金50万円が入った封筒を大臣に差し出しました。甘利さんは『ありがとう』といって、封筒を受け取りました。そして最後に、所長がシャッターを押し、私と大臣の写真(下の写真)を撮ってくれたのです」

告発者と大臣の2ショット

 つまり、甘利氏はURとの交渉資料を熟読し、その上で現金50万円まで受け取っていたのだ。一色氏は面会3日前に現金をピン札に替え、コピーもしている(下の写真)。会見で口にした「寝耳に水」「事情を知らなかった」は、明確な「ウソ」なのだ。

甘利氏に渡した現金のコピー

 さらに、14年夏頃からは甘利氏の政策秘書だった鈴木陵允(りょうすけ)氏も補償交渉に加わるようになった。同時に、2人の秘書による一色氏への“タカり”が加速していく。一色氏が直接現金を手渡すこともあれば、フィリピンパブなどで接待する日も少なくなかった。

 そして小誌は15年10月19日、決定的現場を押さえることになる。大和市内の喫茶店で、一色氏が現金20万円を手渡す。清島氏はニヤリと笑い、傍らに置いたジャケットの内ポケットにしまったのだった。

 一方、約30億円の補償交渉はそう簡単に進まなかった。15年10月5日、甘利事務所は、UR総務部の国会担当職員を大和事務所に呼びつけている。録音データによれば、鈴木氏はこう圧力をかけていた。

〈千葉のURの理事か何かいるよね。あのへん出してもらって、会社としてどのように現状を把握しているのか、というのを聞いていただいて。そういうのは可能ですかね〉

 交渉資料に目を通した鈴木氏が〈私、前向きだと思ったんだけど〉と尋ね、国会担当職員が〈後ろか前かで言ったら、前かと〉と応じる一幕もあった。

 15年12月7日には、清島氏が一色氏に交渉の様子をこう報告している。

〈「大臣もこの案件については知っているんで、こっちもちゃんと返事を返さなくちゃいけないんですよ」と言ったら(UR側は)大臣のポスター見て、「そりゃすぐやんないとだめですね」とか言って〉

 甘利大臣の名前をチラつかせ、圧力をかけたというのだ。これら膨大な録音データからは、事務所ぐるみで補償交渉にあたっていたことが浮かび上がる。

 だが、甘利事務所は一色氏に金銭や接待を求めてきた一方、次第に事をうやむやにしようとしていく。そうした姿勢に憤りを感じた一色氏は、自らが贈賄側として捜査対象になり得るリスクを冒してまで、録音データやメモなど全ての資料を提供したのだ。最初の記事が出る9日前、16年1月12日のことだった。

 強大な政治権力を託された大臣、そして秘書がカネを受け取り、行政を歪めようとした事実。これが金銭授受問題の核心である。

 にもかかわらず、10月1日の就任会見で、事件は「寝耳に水」と語った甘利氏。こうも述べていた。

「特捜OBの弁護士に依頼し、それを基に、辞任会見で質問が出尽くすまで、お答えをいたしました。調査結果は会見の時に文書もお渡ししました」

清島元秘書が重い口を開いた

 しかし、この言葉も「ウソ」だ。辞任会見で全ての質問に答えたことを強調するが、少なくとも当時、挙手をした小誌記者が質問に当たることはなく、

「後の日程もありますので、この辺で」

 と会見を打ち切っていた。

 もう一つ、甘利氏が主張する「特捜OBによる調査結果」。だが今に至るまで、調査報告書を公表していない。特捜OBが誰なのかすらも一切明かしていないのだ。

 しかも、その辞任会見から「睡眠障害」を理由に国会を欠席した甘利氏。16年6月6日まで公の場に現れることはなかった。

 だが、実はこの間、甘利氏は“ある行動”に出ていた。政治資金集めである。

 甘利氏の資金管理団体「甘山会」の収支報告書によれば、睡眠障害で国会を休んでいる間に4回のパーティなどを開催。2月29日に552万円、3月31日に622万円、5月18日には596万円、5月26日には1844万円、計約3600万円の収入を得ているのだ。

「睡眠障害」中に政治資金パーティなどを開催

 国会が閉会する前日の5月31日、甘利氏と秘書を不起訴処分とした東京地検特捜部。甘利氏は翌6月1日、会合費として高級焼肉店「叙々苑」に約16万円を支出している。

 その甘利氏が突如、政治活動の再開を表明したのは、6月6日正午だった。場所は議員会館や自民党本部ではなく、都心から1時間以上かかる大和事務所。会見を行うとの情報を受け、私も慌てて現地へ向かった。

「本日から少しずつ政務復帰をさせて頂きます。捜査中だったため弁護士の調査を中断していましたが、状況を見て再開したい。適切な時期に約束通り説明させて頂こうと思います」

 こう述べた甘利氏だったが、前述したように、「約束」は守られていない。そして翌7日も、甘利氏は会合費として「叙々苑」に約31万円を支出していた。

 甘利氏は前後して、一色氏への返金手続きも進めている。甘山会の収支報告書によれば、16年11月25日に220万円を〈寄付金返金の為の送金〉として弁護士に支出。さらに第13選挙区支部の報告書でも同日付で、同弁護士に324万円を支出。18年2月にも、一色氏側に対し、パーティ券代など138万円を返金することなどを伝えていた。

 一方、甘利氏の辞任会見当日に辞表を出した2人の秘書はどうなったのか。

 鈴木氏は19年4月の江東区議選に無所属で出馬したものの、落選。現在は、工事現場に警備員を派遣する企業の社長を務めている。取材を申し込んだが、期日までに回答はなかった。

 かたや、一色氏から多額の現金を受け取っていた清島氏。当時、小誌の取材には「(現金は)受け取っていない」などと答えていた。

 果たして、今は何を思うのか。清島氏が重い口を開いた。

――甘利氏が幹事長に。

「本当に、おめでとうございます。私が秘書の時は本当は総理までなりたがっていた方なので。凄く申し訳なく思っております。私に落ち度があったのは間違いありません」

――最後に話したのは?

「記事が出る前日にはもう連絡というか、そこが(会話をした)最後くらい。あとは弁護士さんが入って」

――300万円は清島氏が私的に費消したのか。

「もう検察に説明した通りで、お答えができないので、はい。もう世の中に出ている通りというか」

――その後の生活は?

「甘利さんの支援者につないでもらって。今は、もう政治と関係のない医療事務の仕事をしています」

――甘利氏は2回、50万円を受け取った。

「はいはいはい」

――甘利氏が何も知らないことはないのでは?

「ああ、ゼロか100かと言えば、20くらいみたいな……。でも、政治のことは見ないようにしていますので」

 改めて自らの責任と、甘利氏の関与についても一部認めた清島氏。甘利氏も清島氏も多額の金銭を受け取ったことや、URに問い合わせをした事実関係自体は争っていない。加えて膨大な音声データや決定的写真、手帳や領収書など数々の物証も揃っている。

現金を受け取る決定的写真
一色氏側に発行された領収証

「立件し得るケースでした」

 政治資金に詳しい神戸学院大の上脇博之教授が指摘する。

「寄附を受け取りながら、収支報告書に意図的に記載していなかったとすれば、政治資金規正法違反の虚偽記載罪に当たります。少なくとも甘利氏が会見で認めた300万円、物証からすれば、さらに数百万円の単位で積み上がるでしょう」

 それだけではない。元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士が続ける。

「金銭の授受やURへの働きかけは明らかであり、あっせん利得処罰法違反で充分立件し得るケースでした。甘利氏は行革大臣の経験もあり、与党側からURなどの特殊法人問題の議論や施策に影響力を持つ立場であり、それがどのように行使されたかが焦点でした」

 当時、法務省官房長のポストに座っていたのが、“官邸の守護神”と呼ばれた黒川弘務氏(元東京高検検事長)だ。その後、法務次官に就任したが、森友事件も財務省幹部ら関係者全員が不起訴に終わっている。黒川氏は親しい記者に「甘利さんの件も報告を受けていたね。森友も(文書を)“お化粧”することくらいあるでしょ」などと語っていた。

 だが、小誌が昨年5月21日発売号で報じた賭けマージャン問題で黒川氏は退官。以降の検察は、再び「政治とカネ」の問題に切り込むようになった。甘利氏と同じく、大臣室などで計500万円の金銭を鶏卵業者から受け取っていた吉川貴盛元農相も、東京地検特捜部は今年1月、収賄罪で在宅起訴している。

 一方、甘利氏及び秘書は不起訴になったが、当時の検察はURやS社を家宅捜索したのに対し、甘利事務所などに踏み込むことはなかった。今の検察なら立件できたのか。

 前出の郷原氏が言う。

「検察が迅速に甘利氏側への捜索などをしていれば、秘書の捜査や処分はもちろん、甘利氏本人への対応も全く違う展開になっていた可能性があります」

 甘利氏はどう答えるのか。小誌記者は10月4日、甘利氏の携帯を鳴らした。

「えっ、どちら様ですか」

――週刊文春ですが……。

 と名乗った瞬間、通話は切れたのだった。

 甘利氏に見解を求めたところ、主に以下のような回答があった。

「甘利が刑事告発を受けた被疑事実について(検察は)明確な認識は認めていないと認識しています。(「全く事情を知らなかった」などの発言は)「ウソ」との断定は事実に反します。

(調査報告は)公表を前提にしたものではありません。

 一色氏及び有限会社I(一色氏の会社)の代理人弁護士との間で関係政治団体が確認書を交わした上で、同代理人弁護士に返還すべきものは支払い済みです。

(パーティは)セミナーです。静養中で参加できておりませんが、勉強会は継続して開催していました。

(叙々苑への支出は)支払日であり、会合日は甘利の静養期間中ではありません」

 毎日新聞の緊急世論調査では、政権発足直後にもかかわらず、内閣支持率は49%と5割に届かず、「甘利氏の起用を評価しない」は54%に上った。コロナ禍からの復活を託されたはずの岸田新政権は、早くも危機的状況を迎えている。

衆院選を控える岸田新総裁と党四役

source : 週刊文春 2021年10月14日号

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