毎年10月上旬は中国の「建国記念日」、国慶節の長期休暇にあたり、国全体がお祝いムードに包まれるが、政府の宣伝部門だけは気が気ではない。誰がノーベル平和賞を受賞するかで、仕事が増えてしまうからだ。特に今年は、香港の独立系メディアや民主活動家が受賞候補に入っているとの前評判が流れていた。彼らが受賞すれば「封殺(情報封鎖)」の指示が中央から飛んでくるのは確実だった。
結果、フィリピンとロシアの独立系ジャーナリスト2人が受賞。8日午後、速報で中国メディアも続々と報じた。最初の記事には「彼らが民主主義と恒久平和の前提となる言論の自由を守る努力をした」という公式の受賞理由も付されていた。
ところが、時間が経つにつれて、文中の受賞理由が削られ、2人の名前と似顔絵と平和賞の決定だけが掲載される奇妙な報道に変貌。ネットでは「ところで、この2人、いったい何をやったの?」と皮肉る声まで上がった。外国に対して攻撃的な報道で知られる環球時報のウェブサイトも含め、配信記事自体を抹消するサイトも相次いだ。
なぜ中国とは関係がなさそうな2人の受賞に、かくも神経質になるのか。
言論の自由を守るために2人が立ち向かうロシアのプーチン政権とフィリピンのドゥテルテ政権。それをそのまま、言論統制を日々強化する習近平政権に置き換えることができるからだ。折しも政府は平和賞の発表直前、「民間企業が報道に携わってはならない」という、新しい規制方針を発表したばかりだった。
1989年のダライ・ラマ受賞や、2010年の民主活動家・劉暁波受賞など、中国にとってノーベル平和賞は、不都合な現実を突きつけられる「地雷」となる。
劉暁波の受賞に際しては、中国政府の批判コメントだけをメディアが報じ、祝賀的な内容は一切禁じられた。平和賞の選考委員会があるノルウェーの政府は選出とは無関係であるにもかかわらず、中国から恨まれ、ノルウェーの主要輸出品である養殖サーモンは中国市場から締め出される嫌がらせも受けた。香港関係の受賞が今年と同じく取りざたされた昨年は、王毅外相が「ノーベル賞の政治化を見たくない」とあからさまな圧力をかけた。
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source : 週刊文春 2021年10月21日号