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林芳正に追われ78歳の引退 河村建夫が惜しまれる理由

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「週刊文春」編集部
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 河村建夫元官房長官(78)が10月16日、政界引退を正式に表明した。選挙区の衆院山口3区に、林芳正元文科相が参院議員からのくら替えを表明して以降、激しい公認争いが繰り広げられてきた。だが、山口の重鎮、高村正彦元自民党副総裁が「ガチンコで戦えば林が圧勝だ」と漏らす通りで、自民党の調査でも林氏がダブルスコア以上で圧倒し続けていた。

党選対委員長や文科相などを歴任

 後ろ盾の二階俊博氏は幹事長を退き、公認の頼みの綱を失ったが、引退せず比例に転出する手もあると囁かれた。党には衆院比例の「73歳定年」という内規があるが、甘利明幹事長は12日に「定年制の例外もある。河村氏はお元気だ」と発言。しかし、翌日には態度を一変させて河村氏に引退を迫り、長男で秘書の建一氏を比例で出馬させるよう求めた。

「岸田文雄首相の意向が響いた。総裁選で約束したばかりの『定年制堅持』が、早くも守れなければ、余りにみっともないと考えたのだろう」(政治部記者)

 河村氏の周囲でも不測の事態が相次いだ。8月に永田町一の有名女性秘書で初当選時から河村氏の面倒を見てきた中内節子さんが89歳で逝去。さらに愛妻も体調不良でこれまでのように選挙に尽力できなくなった。後継の建一氏も、文科官僚の妻との離婚トラブルが報じられた。「河村氏も途中からは、建一氏が少しでも有利な条件で出馬できるよう、闘う姿勢を見せ続けたのでは」(同前)。

 政治記者の間では引退を惜しむ声が広がる。父の跡を継ぎ山口県議を4期務めた後、1990年に衆院へ。

「党人派らしく面倒見がよかった。週刊誌記者が疑惑をぶつけに来ても、手帳まで引っ張り出して確認し、丁寧に答えていた」(政治部デスク)

 2008年には麻生内閣で官房長官に就任。発足直後に衆院解散するつもりだった麻生太郎氏は「官房長官は選挙期間中も地元に戻れない。選挙に強い河村だから頼んだ」と語っていた。

 人の良さ故の脇の甘さも。麻生降ろしが吹き荒れる最中、大きな紙袋を持って「反麻生」の議員事務所を回った。記者が中身を尋ねると「官房機密費だ。総理への批判を抑えなきゃ」。戸惑う記者を見て「冗談だよ」と返したという。今夏も、「五輪で日本選手が頑張れば自民党にとって大きな力だ。五輪がなかったら国民の不満は政権に来る」と本音を漏らして批判を浴びたが、番記者たちは「正直な河村さんらしい失言だ」と気の毒がった。

 河村氏は16日、支持者に対し、林氏支援を明言。泥沼の権力闘争でも、立つ鳥跡を濁さずか。人徳者の河村氏らしい最後である。

source : 週刊文春 2021年10月28日号

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