週刊文春 電子版

【特別対談】東畑開人×ブレイディみかこ「心がコロナで消えた?」

そもそも“心”とは何なのか?徹底的に語り尽くす。

東畑 開人
ブレイディ みかこ
ニュース 社会 読書 ヘルス

 連載中から大反響を呼んだ、臨床心理士の東畑開人さんのエッセイ「心はつらいよ」。単行本化を記念して、「エンパシー(他者を理解する知的能力)」という概念が注目されているブレイディみかこさんと初めて語り合った。

 

(Brady Mikako 1965年生まれ。96年から英国ブライトン在住。ライター、コラムニスト。19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース―本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞などを受賞。他著に『子どもたちの階級闘争』など。)

 

(とうはたかいと 1983年生まれ。2010年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。十文字学園女子大学准教授。17年に白金高輪カウンセリングルームを開業。著書『居るのはつらいよ』で大佛次郎論壇賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020受賞。他著に『野の医者は笑う』など。)

photo by Shu Tomioka

東畑 初めまして。去年、紀伊國屋書店が主催の「キノベス!」の1位にブレイディさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が、紀伊國屋じんぶん大賞に僕の『居るのはつらいよ』が選ばれました。授賞式でお目にかかれると思っていたんですが、なくなってしまいましたね。

ブレイディ 私も楽しみにしていたので、残念でした。

東畑 ブレイディさんが住んでらっしゃるイギリスは「コロナと共に生きる」が合言葉になり、マスクをしていない人がほとんどだそうですね。朝日新聞に書かれたコラムを読んで、日本と大違いだと驚きました。

ブレイディ スーパー、カフェやレストランでもマスクをしないのが普通です。一日あたりの新規感染者数はヨーロッパの中でも多いのに、自由を楽しんでいますね。ただ、私は今年1月からの3回目のロックダウンが精神的にきつくて、うつになりかけたんです。

東畑 いったい、どんな状態だったんですか。

ブレイディ 外出はエクササイズや散歩ぐらいしか許されていなくて、公園のベンチに座っているだけで警察官に怒られるほど厳しく、私権の制限が本当にこたえました。「あれ以上やられたら精神的に持たない」と今でも多くの人が言い、ロックダウンを機にアルコール依存症も増えた。美容師の友達によれば、ワインをペットボトルに入れて店に来る人もいたそうです。ママ友たちとの最近の話題はオンラインカウンセリングの良し悪し。「Zoomじゃ駄目よね」「余計落ち込んだ」という人がいます。

東畑 オンラインは最後ブツッと切れるのがつらいんですよね(笑)。厳格なロックダウンで、人権を制限されると、心は苦しくなります。自由と心って個人なるものの深いところで深く結びついていますから。僕はコロナ禍という危機だからこそ、心理士として個人の心について書くべきだと思い、週刊文春の連載を前倒しして昨年5月から始めました。でも書くネタを探して新聞やテレビ、SNSを見ても、政治や経済の大きな話や、感染者数や陽性率などのデータばかり。個の心についての話はどこにもなかったんです。

ブレイディ 連載をまとめた『心はどこへ消えた?』をすごく楽しく読みました。馬耳東風にちなんだ「バジー東畑」というキャラや書き方から、私の好きな遠藤周作の狐狸庵先生シリーズを思い出したんです。

『心はどこへ消えた?』(小社刊)は読むと安眠できるという感想も

東畑 ありがとうございます。僕は遠藤周作が好きで、若い時に恋愛についてのエッセイを読んでいました。ギャグの中に突然出てくる抒情的な表現にグッときて。

ブレイディ 笑いながら胸に来るんですよね。東畑さんは、「心」は「体でも、物でもない」と否定形で定義されていると書いていますが、私は「脳って体では」と思っちゃった。心の定義で、私が思ったのは英語では何と言うのかということ。息子の学校で「mindとheartの違いは何か」という課題が出て、家族で考えたことがあります。私は、マインドは脳、ハートは胸という感覚。アイリッシュの夫は「ロジカルに感じたり思ったりするのがマインドで、エモーショナルに感じるものがハート。スピリチュアルのspiritもある」。言われてみると、日本語で「心」と一言で言っても範囲が広い。「そもそも心って何でしょう?」というのが、一番に聞きたかったんです。

東畑 大学で心理学を教えていますが、毎年新入生たちががっかりするのを目撃します。「他者の心をケアしたい」「自分の心を知りたい」とハートについての学問を学ぼうとしたのに、授業では認知機能や情報処理過程などマインドの話ばかりだから(笑)。一般に日常生活の中で「心が痛い」「心が寂しい」というときの心にはマインドとハート、哲学でいえば「理性と情念」の両方が含まれています。つまり、マインドがハートのことを考えているとき、「心がつらい」「心が癒やされた」などと感じることができる。理性で考える能動的な私と、情念という受動的な私が「何を感じているのか」「私はどういう人か」と対話することから生まれるものが、いわゆる「心」なのだと思います。

アナキストは個の力を信じる

ブレイディ なるほど。私はマインドで自分自身のハートを知ることをほとんどしていないのに気づきました(笑)。以前、詩人の伊藤比呂美さんに「海外で日本人差別された時にどういう気持ちになる?」と聞かれて、うまく答えられなかったんです。私はそういう時に自分の気持ちを見つめるより「次の一手をどう出るか」を考えてしまうから。

東畑 ブレイディさんは何かが起きて心が動いた時に、その向こう側にある社会構造がバッと見えますよね。自分の内面ではなく、世界の広がりのほうに目がいくシャーマン(呪術師)タイプじゃないですか。

ブレイディ だからロックダウンで人に会えず、どこにも行けず、内面と向き合わざるを得なくなり、うつになりかけたんでしょうね。東畑さんの本で一番ドキッとしたのは、心がかき消されがちな時代において「個人が脆弱になってしまったことが問題の本質だと私は思う」という言葉。カウンセラーとして一人一人と向き合って実感しているから出てきた言葉で、私の考えるアナキズムと絶対つながっていると思ったんです。

東畑 無政府主義と言われるアナキズムとは何かを僕は知りたくて。「個が脆弱になっている」というのは、一方で「巨大な力が強くなっている」ということです。コロナ禍ではロックダウンなどの感染症対策で政府がすごく強かったし、気候変動のような大きな問題の前では、個人よりも集団の都合が優先されます。ブレイディさんは個をどう捉えているんでしょうか。

ブレイディ 個の力を信じているんです。文化人類学者のデイヴィッド・グレーバーは「人は本質的に何物に強制されなくても合理的に行動ができる」ことに賛成する人はアナキストだと言う。バス停で警察に「並べ」と言われなくても、人は自然に列を作り並びますよね。「私たちは放っておかれても、自ら秩序を作り出す力が備わっている」と信じるのがアナキストです。

東畑 なるほど。

ブレイディ 他者を助けるのが人間の本性なんじゃないか、という考えが根っこにある。イギリスではコロナ禍のさなか、「困ったら電話してください」と番号を書いたチラシを配って、相互扶助のネットワークが自発的に立ち上がり、機能し始めました。助け合いながら「わたしがわたし自身を生きる」――自分の意思に反するすべての支配を拒否する個であれ、という思想がアナキズムです。

東畑 お話を聞き、1人の人間の中にも支配を受け入れている部分と受け入れない部分があると思いました。日中は社会に適応した自分で生きているけれども、ふと目が覚めてしまった「魂の午前4時」には支配に抗う自分もいる。そんな時、僕らは普段とは違うやり方で、誰かと話したいとか繋がりたいと思う。普段は聞こえないようにしている、支配されてない自分の方の言葉がふつふつと湧いてくるからでしょう。

ブレイディ 午前4時の自分を、個が脆弱な日本では普段出しにくいんじゃないかと思います。自粛警察は日本独特のものだし、子供を乗せたバギーで階段を上ろうとすると、イギリスでは先を争って人が手伝うけど、日本では全くないから。

東畑 ただ、いまの学生たちを見ているとすごく優しいんです。傷ついている子がいたら、そっとしておくとかセンシティブな話題には触れないとか。逆に言うと、他者に手を差し出すことで、傷つく可能性に怯えているのかもしれません。確かに「余計なことするな」って言われる怖さがある。

ブレイディ 他者の内面的な話にたじろぐ感覚はわかります。周りのイギリス人はパブで会ったばかりの人にも離婚事情をべらべらしゃべって、互いに踏み込むような人たちですが(笑)。

東畑 1960年代の研究によれば、台湾ではプライベートな悩みを持つこと自体が罪悪感を引き起こすとされていた。だから、家族や精神科医には言わず、仲のいい友達にだけちょっと話す、すると、うつになった時は体に症状が出るという傾向があったんです。

ブレイディ 面白いですね。確かに私もそうでした!

東畑 欧米人の場合、うつは気持ちが沈むという症状で出るそう。東アジアでは心の悩みってどう接していいかわからないけど、体に出たら「こういう漢方あるよ」「マッサージ行ったほうがいいよ」とかケアしやすいのかもしれません。

対話不足になりがちな社会で…

ブレイディ カウンセリングの現場で東畑さんがなさっているのは『他者の靴を履く』こと(エンパシー)に近しい気がします。内面の声をきちんと聞くことのつらさもあるんでしょうか。

4万部のベストセラー『他者の靴を履く』(小社刊)

東畑 はい。遠い他者の言葉って、基本的には気持ちよく聞けないものなんです。利害が対立したり、カルチャーが違ったり、時にヒリヒリするような話になる。異質な他者の靴を履くには一度自分の靴を脱いで非常に無防備な状態にならないといけない。そうやって痛みや恐れに直撃されて初めて相手の気持ちが理解できる。それが“聞く”ことの本質にはあると思います。臨床心理学の世界では「共感」が重要視されますが、トレーニング中「真の共感とは何か」と偉い先生に延々と突き詰められ辛かった(笑)。だってその共感が正しいかどうかなんて誰にも判断がつきませんから。

ブレイディ わかるわけがない(笑)。

東畑 だから長年仕事をするうちに共感は特別視しないようになりました。カウンセラーに特別な共感能力があるわけではなく、誰しも日々の生活の中で「おじいちゃん、いつもより怖いな」みたいに人の感情を感じ取って生きています。もしカウンセラーにプロとしての専門性があるとしたら、そうやって感じたことをもう一度知的に捉え直したり、吟味したりするところにあると思うんです。患者さんの心の分からない部分について頭を使って考えるんですね。これが『他者の靴を履く』でブレイディさんの言うコグニティブ(認知的)エンパシーにつながるところだと思います。

ブレイディ ゆっくりと繰り返される対話の中で相手の心が浮き彫りになっていくわけですね。「心が1つ存在するために、心は必ず2ついる」という記述が印象的で、ハンナ・アーレントの「自己に輪郭を与えるには他者が必要だ」という言葉を思い出しました。コロナ禍でワクチンやロックダウンなどをめぐり大きな対立が生まれ、心がかき消されたように見えたのは、社会で対話が不足しているということなのかも。

東畑 対話といった時、理性だけのやり取りでは不十分で、情念も含めることが大切です。「夫婦喧嘩は犬も食わない」というけれど、夫の発言にムカッと来た時に妻は夫の心の一部分を受け取っているわけです。犬でも食えるような会話では、心はしっかり伝わらないのでしょう。人間関係では、嵐も時には必要です。

ブレイディ 確かにネガティブなものも引き受けた相手ほど関係性が強いですよね。不快なものを避けてばかりでは人間関係が濃くなりませんから。

東畑 対話不足になりがちな社会で、エンパシーを働かせるのに一番大事なことって何だと思いますか?

ブレイディ 当たり前なことかもしれませんが、「元気」じゃないですかね。

東畑 元気!? 確かに履き心地の悪い他者の靴を履くにはパワーが要ります!

ブレイディ 日本の人と話すと「面倒くさいから」とよく聞きます。でもワクワクすることは面倒くさいことの中にある。たまに日本に帰ると元気のない国になったと驚きます。テレビの討論番組では、80年代は野坂昭如とか大島渚が「俺はこう思う!」と熱弁していたのに、いまはデータの話ばかり。自分を主語にして語る元気さが、一番必要なんだと思います。

東畑 本当にそう。今日はブレイディさんと話していてすごく元気が出ました。

ブレイディ 大杉栄じゃないけど「生を拡充せよ!」。自分の中からエネルギーを叩き出せ! ですね(笑)。

代官山蔦屋書店で9月18日に行われたオンライントークイベントの内容を再構成したものです。

source : 週刊文春 2021年10月28日号

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