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眞子さま・小室さん結婚で始まる「愛子さまが天皇になる日」

「週刊文春」編集部

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 眞子さまと小室さんの結婚は、令和皇室の苦悩を浮き彫りにした。悠仁さまだけが残され、そのもとに男子が誕生するのを祈るほかないのか。皇位継承者の選択肢を増やし、皇族方の重荷を少しでも取り除くための方策は……。

 将来を誓う2人が一時の別れを告げてから、1171日――。

 秋晴れの空が天高く広がった、10月18日。秋篠宮家の長女・眞子さま(29)と小室圭さん(30)は、2018年8月に小室さんが渡米の挨拶で宮邸を訪れて以来の再会を果たした。

眞子さま

「小室さんはこの日、秋篠宮ご夫妻に結婚の挨拶をするために宮邸を訪問。滞在時間は約3時間半でした。その後、パラリーガルとして勤務していた奧野総合法律事務所に40分ほど滞在し、横浜の自宅に帰宅した。花束の入った大きな袋と、万年筆の老舗ブランド『ペリカン』の紙袋を携えていました」(宮内庁担当記者)

小室さん

 注目を集めたのが、小室さんの髪型だ。帰国時には長い髪を後ろで束ねた“ちょんまげ”ヘアだったのが、この日は後ろ髪がカットされた爽やかなスタイルに。前髪はサイドに流されており、前髪を下ろしていた渡米前より大人びた印象だ。

「小室さんはこの前日、女性美容師を自宅に呼んでヘアカットをしてもらったそうです。秋篠宮さまはマナーを重んじる方で、海外訪問の際、足を組んでいた随行員を『非礼ですよ』とお叱りになったこともある。小室さんも挨拶にあたって無礼があってはならないと考えたのでしょう」(同前)

 この女性美容師については、小室さんが以前から通っていた美容院の店長だとTBSで報じられたが、

「小室さんは渡米前、南青山の『T』という美容院に通っていました」(同前)

 小誌も当時、「T」で散髪する小室さんの姿を目撃していた。17年5月16日にNHKがお二人の婚約内定をスクープする4日前のことだ。小室さんはカットを終えると母の佳代さんと合流。近くのレストランに立ち寄り、パンケーキに舌鼓を打っていた。

 じつはこの「T」、皇室とは縁の深い美容院なのだという。

「『T』には支店があるのですが、そこにはかつて雅子さまのお母さまや妹さんが通っており、雅子さまも訪れたことがあるそうです」(同前)

 眞子さまは22日には天皇皇后に、25日には上皇ご夫妻に結婚のご挨拶をなさる予定で、お二人の結婚への準備は着々と進められている。だが、順調なスケジュールとは裏腹に、結婚延期の原因となった小室さんの母・佳代さんと元婚約者・X氏との金銭トラブルは、いまだ解決の兆しが見えない。

2017年9月の会見で見つめあう2人

紀子さまに「お前」と……

小室さんと眞子さま結婚にゆれる秋篠宮家

「X氏は最近、体調を崩して熱を出し、会社を休んでいます。このところ結婚関連の報道が相次ぎ、心労が重なっていたのかもしれません」(X氏の代理人)

 金銭トラブルをめぐる国民感情に配慮され、結婚関連儀式は行わず、一時金も支払われない異例の結婚を選ばれた眞子さま。だが、その選択が却って、波紋を広げる結果になっている。

「一時金は、皇室経済会議を経て支給額を決定することが皇室経済法で定められています。現行制度になって以降、一時金が支払われなかった唯一の事例は、昭和22年に皇籍離脱した皇族のうち軍籍にあった方々のケースですが、このときも皇室経済会議で不支給が決定された。ご本人の意向だけを理由に、皇室経済会議も開かずに不支給と決定するのは法律違反の可能性があります」(皇室ジャーナリストの山下晋司氏)

 強いご意志で“超法規的”措置を勝ち取られた眞子さま。そして、異例の結婚をお認めになった秋篠宮。だが、秋篠宮家のなさりように対して国民の不信感が膨らんだ結果、例えば毎日新聞の世論調査では「祝福したい」と「祝福できない」が僅か3ポイント差で拮抗するような、国論二分の状況を招いてしまった。

 言うまでもなく、秋篠宮家は皇位継承順位が1位の秋篠宮、2位の悠仁さま(15)を擁するご一家。しかし、眞子さまの結婚問題は、悠仁さまにも暗い影を落としているという。

「悠仁さまは結婚問題が膠着状態だったころ、情緒が不安定なご様子をたびたび見せておられました。紀子さまに『お前』と口にされたり、職員と缶蹴りで遊んでいて負けると、ちょっと普通ではないほどの大きな声を発せられたり……。眞子さまは結婚をめぐってご自身とご両親が対立されていることで、悠仁さまに及ぼす影響を心配しておられましたが、その懸念は決して杞憂ではなかったのです」(秋篠宮家関係者)

 小6のときには、昭和史研究家で作家の故・半藤一利氏から太平洋戦争についての講義を受けられた悠仁さま。“将来の天皇”として、今後もこうした学びの機会を増やされていくはずだ。だが、別の関係者はこう語る。

「“気楽な次男坊”として生まれ育った秋篠宮さまは『自分は、天皇になるための教育を受けていない』ということをたびたび強調されてきました。ご自身が、次代の天皇である悠仁さまを育てることに自信がないようにお見受けします」

 かつて、悠仁さまの将来を憂えたある人物が、秋篠宮に「天皇としてのご覚悟や信念を養うような教育が必要なのではないでしょうか」と進言した。しかし秋篠宮はこう返したという。

「そういうのが良いとは限らない」

 さらにご自身の皇位継承をめぐっては、19年4月、朝日新聞でこんなご発言が報じられた。

〈兄が80歳のとき、私は70代半ば。それからはできないです〉

 元来、皇位を継承するはずではなかった秋篠宮家。お子さま方が皇族と縁の深い学習院ではなく、国際基督教大学(ICU)やお茶の水女子大学附属中に進学されるなど、慣例にとらわれない軽やかさを見せてこられたのも、それゆえであった。自由な教育のもとで育たれた悠仁さまの姉・佳子さま(26)は、思春期になると、こんな苦悩を吐露されるようになった。

「自由がない、人権がない。早くこの生活から抜け出したい。これは姉も同じ気持ち」

 

 そして、19年3月のICU卒業時には、「姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい」と眞子さまと小室さんの結婚を公の場で強く後押しされた。

 高齢を理由に即位の辞退を示唆する父と、自由を追い求める2人の姉。だが、ただ一人悠仁さまにだけは、「天皇になる」という重責が待ち受けている。

愛子さまが「お名前は?」

もうすぐ20歳になられる愛子さま

 数々の難題を抱える秋篠宮家とは対照的に、溌剌とした様子を見せているのが、天皇ご一家の長女・愛子さま(19)だ。学習院初等科時代には不登校、女子中等科では激ヤセ騒動とさまざまな試練があったが、女子高等科ではご友人に囲まれておられたようだ。

「お友だちと品川プリンスホテル併設のカラオケルームに行かれたり、プリクラをお撮りになったりと、高校生活を謳歌なさっていました。あだ名は敬宮(としのみや)から取って『トシ』だったそうです」(学習院関係者)

 学業成績も優秀だという。

「語彙が豊富で、レポートや作文もさらさらと書かれる。文系科目がお得意のようでしたが、理系科目でも理解できるまで我慢強く取り組んでおられた」(同前)

 今年9月に皇居にお引越しをされる前は、赤坂御用地の赤坂御所にお住まいだったご一家。そこでは仲睦まじい“家族団らん”の場面が見られたという。

「赤坂御所の近くにある神宮球場では、毎夏、プロ野球の5回裏終了後に花火が打ち上げられるイベントが開催されていました。御所にはその花火が見える部屋があり、愛子さまは楽しみにしておられた。花火の時間になるとお父さま、お母さまをお呼びになり、職員も交えて皆で観賞なさるのです」(宮内庁関係者)

 昨年4月には学習院大学文学部日本語日本文学科に進学された愛子さま。コロナ禍のためリモートでの授業が主だが、「第2外国語で選択されたスペイン語はめきめき上達されている」(同前)という。

 昨年10月には新入生ガイダンスのために初めてキャンパスに足を運ばれた。水色のカーディガン姿で、10人ほどの一団に混じってキャンパスツアーに参加された愛子さまは、一緒にいた女子学生に、

「あの、お名前は?」

 と積極的にお声がけ。他の女子学生から「スペイン語(の授業を)取られてますよね?」と話しかけられ、

「そうです、あっ! お見かけしたことあります!」

 と朗らかに応じ、社交的な一面を見せておられた。

 そんな愛子さまは、12月1日に20歳の誕生日を迎えられる。

「お誕生日には成年皇族として初めて会見に臨まれます。さらに、今後は公務の機会も増え、国民がそのお姿を目にする機会も多くなる。そうなると、国民の間で愛子さまに人気が集まるのは自然な流れでしょう」(前出・記者)

 現行制度では、皇位継承者はあくまでも男系男子に限られる。しかし、このまま眞子さまに続いて佳子さまも、愛子さまも皇籍離脱されると、悠仁さまお一人に、皇位継承、多くのご公務と尋常ならざるご負担を背負わせることになる。

 いま61歳の天皇が、上皇が退位された85歳になる24年後をシミュレーションすると、男性皇族は秋篠宮(79)、悠仁さま(39)。女性皇族は彬子女王(63)、瑶子女王(61)、承子女王(59)、佳子内親王(50)、愛子内親王(43)となる。皇族方の高齢化に加え、内親王方、女王方が全員ご結婚されて皇籍離脱されれば、令和の次代の皇室を支えるのは悠仁さまだけになってしまうのだ。

 

悠仁さまの配偶者への重圧

 現行制度のままでいけば、皇室の今後はどうなるのか。人口統計学が専門の中央大学・和田光平教授にシミュレーションを依頼した。

【A】1人の男子(悠仁さま)から男系男子の子孫が生まれる場合、【B】1人の男子(悠仁さま)、1人の女子(愛子さま)から、男女問わず子孫が生まれる場合を想定。それぞれの期待値(予測できる平均値)を算出してもらった。

「日本の男女の出生比率は19年時点で男性:女性が105・1:100。この数字に加え、女性の出生率は19年の合計特殊出生率1・36を用い、男性の出生率は最新のデータである15年の嫡出出生率に、非嫡出子の出生率を総合する処理を行ったうえで計算をしています」(和田教授)

 その結果は次のとおりだ。

【A】

一世(子)0・68人

二世(孫)0・47人

三世(ひ孫)0・32人

【B】

一世(子)2・69人

二世(孫)3・62人

三世(ひ孫)4・88人

 つまり、【A】のように男系男子だけで皇統を維持していく場合、皇位継承者は減少の一途を辿る。一方、【B】のように男女双方に皇位継承の資格を認め、愛子さまやその子孫まで選択肢を増やすなら、皇位継承者は世代を追うごとに増えていくのだ。

 女性天皇、女系天皇を認めるか否か。これまで幾度も繰り返されてきた議論だ。

 所功・京都産業大学名誉教授は「私は本質的に『女性天皇を公認すべき』と主張してきた」としつつ、“愛子天皇”には慎重な立場だ。

「現に男系男子の悠仁さまがおられるのですから、“愛子天皇”の実現ではなく、悠仁さまの次の世代に備えて女性天皇の可能性も開くべきです。ただ、いま必要なことは愛子さまが皇室に残って、ご両親や叔父と従弟を支え続けられるようにすることです。そのために、愛子さまがご結婚されても皇族の身分を保持できるような制度設計が求められると思います」

 同じく女性天皇賛成派の小田部雄次・静岡福祉大学名誉教授はこう語る。

「愛子さまは、いまの天皇陛下の直系の長子。その愛子さまが皇位を継承されるのが、最も自然な形だと思います。現行制度のままでは、悠仁さまやそのお妃となる方は、男子を産まなければならないプレッシャーにさらされる。悠仁さまが天皇になられるにしても、愛子さまが天皇になられる選択肢を残すことが必要ではないでしょうか」

 一方、女性天皇反対派の識者でも、皇位継承者が極端に少ない現状に危機感を強めている点は、賛成派と共通している。八木秀次・麗澤大学教授はこう語る。

「歴代の天皇は、男系で継承されてきた。皇統とは、初代以来の男系の血筋以外の何ものでもないのです。過去に8人10代の女性天皇が存在しますが、いずれも皇族と結婚した未亡人か生涯独身で、本命の男性が天皇として適齢期になるまでの“中継ぎ役”です」

 そのため、皇統維持のためには旧宮家の皇籍復帰が望ましいというのが、反対派の主張だ。

「場合によっては旧宮家の方から将来の天皇が誕生するかもしれませんが、悠仁さまのお妃になる方からすれば、皇位継承者を産まなければならないというプレッシャーは軽減されるはずです」(同前)

 旧宮家の復帰論については「一般人になった方々をいまさら皇族にするのか」という異論もあるが、百地章・国士舘大学特任教授はこう太鼓判を押す。

「平成の時代になっても皇族と旧皇族の方々は『菊栄親睦会』という親睦団体で密接な交流を続けてこられたし、親戚関係の方も沢山おられます。旧宮家には、20代以下の未婚男系男子が10名もいます」

 さまざまな意見がある中で、賛成派・反対派の立場を超えて共通して憂慮される点がある。「悠仁さまやその配偶者への重圧」だ。

 近代皇室には、雅子さまが03年に「適応障害」を発症された苦い経験がある。この原因は、雅子さまが外交官としての経験を生かせないと悩まれたのに加え、お世継ぎの重圧があったからだとされる。先行きのない現行制度を一刻も早く改めなければ、同じ悲劇が繰り返されかねないのだ。

 加えて、眞子さまのご結婚が、思わぬ問題を提起することにもなった。八木氏が語る。

「儀式や一時金なしの結婚はすなわち『皇族ではなく、一個人として結婚する』ということ。これを許したことで、悠仁さまの『即位拒否』に繋がる可能性も否定できません。眞子さまは、ご両親に反対されてもご自身の意志を貫かれました。同様に、悠仁さまが周囲にどれだけ説得されても『僕には僕の自由がある』と主張されれば、即位を拒否することも理屈の上では考え得るのです」

 振り返れば、歴史が「愛子天皇」誕生に最も近付いた瞬間があった。小泉純一郎政権下の05年11月。「皇室典範に関する有識者会議」(座長・吉川弘之元東大総長)が、女性・女系天皇を認め、長子優先とする報告書をまとめたのだ。つまり、政府が愛子さまを次代の天皇とする方針を固めたのである。愛子さまが3歳のころのことだ。

 当時を知る関係者が明かす。

「このころ、雅子さまは適応障害を発症され、第2子を望むのが難しいという雰囲気が広がっていた。当時の天皇陛下は『皇統が断絶するのではないか』と、睡眠中も呻吟するほど悩んでおられました。そこで、相談役である宮内庁参与に、女性・女系天皇の是非を検討してもらった。参与たちは最終的に『容認やむなし』と結論付け、それが陛下のご意向となりました」

愛子さまを抱く雅子さま

安倍氏の女性宮家反対論文

 ただし、制度を変えるには、皇位継承者を男系男子と定めた皇室典範の改正が必要になる。小泉首相(当時、以下同)は翌06年1月26日、吉川氏ら有識者会議のメンバーを公邸での夕食会に招き、こうぶち上げた。

「審議していただいた内容は、3月10日までに必ず法案にする。そして、皇室典範を改正する!」

小泉元首相

 有識者会議のメンバーは「よろしくお願いします」と神妙に応じた。そんな中、1人だけ浮かない表情を浮かべている人物がいた。安倍晋三官房長官だ。安倍氏は前年10月に官房長官に就任した際、前出の八木氏から、男系継承の重みを説かれていたのだ。

安倍元首相

 ところが、誰も予期していなかった事態が起こる。2月7日、NHKが紀子さまのご懐妊の兆候を報じたのだ。衆院予算委員会に出席中の小泉首相がメモを差し入れられて驚く様子は、その後、繰り返し報じられた。安倍氏は小泉首相をこう説得したという。

“もしも新宮が男子であれば、皇室典範改正はそのお子さまから皇位を奪うことになりかねない――”

 小泉首相は皇室典範改正を諦めざるを得なかった。

 06年9月6日、悠仁さまがご誕生。20日後に安倍内閣が発足。男系男子がお生まれになったことにより、皇室典範改正への機運は一気に萎んだ。だが、この結果を誰よりも悔やんでいたのが天皇だったという。

「雅子さまに男子が望めない状況の中、39歳の紀子さまが第3子を持たれることをお認めになったのは、他ならぬ天皇陛下ご自身です。しかし、そのことが女性天皇の議論を頓挫させることになるとは、露ほども考えておられなかったのです」(前出・関係者)

 次の動きは、政権交代を挟んだ5年後。11年10月5日、羽毛田信吾宮内庁長官が官邸を訪れた。主は野田佳彦首相。野田氏は19年の小誌の取材に、当時をこう振り返っていた。

「羽毛田長官から皇族方の減少について憂慮されているお話を聞き、『われわれの代で何とかしなければ』と思った。宮内庁長官がわざわざ官邸に来るのは珍しかったし、羽毛田氏の口ぶりには切迫感があった。そういう空気が宮中には出ているのだろうなと」

 そうして野田首相が着手したのが、女性宮家創設の議論だ。

「女性宮家創設の次に女性・女系天皇の議論をするというイメージだった。拙速は禁物。2つをいっぺんにやると、自民党は乗ってこず、バラバラになってしまうと思った」(同前)

野田元首相

 こうした民主党政権の動きを受けて、自民党保守派の筆頭格だった安倍氏は動いた。『文藝春秋』(12年2月号)に、女性宮家は女系天皇を認める入り口になるとして明確な反対論を寄稿。旧宮家復帰案を提唱し、「民主党政権に皇室典範改正は任せられない」と吼えた。

 12年10月、野田政権は論点整理を公表。女性宮家創設案と、女性皇族が結婚して皇籍から離脱しても皇室のご活動を続ける案の2案を併記する形を取った。しかしその2カ月後、野田政権は総選挙に惨敗し、政権は再び自民党に渡った。

秋篠宮も眞子さまも20歳で……

上皇ご夫妻

 再登板を果たしたのが、安倍首相だ。女性宮家創設に反対の立場を取る安倍首相が、民主党政権での議論を引継ぐことはなかった。小泉政権で首相に皇室典範改正の断念を迫ったのと同様、再び「皇室の悲願」に安倍氏が立ち塞がったのだ。

 その安倍政権が安定軌道に乗った14年。天皇は依然として、議論の前進を望んでおられた。当時の安倍官邸の関係者が明かす。

「天皇陛下に近い人物が『女性天皇の議論を進めて欲しい。安倍首相に進言してほしい』と水面下で伝えてきたことがありました」

 この人物はこう訴えたという。

「将来のことを長い目で見たら、選択肢は広くしておくべきだ。何か不幸なことがあれば、皇統が途絶える。陛下はそれを心配しておられる」

 だが安倍首相が、女性・女系天皇の話題を持ち出されると「それは国体に関わる話だ!」と色をなすほどの反対論者であることは、誰もが知るところ。結局、この官邸関係者も進言することは叶わなかったという。

 7年8カ月に及ぶ長期政権を築いた安倍政権。だが、皇室制度の整備という難題に本格的に着手することはついになかった。

「17年、当時の天皇の生前退位の特例法を成立させるにあたり、附帯決議には、安定的な皇位継承策として女性宮家創設の検討などが盛り込まれました。しかし安倍政権で議論が行われることはなく、菅義偉政権になった今年3月、ようやく安定的な皇位継承策を議論する有識者会議の初会合が開かれました」(官邸担当記者)

 しかし、ここでも皇位継承策については踏み込まず、まずは皇族数を確保する方策が議論されることに。

「今年7月、女性皇族が結婚後も皇室に残る案と、旧宮家の男系男子が養子縁組して皇籍復帰する案の2案がまとめられた。しかし、検討結果の国会報告は衆院選後に先送りになっています」(同前)

 折しも安倍氏の退陣後、初の衆院選が行われている。愛子さまの今後に関する議論は、選挙後の岸田政権の火急の課題になるはずだ。

 昨年4月に共同通信が行った世論調査では、女性天皇に「賛成」「どちらかといえば賛成」を選んだ人は合計で85%に上った。上皇の生前退位に関する特例法がそうであったように、皇室にかかわる問題は与野党一致が望ましいとされる。世論の支持も踏まえると、与野党が合意を見出しやすいのは、旧宮家の皇籍復帰案よりも、女性皇族が結婚後も皇室に残る案とみられている。そして、女性宮家の創設は、前述のように皇位の安定的継承を考えれば、女性天皇の議論へとつながっていく。

 愛子さまはまもなく20歳。眞子さまが小室さんと出会って交際を始められたのも、秋篠宮が紀子さまにプロポーズされたのも20歳の時だ。「高校時代、野球部の男子生徒のファンで、試合を応援に行き、たくさん写真を撮っておられたこともある」(前出・学習院関係者)という愛子さまも、伴侶となる人と出会い、結婚して皇籍離脱される日がすぐそこに迫っている。

 悠仁さまお一人が残され、そのもとに男子が生まれるのをただ祈るしかない――目前にある“皇統の危機”への備えを始めるのに、もはや一刻の猶予もない。

令和の次代の皇室は……

source : 週刊文春 2021年10月28日号

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