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藤本博史(福岡ソフトバンクホークス 監督)「いままで常勝軍団という形できている。藤本になって弱くなったと言われたくない」|鷲田康

野球の言葉学 第594回 

鷲田 康
エンタメ 社会 スポーツ

 日本ハム・新庄剛志新監督(49)の誕生には驚かされた。球団が本人と接触し出したのが8月末という話で、やはり現巨人の中田翔内野手による暴力事件やチーム内での差別発言問題等によるチームのイメージダウンが、無関係ではなかったのかもしれない。

昨年はトライアウトにも挑戦した新庄

 この2年はチームの成績不振に加えてコロナ禍による入場制限での観客動員の減少も顕著で、2023年には新球場への移転も控えている。そこで04年に巻き起こった“新庄フィーバー”の夢よ、もう一度、という思惑での監督就任ということなのだろう。

 確かに“新庄フィーバー”で札幌ドームには女性ファンが急増し、日本ハムというチームを地元に定着させた功労者だった。ただ当時はチーム作りも順調で、06年から16年までの11年間で五度のリーグ優勝を達成。人気の背景にはその強さがあったことも、忘れてはならないはずである。

 しかしその後のチームはジリ貧状態で18年にかろうじて3位を確保したが、あとは全てBクラスの5位と低迷。ポストシーズンとはほぼ無関係なチームとなってしまっている。

 そのチームの立て直しを指導者経験が全くない人材に託すというのだから、まさに大バクチの人事である。

 この日本ハムとは対照的な監督人事を見せたのが、ソフトバンクだった。

 工藤公康監督(58)の辞任に伴い、新監督に指名されたのは、知名度も圧倒的で次期監督の最有力候補と言われてきた小久保裕紀ヘッドコーチ(50)ではなく、叩き上げの藤本博史2軍監督(57)だったのである。

「本来なら監督含みで入閣していた小久保ヘッドが昇格しても良かったはずです。しかし何せこの1年間で評価がガタ落ちで、8年ぶりのBクラス転落の戦犯という声もあったほど。そこでチーム立て直しをできる人材として、若手の指導実績で評価も高かった藤本新監督に白羽の矢が立った訳です」(スポーツ紙デスク)

 藤本新監督は現役時代から地味にチームを支えるバイプレーヤー的な存在で、引退後には福岡で居酒屋「藤もと亭」を経営するなどしてきた苦労人。11年にソフトバンクの2軍打撃コーチに就任し、その後は1軍打撃コーチ、3軍監督などを歴任して21年から2軍で指揮を執っていた。

藤本監督の“実績”は

 打撃コーチとしては若手時代の柳田悠岐外野手や中村晃外野手、栗原陵矢捕手らの現主力選手を指導して一人前に育て上げた実績もある。世代交代が迫られるチーム事情の中で、それでも強いチームを作るという球団の意思の表れた監督選任だったと言えるだろう。

「いままで常勝軍団という形できている。藤本になって弱くなったと言われたくない」

現役時代からヒゲがトレードマーク

 就任発表での藤本新監督の言葉学だった。

 長く野球の世界を取材してきて、監督の仕事の大変さ、試合の現場は修羅場だということを思い知らされてきた。しかもいまはデータ化が進み、その膨大なデータから瞬時に作戦を決めてサインを出せる瞬発力も求められる。そういうベンチワークの経験は必須で、だからこそソフトバンクは藤本監督を選任した。

「ああ見えて現役時代には」という話がいまはメディアに溢れているが、そういう修羅場経験もない新庄監督の場合は……。どれだけベンチワークの経験豊富なスタッフで脇を固められるか。新庄監督本人ではなく、そこにこそ、このサプライズ人事の成否が、かかっているのではないだろうか。

source : 週刊文春 2021年11月11日号

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