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朝日新聞33歳記者が“上層部批判”を遺して自殺した

「政権を批判できなくなる」、部長が直後に異動

「週刊文春」編集部

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 幼いころからの夢を叶え、「朝日新聞記者」となって活躍していた男性社員は、なぜ自ら命を絶ったのか。直前に書き込んだツイッターには、上司に向けられたと思しき意味深長なメッセージが3通、遺されていた――。

朝日の東京本社

 10月6日早朝、大阪市内のマンションから1人の男性が飛び降りた。ちょうどその頃、購読者の自宅に届いた朝日新聞の経済面には、「パナ新体制始動 専門性磨く」と題した彼の最後の署名記事が掲載されていた。33歳の若さで自ら命を絶ったのは、朝日新聞大阪本社経済部の竹岡正貴記者(仮名)だった――。

「通報を受けた警察が、午前4時59分に死亡を確認。現場の状況から事件性はなく自殺と断定しています。勤務先にも事情を聞くため朝日新聞に連絡しました」(大阪府警関係者)

 前日無断欠勤していた竹岡氏の訃報に大阪経済部の面々が騒然となったのは、直前に彼が意味深長な書き込みをツイッターに遺していたからだ。

 10月4日、午後3時40分のツイートでは、

〈重要な事実を探るために、権力者に近づくことはありますし必要です。ですが、なぜその記事をのせるのか、読者に堂々と説明できる論理がなにより大事だと思う〉。10分後には、〈紙面に意図的にのせて、権力者のご機嫌を取ってもたらされる情報って、本当に読者が求めているものなのかな。。トモダチだから書くってなったら、政権を「オトモダチ人事だ」って批判できなくなるのでは〉。さらに午後4時7分。〈言うこと聞かない不良社員かもしれないけど、読者を一番に考えていると感じさせてくれたら、結構無理して働いてきたし指示にも従います。せめてうまく説得して、だましてほしいです〉。

10月4日のツイート

 具体的な記述を避けてはいるが、紙面展開について何らかの強い不満を持ち、上層部批判をしていると思しき3つの“ダイイングメッセージ”だ。

 朝日では、当日の夜8時半から、東京、大阪など全国の経済部員約70名がオンラインで参加する臨時部会が開かれた。部員には約1時間前に突然開催が伝えられ、東京経済部長を務める伊藤裕香子氏が中心になって説明がなされた。

「その日の朝に竹岡氏が亡くなったことが伝えられました。ただ、死因などについてはまったく伝えられなかった」(出席者)

 参加した部員は困惑の色を隠せなかった。さらに、

「部長が『悩みがあったら相談してください』と言ったので、メンタルだったのかな? と思いましたね。不可解な説明ぶりに皆驚き、誰も質問することすらできませんでした」(同前)

 直後、大阪経済部では異常事態を加速させる動きが起きた。

「竹岡氏の上司に当たる大阪経済部長の渡辺知二氏が出社しなくなったのです。そこで、東京と大阪の経済部長を歴任した東京本社のゼネラルマネージャー・多賀谷克彦氏が急遽職務を代行することになり、大阪に来た」(朝日関係者)

朝日の大阪本社

 10月28日には渡辺氏の異動が、取締役会の承認を経て社内に発表された。

「11月1日付けで渡辺部長は論説委員に就任しました。承認、社内発表から4日後の論説委員就任など極めて異例です」(同前)

 亡くなった竹岡記者は、2011年入社。11年目の若さで大阪経済部の製造業系の取材キャップを務め、非製造業系や金融系のキャップを束ねる統括キャップも兼任していたという。

長年の友人の経産官僚

「大学時代にはミスターコンテストに出場したこともあるイケメン。時には合コンも楽しむなど独身生活を謳歌していた。仕事ぶりは優秀で九州に赴任していた頃はハンセン病の取材で元患者から信頼を得ていた。警察取材でも、刺さるべき対象にはしっかり食い込んでいました」(元同僚)

 ホープ社員の自死、直前のツイート、直後の上司の異動は何を意味するのか。

「実は、竹岡氏の自殺に渡辺部長が関係しているようなんです」(前出・朝日関係者)

 渡辺部長と竹岡氏との折り合いは決して良くなかったようだ。

「渡辺部長は元々記者というよりもビジネス部門の人。大阪本社では広告営業担当のフロアと編集局のフロアが一階違いなのですが、渡辺部長は昨年10月に経済部長になってからも営業フロアと密にやり取りをしていました。渡辺部長は経営企画室や社長室など社の中枢部門も経験しており、いつも会社の経営について気にかけていた」(同前)

 大阪経済部関係者が、こう続ける。

「渡辺部長が営業サイドからの要請を受けて、現場に、『広告の関係もあるし、こういう原稿を書いてくれないか』といった旨を口にすることもあった。多かれ少なかれ、どこの新聞でも新商品紹介などはあるでしょうが、見ようによっては露骨な“ステマ記事”と捉えられかねず、正義感の強い記者には不評でした」

 その一人が竹岡氏だった。渡辺氏の姿勢に反発していた竹岡記者は、周囲にこんな不満を吐露することもあったという。

「あんなことをやっていたら、企業に何か不祥事が起きても原稿が書きにくくなっちゃうじゃないですか」

 こうした鬱屈をさらに深める出来事が、9月末から10月にかけて立て続けに起きていた。

「先日まで東京五輪担当の統括官を務め、経産省内で将来を嘱望されている官僚が、10月1日付で近畿経済産業局長に就任しました。その官僚が渡辺部長の長年の友人で、『彼について取材しないのか』と渡辺部長が竹岡氏に迫ったのです。竹岡氏は『権力者にすり寄るような取材をして記事を書けば、自分は記者ではなくなってしまう』と悩んでいました」(前出・大阪経済部関係者)

 10月4日の11時半から行われた局長就任記者会見には、竹岡氏が出席し、代表質問も行った。だが、読売と産経が翌日の、毎日が3日後の紙面で記事化しているのに、朝日だけは記事化した形跡がない。

 冒頭で紹介したツイートの〈政権を「オトモダチ人事だ」って批判できなくなるのでは〉は、まさにこのことを指しているのではないか。

竹岡氏のツイート

 さらにもう一つ、追い打ちをかけるような出来事がほぼ同時期に起きていた。

「竹岡氏が書いたパナソニックの記事をめぐり、渡辺部長とのやり取りで随分傷ついていた」(同前)

〈パナ早期退職に 1000人超が応募〉

 竹岡氏が10月2日の朝刊に書いた400文字程の短い署名記事だ。前日にパナソニックの楠見雄規社長が組織再編などについて会見を行なっていた。その中から〈パナが大きく変わっていくという説明が不十分だった。もう少ししっかりと説明ができていれば、活躍を期待していた人まで退職することにはならなかったと思う〉とのコメントのみを記事内で引用した。これが波紋を呼んだ。

「例えば同日の読売は社長の『ポテンシャルを発揮できれば事業は成長に転じる』とのコメントを引き、地の文でも『選択と集中にも取り組む』などと前向きに報じている。竹岡氏の記事は、それとは対照的でした。パナ側から何か申し入れがあったのか、それとも忖度したのか分かりませんが、その後、渡辺部長が竹岡氏を叱責したと聞いています。さらに、他の部員の前でもどうしてああいった記事になったのか、経緯を説明させられていたそうです。パナからは年間5000万円を超える広告収入があります」(同前)

 その後、パナソニックの再編について、トーンを修正するような記事を竹岡氏は書いている。それが、自死の朝に配達された冒頭の署名記事だった。

「記事には『パナ新体制』『分社化による意思決定の迅速化』『改革』などの前向きな表現が並びました。『パナソニックという大企業に魅力を感じていた人は意識が変わる可能性がある』という会社幹部の発言が引用され、大胆な改革に積極的に挑むパナのイメージが強調された内容になっています」(同前)

10月2日の記事と同6日の記事

 ちなみに2日は、前日の会見を受けて主要紙は軒並みパナ関連の記事を出稿しているが、6日は朝日だけ。パナソニック広報に尋ねると、「朝日に申し入れをした事実はない」と答えた。

「経営状況の悪化で近年は新卒の採用人数が減り、人材の流出も止まらない。最近、会社は組織改革で大阪本社経済部を縮小しました。パナ以外にも多くの大企業を抱えているにも拘わらず、今、大阪経済部に現場の取材記者はわずか9人。現場への負担は確実に増え続けている」(別の大阪経済部関係者)

 竹岡氏も、取材・執筆のみならず労務管理やマネジメントにも追われていた。

「転職した元同僚を前に、会社や自身の将来への不安を口にすることもあった。昨春に大阪経済部に行って以降は特に顔色も悪く、疲れが滲み出ていた」(同前)

 実は亡くなる直前、伊藤部長や渡辺部長が竹岡氏と電話で話をしていたという。

「精神的に追い詰められた様子を受け『病院に連れて行った方がいい』という話は共有されていた」(同前)

 竹岡氏の死後、朝日の管理本部が大阪経済部員への聞き取り調査を開始した。

「現段階では、会社側は渡辺部長に問題はなかったとの位置づけです。不祥事を起こした社員は一旦、管理本部付となるのが通例ですが、早々に論説委員というキャリアに傷がつかないポジションに置いたのがその証拠です」(同前)

 ここ1カ月のこうした対応に、社内からも疑問の声が挙がっている。

「朝日はこれまで報道機関として、例えば15年に過労の末に自殺した電通の高橋まつりさんの問題などを積極的に報じ、会社側の責任を追及してきました。竹岡氏の一件も、原因を究明し、変に隠蔽することなく、然るべき対応をするべきです」(同前)

 朝日新聞社広報部はこう回答した。

「前途ある有望な社員を失ったことは痛恨の極みであり、心からご冥福をお祈りしています。(略)現時点までの調査では、労働時間や休日取得の記録には特異な点はありませんが、勤務実態などについてはなお調査を続けていきます。パナソニックに関する記事で当該記者が部長から叱責された事実は、現時点までの調査では出ていません。近畿経産局長の人事異動について部長が記者に確認した事実はありましたが、なお調査を続けています」

 小誌が竹岡氏の実家を訪ね、憔悴した表情の父親にお悔やみの言葉を述べると、こう声を絞り出した。

「ノーコメントにさせてください。会社側の調査を待っている状態で、まだ何も分からないので……」

 竹岡氏は小さい頃から新聞記者を志していた。

「小学生の時、新聞社の見学があって、それで自分から『朝日小学生新聞を取りたい』って言ったんです。小学生新聞を読んでいたおかげで、学校の先生がヨーロッパで戦争が起きていると話した時に『ボスニア・ヘルツェゴビナでしょ』って言って先生に褒められたって……。どうしてこんなことが起きちゃったのかなって、毎朝、起きるたびに思っています。ツイッターの最後の言葉は私にとっては謎のまま。今は朝日新聞の調査を信じて待っています。私としてはとにかく何があったのか、本当のことが知りたいです……」(同前)

 父の言葉は、朝日に重い問いを突きつけている。

中村史郎社長

source : 週刊文春 2021年11月11日号

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