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今年もよろしく|林真理子

夜ふけのなわとび 第1729回

林 真理子
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 1年たつのが、早くなるばかりである。

 すごい勢いで加速していく……というのをしみじみと感じるのは、正月の箸置きを出す時だ。

 そう探すことなく、ダイニングテーブルのひき出しから、可愛い虎の箸置きが出てくる。そこに祝い箸をのせながら、

「まるで5年前かそこらだったような……」

 しかし私はいい年なのであるが、干支がまるでわからない。大人の多くは、

「卯(うー)、辰(たつ)、巳(みー)、午(うま)」

 と空で唱えることが出来るのに、私は全く知らないのだ。いったいいつ、みんなそういうことを憶えるのであろう。

 昔、長谷川町子さんの「エプロンおばさん」という漫画があった。干支にまつわる回を妙によく憶えている。

 エプロンおばさん夫婦が、正月に店に入り、しし鍋を注文する。

 すると店の主人は、

「初めての客にわかるはずはない」

 と鶏肉を混ぜるのだ。

 ところでここの若い女性店員さんは、お正月なので日本髪に結っている。エプロンおばさんは、

「綺麗に結えたわねー」

 と誉め、年を聞く。店員さんが、

「私はイノシシ」

 と答えると、おじさんは、

「(ごまかして)トリじゃないのかい」

 と大声でからかう。すると奥でそれを聞いていた主人、鶏肉ということがバレたと震え上がり、

「ご慧眼おそれ入ります」

 と平謝りするというオチ。

 この漫画によって、昔は女性の年齢を干支で答えた、ということがわかるのである。

 が、長谷川町子さんや、エプロンおばさんを知っている人たちも、どんどん少なくなっていくだろう。そして干支を空で唱える人たちもいなくなるに違いない。

 ところで今年の正月は、暮れからずっとテレビ漬け、頭も体もぐにゃりとしていくのがわかる。これがなんとも心地いい。

 朝は箱根駅伝をスタートから見て、夜はスペシャルドラマ、その合い間にネットフリックス。ソファに横たわってだらだら画面に見入る。

「こんな朝から晩までテレビ見て、異常だと思わないのか!?」

 と、夫は初怒鳴り。

「お正月ぐらい、テレビ見たっていいじゃないの」

 私は受験生か。

「正月だけじゃない。いつも帰ってきて夜ずっとテレビ見てるじゃないか」

「体と頭を休めてるんですよ。毎日忙しく働いて疲れているんだから」

「どこが働いてんだ。毎日遊びまわって」

 聞いてください。本を1冊も読んだことがない人間は、今年も私のことを、

「ただの怠け者のおばさん」

 と認識していくはずだ。半分はあたっているかもしれないが……。

紅白を見たい!

 ところで去年の紅白は、ちょっとがっかりしてしまった。いつものお祭り感がすっかり薄れているではないか。

 このあいだはYOASOBIやMISIAのコンサートにも行ったし、私は普通の年寄りよりは、新しい音楽を知っているつもりであった。

 しかし去年の紅白の後半は、私が一度も聞いたことのない、トガったミュージシャンばかり。YouTubeで出てきたんだと。

 彼らのほとんどが、暗い服を着て暗い照明の下で歌う。こういうのが流行っているのかと勉強させていただいている気分。

 細川たかしさんとか、マツケンサンバが出てくると、パーッと心が明るくなる。

「年をとってくと、どんどん紅白が楽しみになっていくのに、紅白はどんどん私らから離れていくような気がするよ」

 とこぼしたら、

「若い人にそっぽ向かれるのがいちばん怖い。メディアってそういうもんなんじゃないの」

 と友人。年寄りの数は増えるばかりだが、やはり若い人に支持されたいものらしい。

 まあそれは仕方ないとしても、どうか紅白は、中高年との絆を断ち切らないでいただきたいものだ。私たちの年代の正月の思い出は、すべて紅白と結びついているのだから。

 子どもの頃、紅白を最初から終わりまでちゃんと見たいというのは、私の夢であった。幼い頃は途中で寝かされたし、小学生の半ばぐらいからは手伝いをさせられた。

 あの頃の商店というのは、大晦日夜どおし開けていたものだ。夜遅くまで、正月の買物をする人がぱらぱら来るからである。

 私は店のガラス戸の拭き掃除をしながら、遠くから聞こえてくる紅白の音楽を聞いた。そして、どんなに貧乏でもいいから商家ではなく、サラリーマンと結婚しようと心に決めたのである。

 隣家の菓子店の従姉も、30近くで結婚するまで紅白を一度も通しで見たことがなかった。その話をしたら、婚家先の人たちが、

「早く早く、紅白が始まるよ。早くコタツに入ってみろし(見なさい)」

 と言ってくれ、とても嬉しかったということだ。

 大人になってからも、毎年必ず帰郷していた私であるが、どういうわけか、大晦日を東京で過ごしたことがある。アルバイト仲間と、池袋の「熊の子鮨」でお鮨を食べていた。ここは立ち喰いのお鮨屋で、学生でもお腹いっぱい食べることが出来た。

 店のテレビの画面に五木ひろしさんが映っている。

「今年レコード大賞も受賞されました!」

 紅白で「ふるさと」を歌う五木ひろしさん。ぴかぴかのタキシード。

 その五木さんも去年から出場されていない。思い出がポツンと薄くなる。

イラストレーター=平松昭子

source : 週刊文春 2022年1月20日号

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