週刊文春 電子版

神田正輝「ドラマは入れないで」70歳の言い訳

「週刊文春」編集部
エンタメ 芸能

「いいんだよ、オレは山に帰れば」

 石原裕次郎と渡哲也が率いた石原プロモーションが1月16日、58年の歴史を閉じる。48年間所属した神田正輝(70)は、身の振り方を周囲にこう話しているという。

 エノケンの映画などに出演した女優の旭輝子を母に持つ神田だが、芸能界にはもともと関心がなかった。

「母は仕事で忙しくて、面倒を見てくれたのは祖母。芸能界には魅力を感じていなかったそうです。熱中していたのはスキーで、プロ級の腕を生かして、日大卒業後、用具メーカーの新製品を山でテストする仕事をしていました」(芸能記者)

 そんななかで裕次郎と知り合い、「ドラマに出てみないか」と誘われた神田。「冷やかしでいいなら」と軽いノリで出たのがきっかけで、芸能界入りしたのだった。

裕次郎が神田をスカウト

 その後、「太陽にほえろ!」(日本テレビ系)のドック役でブレーク。1985年には映画で共演した人気絶頂の松田聖子と結婚した。スター街道を歩んでいくと思われたが、

「いいチャンスはあったんですけど、本人が乗っていかなかった。50歳くらいのときにはテレビ朝日で時代劇の主演オファーもあったが、本人が時代劇に興味がなくて『オレはいいよ』と断った。昔から『オレはいつでも役者辞めていいんだ』と言うような人でしたから」(神田の知人)

 一方で娘の神田沙也加(34)の売り出しには協力的だったという。

「沙也加がまだ売れる前、神田と沙也加の親子役で獅子文六の『娘と私』を映画化する企画が持ち上がり、神田も乗り気だったんですが、映画会社の都合で頓挫してしまった」(同前)

 連ドラは2018年に同い年で石原プロの舘ひろしと共演したドラマが最後。舘は今年も映画「ヤクザと家族」に出演するなど、老境に入って役者としてさらに充実した様子を見せるが、神田は……。

「石原プロの解散が決まった昨年頃から『もうドラマの仕事は入れないで』と言っているんです」(石原プロ関係者)

 理由を聞かれて、神田は、

「もう歳でセリフを覚えられない(笑)。バラエティがいいんだよ」

 と言い訳をした。

「ドラマのように拘束時間の長い仕事が嫌というのもある」(前出・石原プロ関係者)

 現在のレギュラー番組は、大阪・朝日放送の「朝だ!生です旅サラダ」のみ。

「週1の生放送で、ギャラは1回80円ほど。月に320万円ですから十分なんです。本人も毎年行くくらい海外旅行が大好きで、あの番組で気楽に楽しくやっているほうがいいという考え。体調は至って元気で、ワインのボトルも平気で空けるし、食欲も旺盛ですが、仕事はセミリタイヤ気分なんでしょう」(同前)

 石原プロ解散後は、

「舘さんは新しい事務所を作るようですが、神田さんは合理的な人ですから、1人でやっていくのではないでしょうか」(同前)

 16日の解散当日、調布の石原プロで神主による儀式が行われ、裕次郎手書きの「石原プロモーション」の看板を外し、裕次郎が眠る横浜・鶴見の總持寺の墓前に返す予定だという。

「でも、神田さんは当日『旅サラダ』の仕事が入っていて最初から参加できない。後から合流予定です」(同前)

「旅サラダ」があれば、なんだかんだ安泰なのである。

source : 週刊文春 2021年1月21日号

文春リークス
閉じる