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「あれが人前で泣いた最後」藤井聡太 涙の対局相手

「週刊文春」編集部
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「プロ入り1週間前の藤井聡太六段(当時)に勝ったことがあります」

 2018年、東京大学将棋部の新入生歓迎会に参加した伊藤蓮矢さん(21)がこんな自己紹介をすると、先輩たちからどよめきの声が上がったという。

 伊藤さんは三重県で育ち、小学生大会で優勝するなど活躍。中1の5月、杉本昌隆八段の門下生としてプロ棋士の養成機関である奨励会に入会した。

 しかし、4カ月後に奨励会入りした3歳下の弟弟子、藤井聡太少年が、すぐに伊藤さんを追い抜いていった。

東大将棋部主将・伊藤蓮矢さん

 伊藤さんが振り返る。

「年下で昇級が早かった奨励会員は他にもいて、自分の才能に見切りをつける気持ちがなかったと言えば嘘になります。僕には人生を賭けてプロになる覚悟が欠けていました」

 小説が好きだった伊藤さんは東大文学部を目指し、高1だった15年9月、奨励会を辞めることにした。

 一門の奨励会員らが練習対局する研究会に最後に参加した際、誰と指したいかと師匠の杉本に聞かれ、伊藤さんは藤井を指名した。才能も昇級スピードも特別だと思っていたからだ。

 対局の途中、伊藤さんと一番仲の良かった奨励会員が涙をこぼし始め、伊藤さんも泣いてしまった。やがて、盤を挟んでいた藤井ももらい泣きした。

 杉本は、後に、

「藤井二冠が最後に人前で流した涙ではないか」

 と語っている。

「温かい一門だなぁ」と感慨に耽りながら、伊藤さんは家路についた。その後も交流は続き、翌16年、プロ入り直前の藤井と将棋を指す機会があった。「和気藹々とした研究会で、藤井二冠もそんなに真剣ではなかった」とはいえ、勝利したのだった。

 伊藤さんは目標通り東大に現役合格。将棋部では1年生からレギュラー入りした。最大の目標は、年末に三重県四日市市で行われる団体戦「学生王座戦」。注目度が高く、「将棋界の箱根駅伝」と呼ばれることもある。東大は常連校だが、2012年を最後に優勝からは遠ざかっていた。

 3年生で主将となった伊藤さんが率いる東大将棋部は、昨年12月の学生王座戦で立命館大など全国の強豪校に連勝し、2連覇中の早大との最終戦に臨んだ。途中のスコアは3―2。対局を終えた伊藤さんは、混沌としている形勢を祈るような思いで見つめていた。

「勝ってくれ、早く終わってくれとすごい緊張感でした。チームが4勝目を挙げて優勝が決まると、部員たちと肩を抱き合って泣きました。早大戦で僕自身は負けましたが、他が勝って総合力が発揮できました」

 かつてプロの道を諦めたときとは違い、今度は正真正銘の嬉し涙だった。

「藤井二冠とは、よく詰め将棋の話をした記憶があります。楽しそうに話す感情が豊かな少年という印象です。いまはスーパースターになって、将棋の内容にも惚れ惚れします。怖い局面でも、ひるまず最善手を指せるのがすごい」

 昨年7月、伊藤さんと指したことのあるプロ棋士、勝又清和七段が藤井のタイトル戦会場を訪れた。雑談中、藤井に「(伊藤)蓮矢君を覚えてる? 彼、強いよね」と聞いたところ、藤井は嬉しそうに頷いたという。

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source : 週刊文春 2021年3月25日号

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