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「在宅ひとり死」を迎える10の準備

●独居老人は736万人 ●月4万でできる ●山本陽子が語る「別荘ひとり暮らし」 ●住み替え時の兆候は

「週刊文春」編集部
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 高齢者のひとり暮らしは年々増え、2040年には高齢者世帯の40%が独居となる見込みだという。そんな中「在宅ひとり死」に注目が集まっている。どうすれば施設や病院ではなく、ひとりでも自宅で幸せに死ぬことができるのだろうか。必須の備えを徹底解説する。

「まわりが緑に囲まれたマンションで、部屋の目の前に大きな桜の木がある。景色がすごく素敵。もともとここは別荘にしていて気に入っていたので、思い切って移住を決めたんです」

 そう語るのは、女優の山本陽子(79)。1963年に日活ニューフェイスでデビューしてからずっと東京に暮らしていたが、「おひとりさま」で70歳を迎え、自分のペースで生活したくなり、自宅を売却。現在は静岡にある43坪のマンションにひとりで暮らす。

「ここは魚介類がおいしい。新鮮なお魚が多いので、煮魚やムニエルにして食べています。寒い時期は1人分のしゃぶしゃぶ鍋をつくったりね。朝はパンや和食を食べています。コロナ禍になってからは外食しなくなったので、自分で工夫して栄養のバランスに気をつかっています」

 現在の楽しみは、木や花を育てて水やりをすること。

「先のことは考えていませんが、できるだけ元気で過ごしていこうと思っています。倒れてしまったら、そのときは仕方がないと割り切っています」

 現在、山本のような「おひとりさま」の高齢者が増えている。高齢者の19.6%が独居老人で、その数は736万9000人にのぼる。そのうち、男性は258万人、女性は479万人。またどちらかが最期をひとりで迎える「おひとりさま」の予備軍ともいえる、夫婦のみの世帯は693万8000世帯ある(厚労省「国民生活基礎調査」2019年)。2007年時点では15.4%だった独居率が、19年には予備軍を含めると全体の60%となっているのだ。

老後の常識が変わった

 独居老人は最後の準備をどうすべきなのか。その指針を示して15万部のベストセラーとなっているのが『在宅ひとり死のススメ』だ。『おひとりさまの老後』などの著書があり、ひとりで過ごす老後生活の素晴らしさを語ってきた上野千鶴子氏の最新刊である。

約15万部のベストセラー『在宅ひとり死のススメ』
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 上野氏が語る。

「私には家族がいないので、基本、ひとり暮らしを続けてきました。このまま下り坂をくだっていって、ある日ひとりで死を迎えたとき、孤独死と呼ばれたくない。ひとりで死んで何が悪い。そんな思いから本書を執筆しました」

 老後の常識はこの10年で180度変わったという。

「子どもと同居しないほうが賢明となり、おひとりさまのイメージはみじめから気楽になった。いまはまだ、ひとりで死ぬことにマイナスのイメージがありますが、介護保険サービスの進歩のおかげで『在宅ひとり死』ができるようになった。そのことをみなさんにもぜひ知っていただきたいのです」(同前)

著者の上野氏

 では、具体的にはどのような準備が必要なのだろうか。専門家の話をもとにまとめたものが、下の表である。順番に見ていこう。

 

「まず自らの意思を家族へ伝えておきましょう」

 そう語るのは、『老後はひとり暮らしが幸せ』などの著書がある、大阪府門真市の「つじかわ耳鼻咽喉科医院」院長の辻川覚志医師だ。

辻川医師

「ご兄弟やお子さんがいらっしゃる場合は、その人々に普段からしっかりと『孤独死しても本望だ』ということを伝えておいてほしいと思います。そうでないと周囲が心配して、病院や施設に入れられてしまうことがあるからです」

 家族が独居の高齢者を心配するのはやむをえないが、当の本人は家族との同居は望まないことも多い。

 辻川医師は、13年から門真市在住の60歳以上の高齢者約500名を対象にアンケートを実施。回答した460名の調査を分析したところ、「独居高齢者のほうが、同居の高齢者より生活満足度が高い」という結果を得られた。また、健康状態が悪くなってきても、ひとり暮らしの満足度は下がりにくいことも判明した。

「ひとりで暮らすと、自分の思い通りに振る舞え、勝手気ままに過ごせるという利点がある。同居していると、家族の悩みにも直面しやすく、相手に振り回されます」(同前)

 ただ、それでも子どもや親族は、独居を不安に感じるかもしれない。そこで、家族に「健康だ」と安心させる必要がある。介護アドバイザーで、総合情報サイト「All About」解説員の横井孝治氏はこう助言する。

横井氏

「かかりつけ医をつくって、定期的に健康診断を受けましょう。自分の体の状態を数値化して、元気であることを示す客観的な判断材料を家族にも見せることが重要です。数値が悪ければ『高血圧だけど、薬を飲んで治療しているから』などと、具体的に伝えて安心させてあげるといいでしょう」

 かかりつけ医は老後の強い味方。長い付き合いになることを見据え、よい医師を探しておきたい。

 健康であっても、いずれ誰かに生活をサポートしてもらう日がやってくる。そのときに備えて訪問介護やデイサービスなど、在宅の介護サービスを受けられるようにしておこう。

 介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子氏が語る。

太田氏

「介護というと、寝たきりをイメージされる方もいますが、もっと早い段階で日常生活に支障をきたします。そのきっかけは『食事の準備が億劫になる』『ゴミ出しが苦痛』『買い物に行くのがつらくなる』などといった、日常のささいな変化です」

 そのような変化を感じたら、まずやるべきは近くの地域包括支援センターへ電話をかけ、相談すること。要介護認定を受ければ、訪問介護や買い物やゴミ出し支援などのサービスを案内してもらえる。

ゴミ出しを手伝う自治体も

ボタンを押すだけで駆けつける

 また、独居の場合、負担となるのが食事だ。1人分の料理をつくってもあまることが多く、ゴミも出る。

「自治体や民間でも行っている宅食サービスを利用するとよいでしょう。栄養のバランスのとれた食事が毎日1食数百円〜1000円以内で自宅に届けられます。見守りの効果もあります」(同前)

 また、次のような兆候が見えたら、自宅をどうするかを検討するタイミングだ。

「階段の上り下りがつらくなってきたときが、住み替えやリフォームを考える時期です。階段を上がれなくなってからでは遅い。最期まで自宅で過ごしたいのなら、不自由な場所はどこか点検すべきです。いまは2階にリビングがある戸建てが増えていますが、キッチンやトイレ、浴室などを1階部分にするなどリフォームが必要かもしれません」(同前)

階段が目安

 足腰に不安を感じた人は、玄関や階段、浴室、トイレに手すりの設置を検討しよう。介護保険を利用すれば、限度額20万円まで、所得に応じて費用の7〜9割を負担してもらえる。

 戸建てから暮らしやすいマンションへ住み替えるという選択肢もある。別荘のマンションに移住した、山本陽子が再び語る。

山本陽子

「この別荘に住んでいて不自由なのは、近くにデパートや映画館がないことくらい(笑)。マンションの職員さんには『ゴミ出しや買い物で1日1回はロビーへ行くので、もし姿を見せなかったら、すぐに部屋に来てください』とお願いしてあります。着替えなど入院セットも用意していますね」

 管理人のいないマンションや戸建てでは、ボタンを押すだけで派遣員が駆けつける「緊急通報システム」の導入がオススメだ。

「緊急通報システム」も活用しよう

「配偶者が亡くなった段階で、近くの地域包括支援センターや役所の福祉課など担当部署へ連絡しましょう。自治体によっては費用がかかる場合もありますが、ボタンやペンダント型の通報システムを設置してくれます」(太田氏)

 自宅で最期まで過ごす上で大きな壁となってくるのが、認知症だ。前出の辻川医師はこう話す。

金銭管理は一石二鳥

「予防には毎日、新しいことに頭を使って挑戦することです。人と会話することが理想的ですが、いまはコロナ禍もあり、毎日実行できるとは限りません。会話できないときは、30分間、新聞や雑誌、テレビに出るテロップを音読したり、テレビのアナウンサーにおうむがえししたり、言葉を声に出しましょう。すると、のどを鍛えることで誤嚥性肺炎を防ぐことにもつながりますし、耳から言葉を聞くことで脳の働きを刺激するとも考えられています」

 頭や体を使うには、趣味を持つこともいい。眼科医で『72歳、妻を亡くして3年目 おまけ人生の処方箋』の著者、西田輝夫医師は、独居での楽しみ方を語る。

西田医師

「料理は豚とか鶏のお肉、魚など、あと野菜、汁物をやり繰りして何とか作れるようになりました。2年ほど前から書道をはじめて初段を目指しています。自分の葬儀で『書道で初段だった』とアピールするためです(笑)。あとはカメラ。コロナで出かけられないので、庭の草花を撮影しています。書道の先生やカメラ店の方とやり取りするのも楽しい」

 また、お金の管理は誰かに任せたくなってしまうかもしれないが、頭を使うためにも自ら行いたい。前出の辻川医師はこう話す。

「衰えてきた時に備えて、預貯金はできるだけひとつの口座にまとめ、公共料金など定期的に支払うものは口座振替(自動引落)にしておく。そして、日々の金銭管理は頭と口と体を使うので、金融機関に足を運んで少額ずつおろしながら管理したい」

口座振替(自動引落)を活用

 元気なうちに財産目録の作成や資産管理などをやっておくと、頭の体操にもなり一石二鳥だ。

 ただ、ひとり暮らしを続けていると、ふと寂しさを覚え、将来や生活の不安に苛まれることもあるだろう。そんなときは、「夜間高齢者安心電話」も選択肢だ。東京都社会福祉会が夜7時半から10時半(当面は9時半)までの間、介護に関することや人間関係など、多岐にわたって年中無休で相談に乗ってくれる。

 東京以外でも、自治体や社会福祉協議会が行う「高齢者電話相談」がある。心配ごとや話し相手が欲しいなら利用も検討したい。

 ひとり暮らしを楽しく続けていても、高齢によって衰えたり、がんなどの病気にかかる場合もある。それでもなお自宅で最期を迎えたいという人には、どのような手続きが必要なのか。

 日本在宅ホスピス協会の会長で、小笠原内科・岐阜在宅ケアクリニックの小笠原文雄院長が解説する。

小笠原医師

「かかりつけ医や地域包括支援センター、ケアマネジャー、訪問看護ステーションに相談します。入院されている方は病院の退院調整室などへ行きましょう。『1人暮らしで、在宅死を望んでいます』とご希望を伝えてください。ひとり暮らしでも安心して在宅死が叶う在宅緩和ケアが充実したケアチームを組むように手配してくれます」

 実は、独居老人にとって心強い味方となる制度がある。前出の上野氏は、地域密着型の訪問介護・看護サービスが進化を遂げていると指摘する。

「今は『定期巡回・随時対応型訪問介護看護』という介護サービスがあります。それを利用すれば、1日に複数回、15分から20分くらいの短時間で、食事や排せつ介助といった身体介護が受けられます」

 このサービスは、訪問看護と訪問介護が連携し合い、医療ケアの必要な患者や要介護度の高い方や認知症の方でも、24時間365日体制でサポートしてくれる制度。在宅看取りを行う上では、強い味方となるものだ。このサービスを活用すれば、家族の介護がなくても、おひとりさまでも最期まで暮らすことが可能になりつつある。

 もっとも気になるのがお金の話。在宅で独居の看取り費用はいくらなのか。

「当院では、17年7月から3月まで46人の方の独居の看取りをしてきました。がんと非がんで費用が違うのですが、両方合わせたトータル平均額は、亡くなる直近3カ月の医療費・介護費・その他の合計で、亡くなる2カ月前が2万6680円、前月だと2万9183円、亡くなる当月は、4万1099円です」(前出・小笠原医師)

「穏やかな死に顔で」

 つまり、月に4万円あれば、「在宅ひとり死」はできるのだ。

 以下のリストをご覧いただきたい。これは間質性肺炎を患っていた92歳女性が亡くなるまでの直近3カ月の医療や介護などの費用と自己負担額を記したものだ。

 

「彼女は25年前に夫を末期がんで亡くしました。認知症を発症していて酸素吸入も入れています。1カ月前は3万999円。亡くなった月の自己負担額は3万2058円でした。モルヒネの持続皮下注射をしているから苦しくないので、家族が来なくてもいい。彼女は私が書いた『なんとめでたいご臨終』という本を3回も読み返して、『先生の本を読んで安心したから夫の元へ行きます』と言い、笑顔で亡くなりました」(同前)

 また、現在、自宅での死を望む人も多い。小笠原医師によれば、コロナ禍で家族や友人と面会することさえできないため、末期がんなど余命いくばくもない患者が「緊急退院」して、家へ帰るケースが増えているという。

 終末期の患者の場合、在宅死を望むなら、急変しても119番通報をしないことが重要だ。

「まずは在宅医か、あるいは、24時間対応している訪問看護ステーションへご連絡ください。病院へ行くと延命治療を受けることになります。枕元に訪問看護ステーションの連絡先を書いた紙を貼っておくといいでしょう」(同前)

 これまで、小笠原医師は約50名の「在宅ひとり死」に携わってきた。そこで得た教訓をこう語る。

「本人の希望が叶う『希望死』、本人も家族も満足して生きて死ぬことが『満足死』、どうせ死ぬのなら納得して死ぬ『納得死』が重要なのです。家で死ぬことを望む人は、それが叶えられるとご褒美をもらったように穏やかな死に顔になります。満面の笑みです。最後の時間を笑顔で過ごされる方がほとんどですよ」

 病院や施設で納得して最期を迎えるのであれば、それもひとつの選択だ。

 しかし、事前の備えをしっかりしていれば、幸せな「在宅ひとり死」を迎えられる。

source : 週刊文春 2021年4月8日号

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