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菅「ワクチン敗戦」徹底検証

日本はなぜ 先進国最下位になったのか

「週刊文春」編集部

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訪米前にワクチン接種を受けた菅首相
訪米前にワクチン接種を受けた菅首相

 3月21日の「緊急事態宣言解除」直後から、一気に感染再爆発、はやくも第四波が襲来した。唯一の希望は、感染拡大を上回るスピードでの迅速なワクチン接種だったはず。だが“笛吹けど踊らず”。掛け声だけで接種は遅々として進まない。原因はどこにあるのか。

 官邸で、宰相は一人苛立っていた。

「もうちょっと(各知事が)何かやってくれよな」

「緊急事態宣言とかまん延防止の措置の前にまず(各知事が要請する)時短だろ」

「時短をやれよ、時短を」

 菅義偉首相(72)の苛立ちの矛先は、知事らに向けられていた。官邸関係者が明かす。

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「総理にとって痛いのは千葉の森田健作知事が4月4日で退任すること。これまで森田知事が小池百合子都知事の動きを逐一『小池さんは1都3県の議論でこんな様子です』などと“密告”してくれていた。これが無くなるダメージは大きい」

 3月21日に緊急事態宣言を解除した直後から、新型コロナウイルスの感染再爆発が止まらなくなっている。25日には山形県、愛媛県で過去最多の新規感染者数を記録。沖縄県でも玉城デニー知事が「第四波が到来した」と語るほどだ。

 政府の新型コロナ対策分科会のある委員は、こう警鐘を鳴らす。

「今出ている数字は2週間前の行動を反映しています。宣言解除後の様子が出てくるのは4月4日の週から。これだけ人出が増えたら感染拡大は当然でしょう。GW頃に再び緊急事態宣言を出さねばならない可能性は十分あります」

 この第四波はコロナ対策の切り札であるワクチン接種にも大きなダメージを与えることになりかねない。

「特に高齢者は、感染者が爆発的に増え続けている状況下では、かかりつけの病院での個人接種にしろ、病院や区民センターなどでの集団接種にしろ、そうした場所に外出すること自体を嫌がるでしょう。ワクチン接種が軌道に乗る前に第四波が来たことで、益々接種完了が遅れてしまうことになる」(病院関係者)

 本来、ワクチン接種に最も期待をかけていたのが菅首相だった。

「これまで菅首相は『ワクチンしかない』『ワクチンが来ればなんとかなる』と会う人、会う人に話してきた。感染収束に向けた唯一の希望だったのは間違いない。1月18日の施政方針演説で『2月下旬までにはワクチン接種を開始できるよう準備する』と語った直後、ここが勝負どころとばかりに河野太郎行革相をワクチン担当相に任命。1日も早く接種を成し遂げたい一心でした」(政治部記者)

河野ワクチン担当相

 目論見通りに進んでいれば、第四波に慌てることもなかったはずだ。だが――。

「遅すぎます。とにかく早くワクチン接種を進めてほしい。今も医療従事者からは『いつ打てるのか分からない』との声が聞こえてきています」

 こう語るのは、政府の新型コロナ対策分科会委員を務める小林慶一郎氏だ。

 かろうじて医療従事者の接種を2月17日からスタートさせたものの、3月30日現在、全医療従事者470万人の約17.6%しか接種できていない。全医療従事者が接種を終えるのは早くとも6月頃と見られている。

 輪をかけて遅れているのが、接種の第2陣、3600万人を数える65歳以上の高齢者向けのワクチンだ。厚労省関係者が実情を明かす。

「当初、接種開始は4月1日以降とされていましたが、スケジュール的に無理だった。省幹部は『総理から“4月にやれ”と言われているから、たとえ1人でも形式的に始める』と言って、スタート日を4月12日にしました。しかし4月に供給見込みのワクチンは全高齢者のたった26分の1。ファイザーのワクチンは2回接種が推奨されており、3週間から6週間の間に2度目を打たねばなりません。1回打ったけどワクチンが無いので2回目が打てないという事態を避けるため、多くの自治体では(スケジュール管理がしやすい)高齢者施設入居者から打ち始める予定です」

イギリス44%、日本0.65%

ワクチン接種のクーポン

 

 なぜこんなに遅れてしまったのか。“8割おじさん”こと西浦博京都大学大学院教授はこう嘆く。

「ワクチン確保の国際競争でまず日本は負けたわけです。(輸出規制が強化された)EU諸国は当然、日本より自国民を優先するでしょう。また今後、高齢者の接種が進むにつれて、医師・看護師の人員不足が浮き彫りになる。正直、8月末でも(高齢者への接種完了は)難しい可能性がある」

 主要先進37カ国が加盟するOECD(経済協力開発機構)の中で、日本のワクチン接種率は最下位の0.65%。トップのイスラエルは60%を超え、イギリスも44%、アメリカは28%、OECD以外のアジア諸国と比較しても、インド(3.7%)やインドネシア(2.6%)にも遠く及ばない。

 オックスフォード大などが運営するデータベース「Our World in Date」がデータ収集している世界の142の国と地域の中で見ると、日本は何と102位だ。

「ワクチン敗戦」――この失敗の本質はどこにあったのか。厚労省幹部はこう弁明する。

「現在日本で唯一承認されているのは米ファイザー製のワクチンですが、ファイザーはまずドイツとアメリカで治験を行った。対象者の大半は白人です。日本人での治験は昨年9月に行われ、結果が今年1月に出てから承認したので。またワクチンは健康な身体に打つものですから、慎重に効果と安全性を見極める必要がある」

 もちろん安全性は疎かにできない。ただこの理屈だけでは例えば韓国(1.6%)などにも負け、世界102位と劣後している理由の説明にはならない。

 改めて経緯を検証してみよう。

 そもそも昨夏の段階では、ワクチン供給は順風満帆のはずだった。厚労省はワクチン契約のための検討チームを立ち上げ、複数の企業と交渉を開始。7月、ファイザーから21年6月末までに6000万人分のワクチン供給を受けることで合意に至る。翌8月には今後国内での承認が見込まれる英アストラゼネカ、次いで米モデルナとも合意。3社で計1億4500万人分と、総人口以上分のワクチン確保を発表していた。

「あれは大臣ではなく主計官」

 だが今年1月20日に厚労省が発表した内容は一変していた。ファイザーとの正式契約は、21年内に7200万人分のワクチン供給を受けるという内容。人数こそ増えているものの、肝心の供給時期が「6月末まで」から「年内」と半年も後ろ倒しになった。前出の官邸関係者が明かす。

「実はファイザーとは、“注文書”を交わしただけ。『〇月△日に×万人分』と細かく約束されているわけではなく、あくまで努力義務のような形で、何かファイザー側に事情があれば、初期の注文書から変更できる。極めてファイザーに有利な約束だったのです」

 実際に遅れた「事情」とは何だったのか。

「ファイザーの日本向けワクチンはベルギーとドイツの工場で生産されていますが、ベルギー工場で生産設備の工事が必要となり、生産量が減ってしまった。ファイザーからワクチン供給時期の延期を求められ、国内生産が出来ない日本は、要求を飲まざるを得なかった」(同前)

 交渉は、当初から躓いていた。原因は窓口を見誤ったことだ。

「日本は厚労省の予防接種室長が担当し、ファイザーの日本法人とやり取りをしていた。しかし日本法人に与えられている権限は小さく、いわば係長レベル。1から10まで本社にお伺いを立てないといけないので、時間がかかる」(前出・厚労省関係者)

 当時厚労省を大臣として率いていたのが、質疑の論点を巧みにすり替える「ご飯論法」でおなじみの加藤勝信氏だ。

“ご飯大臣”加藤官房長官

 厚労省の元幹部が語る。

「加藤氏はパワハラ大臣として省内では有名です。部下が野党の質問通告や要求に応じて正直に資料を出すと激怒する。課長級の職員がものすごい勢いで叱責されていたこともある。また自民党議員からPCR検査や医療のための予算を増やしてほしいと相談された際も、ほぼすべて理屈をつけてはね返した。厚労予算を獲得するのではなくカットする様は、『あれでは厚労大臣ではなく、財務省の厚労担当主計官だ』と揶揄されています。現場に聞くと、歴代厚労大臣で評判がいいのは坂口力氏や現職の田村憲久氏。一方で加藤氏の評判は最悪です」

 そんな加藤氏が厚労大臣を退き、菅氏が9月に首相に就任すると、「厚労省の一室長に任せておいていいのか」と一喝し、内閣官房に懐刀・和泉洋人補佐官を中心としたタスクフォースを設置。ようやく、米ファイザー本社とやり取りができるようになった。

 和泉氏は厚労省の樽見英樹事務次官を「準備が遅い」と怒鳴りつけながらも、準備を進めていったという。

「製薬会社の所管は厚労省、輸送に関するトラックや倉庫は国交省、ドライアイスやフリーザーなどのメーカーは経産省。各自治体での接種のオペレーションは総務省の管轄になる。『縦割り行政』の弊害で、横の連携が上手くいかなかった」(前出・官邸関係者)

 ファイザーのワクチンは零下75度での管理が必要だったが、当初、経産省の担当者が厚労省に問い合わせても、「製薬会社に任せているから大丈夫」と言うばかりで、当事者意識が欠如していたという。

 こうした省庁を横断する問題の連携を図る「扇の要」となるべきは官房長官だ。だが、昨年9月の組閣で、よりによって菅首相は、厚労大臣として機能していなかった加藤氏をその任に就けてしまう。

「東大、大蔵省出身で、時にご飯論法を駆使して答弁はそつなくこなすが、リスクを取らない人です。インタビューでもまったく踏み込んだことを言わず、岸田文雄元外相と並ぶ永田町の『インタビューが面白くない二大巨頭』。官房長官になってからも官邸にいない時間が長く、決して総理の盾になろうとはせず、省庁間の調整もしない。1月から総理秘書官に就任した財務省出身の寺岡光博氏が『もっと総理のところに行ってください』と直言して、ようやく多少距離感が縮まってきたが、安倍政権時代の菅官房長官とは比べるべくもない。まさに『菅に菅なし』の状況が続いている」(政治部デスク)

 追い打ちをかけるように起きたのが、欧州のワクチン争奪戦だ。1月29日、EUがワクチンに輸出規制を導入すると発表。製薬企業がEU域内で生産したワクチンを域外に輸出する場合、EU加盟国と欧州委員会の承認が必要になる。日本が調達契約を結ぶ3社はすべてこの規制の対象だ。3月24日には規制の更なる強化が発表された。

 実はこの争奪戦の最中、日本が極めて不利になる“舌禍事件”が起きていた。

注射を打つ人員の不足

国会で言葉をかわす河野大臣(左)と菅首相

 2月、ワクチン1瓶から6回接種するには特殊な注射器が必要だったが、政府は十分な数を確保できておらず、1瓶で5回分しか取れないことが発覚したときのことだ。

「2月9日の官房長官会見でした。記者から残り1回分はどうするのかと聞かれ、加藤氏は『基本的に廃棄される』と答えたのです。実はあれが、日本政府のスポークスマンの発言として、世界中で非難を浴びた。特にEU諸国で、『ワクチンが世界中で足りないのに、日本では捨てるのか。それなら輸出する必要はない!』という声が噴出した」(前出・厚労省関係者)

 河野大臣は6月末までに約5000万人分以上のワクチンが確保できると語る一方で、「EUの承認が大前提」とも言っており、状況は楽観できない。

 韓国は海外で承認されたワクチンは、自国での臨床試験を経ずにそのまま使用できるとしているが、日本ではファイザー以外の2社(米モデルナ、英アストラゼネカが承認申請中)の承認は、早くても5月頃になりそうだ。さらに、

「国産のワクチン開発も、海外に比べて遅れを取っている。結局、輸入頼みで相手次第です。菅首相は2月に、『国内で開発・生産が出来る体制の確立は極めて重要な危機管理だ』と語っていますが、目途は全く立っていない」(前出・デスク)

 今後、仮にワクチン確保ができたとしても、さらなる「壁」の存在が専門家からは指摘されている。注射を打つ人員の不足だ。

 日本の現行法では医師と看護師しかワクチンを注射することはできない。だがアメリカやイギリスでは、医療従事者の不足を補うため、歯科医や薬剤師、救急隊員、免許を5年以内に失効した元医師らも打てるようになっていたり、医学生でも注射が可能な例もある。

 厚労省は、65歳以上の高齢者へのワクチン接種を12週で完了させることを目標にしているが、それを基に試算を行った、みずほリサーチ&テクノロジーズの服部直樹主任研究員が語る。

「その目標達成のために、大都市圏では1日あたり医師500人、看護師1000人以上を確保しなければならない。大都市圏では特に看護師の数が不足しています」

 西武学園医学技術専門学校東京池袋校の中原英臣校長はこう提案する。

「例えば臨床検査技師は普段から採血をしていますし、歯科医は歯茎に麻酔注射を打ちますよね。それよりも筋肉注射のほうが容易です。事前にトレーニングをした上で認めるなど、接種をスピーディにするための柔軟な工夫があってしかるべきでしょう」

 だが、菅政権に現場の状況に即した柔軟な対応が可能だろうか。そもそも菅政権は昨年から一貫してコロナ対策のアクセルとブレーキを踏み間違えてきた。昨年10月にはご執心のGoToトラベルに東京都を追加し、第三波を招いた。今回の3月21日の緊急事態宣言解除は、25日からの「聖火リレー」を見据えてのことだったのではないか。

 最近、菅首相は周囲に、「五輪は止められないんだ」と洩らしている。

IOCのバッハ会長と橋本組織委会長

「昨年11月、IOCのバッハ会長が来日しました。その際、バッハ会長から、IOCと合計約1兆3000億円に及ぶ放映権料の契約を結んでいる米テレビ局・NBCや、その他の五輪スポンサーの意向が伝えられた。日本だけの判断では、止められないと初めて悟ったんです」(前出・デスク)

 1月に緊急事態宣言を出した後、周辺が「これでも本当に五輪をやるんですか」と聞くと、菅首相は、「どんな形になろうがやる。バッハとも約束した」と返したという。

「菅首相の基本戦略は、9月5日のパラリンピック閉幕直後に五輪成功の勢いを借りて解散。総選挙で勝ち、『国民の信を得た』として自民党総裁選を無投票にしてしまうことです。他に上がり目がない以上、五輪にかけるしかない。逆に五輪が中止や延期にでもなれば、責任を取って退陣となる。五輪と菅政権は一蓮托生です」(同前)

 そのためには、いくら有名人が辞退しても、3密を呼んでも、3月25日の聖火リレー開始は譲れなかった。それこそが感染者増の前兆が見えていた中での宣言解除の理由だろう。

 五輪開幕は7月23日。だが、見てきた通り、高齢者だけに限っても、ワクチン接種が完了している見込みはゼロに近い。65歳より下の一般の人への接種は言わずもがなだ。

 菅首相の本心を知る最側近、森山裕国対委員長に今後について聞いた。

「安倍さんは勝負師的なところがあった。菅総理は官房長官時代から見ているが、(一貫して)解散に積極的ではなかった」と前置きした上で、解散の条件をこう断言した。

GoTo再開に向けた決議

「感染者数を減らさないと、解散にはならない」

 3月20日、日本政府と東京都、大会組織委員会、IOCらが海外からの一般観客の受け入れを断念することで合意した。これもワクチン接種の見込みが立たなかったからに他ならない。

 3月21日の緊急事態宣言解除から僅か1週間での再爆発。今や全国の感染者数は、昨年11月後半の「勝負の3週間」と同水準にまで戻ってしまった。

 前出の西浦教授が言う。

「1を上回ると感染が拡大する実効再生産数が、第三波の昨年の11月からクリスマス前までは1.1程度でした。そこから1月上旬には新規感染者が全国で1日8000人近くにまで増え、病床は逼迫、医療関係者が悲鳴を上げる事態となった。いま大阪と兵庫の実効再生産数は当時を上回る1.7と1.4です。しかも、感染力の強い変異株が新規感染者の半数を超える地域もある。『勝負の3週間』の時を上回るスピードで、感染が拡大することを覚悟し、対策を練る必要がある」

 ところが、3月24日、自民党の観光立国調査会は、GoToトラベル再開に向けた決議をまとめ、観光庁に提出。主導した調査会長は、二階俊博幹事長の名代、林幹雄幹事長代理だ。

 翌々日、観光庁は同一県内旅行の割引を支援する「地域観光事業支援」を発表。1人1泊当たり最大7000千円を国が補助する。要はGoToトラベルを6月以降に再開するまでの“つなぎ”である。西浦教授の言う「感染拡大を覚悟した対策」とは真逆の政策に、早くもアクセルとブレーキの踏み間違えの予感が漂う。

 すでに新規感染者が倍々ゲームで増えつつある大阪では、吉村洋文知事が「マンボウ(まん延防止等重点措置)」適用を申請する見込みだ。マンボウは都道府県単位の緊急事態宣言と違い、政府が対象と認めた都道府県の知事が、市区町村など特定の地域を限定して出す。政府も大阪へのマンボウ適用を認める方向だが、菅首相は以前から、実は敬遠気味だったと首相側近が明かす。

「マンボウは西村康稔経済再生担当相主導で、新型コロナの改正特措法に盛り込まれたもの。以前から首相は専門家に寄り添って自分と違う発言をする西村大臣を苦々しく思ってきた。会見後に『しゃべり過ぎだぞ』と電話で叱ったこともある。それゆえ、首相はマンボウを『中途半端だ』と馬鹿にしており、本心ではやりたくないのです」

西村経済再生担当相

 だが第四波の前で醜いメンツ争いや、冒頭のような知事への責任転嫁をしている猶予は一刻もない。菅首相自らが先頭に立ってワクチン対策を迅速に推し進めることが求められている。

source : 週刊文春 2021年4月8日号

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