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「ワクチンはまだか」高齢者施設の悲鳴

「週刊文春」編集部
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 高野之夫・東京都豊島区長が言う。

「単純に、数が足りません。我々の区にも最初は約500人分のワクチンしか来ない予定。高齢者施設の入所者と職員だけでも3000人規模います。とても全体には行き渡らない。しかも区にワクチンが届くのは4月26日の週とだけ伝えられており、具体的な日時もまだ未定なのです」

 4月12日、新型コロナウイルスワクチンの、高齢者への接種が始まった。

高齢者接種は始まったが……
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 だが、開始時点で配布されたワクチンは東京や大阪でも4000回分弱。全国で約3600万人いる高齢者の、ごくごく一部に充当される数にすぎない。

 数の限られているワクチンを、高齢者の「誰」を優先して接種するのか、各自治体は頭を悩ませているが、その中で高齢者施設入居者への接種を優先する方針の自治体は多い。

 東京・小平市の高齢者施設職員が言う。

「市からは3月中旬にワクチン接種に関する案内が送られてきました。4月26日以降、特養(特別養護老人ホーム)、老健(介護老人保健施設)などから接種を開始。次が認知症高齢者グループホーム、有料老人ホームなど。その後に施設従事者が接種する。6月末までに、市内全ての高齢者が2回接種できるワクチンを順次供給とありました」

 だが、これらのスケジュールは画餅で終わる可能性も高いという。高野区長の指摘どおり、現状、供給がまったく足りないからだ。

 なぜ高齢者施設への接種が急がれるのか。言うまでもなく高齢者はコロナに感染した際の重症化リスクが高い。加えて、集団生活をすることでクラスター化するリスクもある。二重のリスクを抱えているのだ。

 高齢者施設には有料老人ホームや通所型のデイサービス、認知症ケアに特化したグループホームなど様々な種類があるが、これらの施設で発生したクラスターは1226件。全件数6122のうち20%以上を占め、職場(1158)、飲食店(1137)を抑えてトップなのだ(厚労省調査・4月12日時点)。

 首都圏の老健で働く40代の女性看護師が明かす。

「この1年、不安と隣り合わせで仕事をしてきました。現場にあるのは『ワクチンはまだなのか』という、悲鳴にも似た切実な声です」

 この看護師が勤務する施設の入居者は90代が中心。その多くが認知症を発症しているという。

「認知症の人に手洗いの励行といっても限界があります。持病のある人も多い。もし誰か感染したらすぐにクラスター化するんじゃないかと不安です」(同前)

 その不安は職員自身の恐怖でもある。入浴の介助など接触する機会は多い。

「定員4人の休憩所があるのですが、実際に4人入ると肩が触れ合う狭さ。ですからこの1年、毎日お昼ご飯を車の中で食べている職員もいます。

 今はとにかくワクチンを早く入居者に打たせたいし、私たちも打ちたい。職員がクラスターの原因になり、入居者を危険にさらすことだけは避けたい。でも、スケジュールについてはまだ何も言われていない。うちの経営母体は病院なので、そこが打ち終わらないとワクチンが回ってこないのでは……と同僚は疑心暗鬼になっています」(同前)

 施設のクラスター回避は焦眉の急。“施設優先”の方針について、高齢者住宅経営者連絡協議会の森川悦明会長が語る。

「クラスター発生のリスクは、個室型より多床室タイプの施設の方が高いと思います。多床室を採用している介護施設では、陽性者が1名確認された場合でも、一時隔離などの感染拡大防止対策を講じづらい。

 現状、ワクチンの絶対数が少ないのなら、リスクの高いところから集中的に接種を開始することは合理的だと感じます」

 一方で、高齢者施設のマーケティング調査などを行うタムラプランニング&オペレーティングの田村明孝代表は、見逃されている点があると指摘する。

「納得いかない」という医師も

入所型施設優先の自治体は多い

「ほとんどの自治体は入所型の施設を優先してワクチン接種を開始すると思いますが、クラスター発生が最も多いのは、実は通所型のデイサービス。我々の調査では、クラスターの定義を感染者5人以上としていますが、3月18日時点でデイが121件、次いで特養の87件、老健の69件でした。日常的に複数のデイを利用していた人が感染したことで、複数のデイに感染が拡大した事例もある」

 大手デイサービス会社の社員も嘆く。

「ワクチン接種に関しては、デイは本当に蚊帳の外に置かれています。従業員も利用者も相変わらずコロナ陽性は出続けているんです。一体いつ打てるのか」

 もう一点、大きな問題は、医療従事者のワクチン接種自体も遅れていることだ。都内自治体の保健福祉部担当者が言う。

「特養など、入所者の多くが重度の認知症発症者の施設の場合、集団接種の会場に来てもらうのは困難。協力医療機関の方に施設に行ってもらうしかありません。ただ、現時点でも『自分が未接種なのに、リスクを取ってワクチンを打ちに行くのは納得がいかない』という医師の声は、我々にも届いています」

 愛知県瀬戸市の地域医療支援病院、公立陶生病院の武藤義和・感染症内科主任部長が指摘する。

「医療従事者用と高齢者用のワクチンは“別口”なんです。つまり、医療従事者用の前に高齢者用のワクチンが届いたとしても、それを医療従事者に打つことはできない。実際に治療を担当する指定医療機関から優先のため、ワクチン接種を担当する開業医からは、『高齢者に打つのは自分が打ってからだから、まだ協力できない』という声もあります。発熱患者を積極的に診ている開業医の接種が、高齢者より遅くなってしまうという現実もある。高齢者への接種をスムースに進めるために、なんとか医療従事者の接種を一刻も早く終えてほしい」

 高齢者施設のワクチン接種は、クラスター発生との競争に入っている。負けました、ではすまされない。

source : 週刊文春 2021年4月22日号

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