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菅首相「夏に絶対やる」五輪強行で血税1300億円消失

「週刊文春」編集部

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菅首相は「再延期もない」
菅首相は「再延期もない」

 世論調査では今夏の五輪開催を支持する声が乏しい中、「夏に絶対やる」と口にしている菅首相。だが、コロナの感染拡大は止まらず、無観客での開催も現実味を帯びてきた。900億円を見込んでいたチケット収入がゼロになり、その皺寄せは都民、国民の負担に――。

 日米首脳会談を終えた現地時間4月16日午後。菅義偉首相は同行記者団との懇談会に臨んでいた。

――(大統領の)ファーストインプレッションは?

「ジョーですか? ジョーですよ」

――ファーストインプレッションです(秘書官が「印象という意味です」と耳打ち)。

「ごめんなさい、ごめんなさい。非常に懐の深い方だと思いました。執務室に写真が一杯ありまして、自分の孫や子どもを一人ひとり詳しく説明してくれました。私と似てるような感じで」

 首相もバイデン大統領に、長男をはじめファミリーの話をしたという。約20分に及んだ懇談だが、微妙な表情に変わったのは、最後の話題に移った時だ。

――五輪は「人類がコロナに打ち克った証」に開催すると口にしてきたが、なぜ「世界団結の象徴」と表現を変えたのか?

「特別、それにしたわけじゃなくて。五輪をやるのに、幾つか目標ありますから、そういう中の一つだと」

 事実、この直前に行われた首脳会談後の会見で、首相は五輪開催の意義について「世界団結の象徴」と新たな表現を用いていた。

 外務省関係者が明かす。

「五輪にこだわる首相は、バイデン氏から『米選手団の派遣を約束する』などの力強い言質を取りたかった。外務省も必死に根回しを重ねましたが、コロナを警戒する高齢のバイデン氏から得られたのは、『五輪への努力を支持する』という弱いコメントのみ。首相は周辺に『仕方ないな』と漏らしていました。ただ、日本でも感染拡大が止まらない以上、五輪は『人類がコロナに打ち克った証』とは到底言えなくなったのです」

 会見では、そうした首相の姿勢が見透かされたのだろう。英ロイター通信の記者から厳しい質問が出た。

――公衆衛生の観点から日本は五輪の準備ができていない段階で、五輪を推進するのは無責任では?

 しかし、首相はこの質問を無視し、自ら「じゃ共同通信の……」と日本人記者に次の質問を促したのだ。

「首相は官房長官時代から気に入らない質問があると、意図的に答えないことが多かった」(政治部デスク)

 これほどに首相が五輪を巡る質問に神経を尖らせるのには、理由がある。訪米直前の4月15日、“身内”からも開催に後ろ向きな発言が出ていたからだ。

「二階さんは一体どうした」

 二階俊博幹事長がTBSの番組収録で「無理という時はスパッと(開催を)やめないといけない」と発言したと聞き、首相はそう愚痴をこぼしたという。

日本側が求めたディナーは見送りに
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7月に感染のピークが来る

「すぐに加藤勝信官房長官を通じ、二階氏最側近の林幹雄幹事長代理に真意を確認させました。林氏は『キャスターに詰め寄られて答えただけ』と弁明。その後、二階氏は釈明の文書を出しました」(前出・デスク)

二階氏は五輪中止に言及

 CNNやBBCなど、海を越えて紹介された二階発言。だが、当の二階氏はオフレコでこう漏らしている。

「本当に中止にしたら政権が吹っ飛んでしまうよ。感染が拡大しているのに五輪なんてできない。当たり前のことを言っただけだ」

 親分の主張に歩調を合わせるように、派閥幹部からも今夏の五輪開催に否定的な発言が相次いでいる。

「江崎鉄磨元沖縄北方相も『選手団を出さない国も出てくるんだから、もう中止しかない』と言ったかと思えば、ある元副大臣も『大阪で1000人以上も感染者がいるんだ。延期か中止だろう』などと語っていました」(二階派関係者)

 林氏も小誌の取材に、

「小池(百合子)さんからも携帯に留守電が入っていたよ。発言の真意を知りたかったんだろうね。二階さんの言うように、感染者数が増えたら中止も考えないといけないでしょう」

 と答えるのだ。

 実際、全国で感染は再び急拡大している。一日あたりの新規感染者数は連日のように4000人を超え、4月18日、大阪府は最多の1220人を記録した。

 都医師会幹部が嘆く。

「感染力も高く、重症化スピードも速い変異株が広がり、大阪では、通常の外科治療などができないほど医療が逼迫している。とても五輪という状況では……」

 大阪府だけではない。開催都市の東京都にも危機が迫っている。尾身茂会長が率いるコロナ感染症対策分科会委員の一人が続ける。

「組織委は各地の五輪会場に1日で最大、医師が約300人、看護師400人の、計約700人が必要になると試算しています。東京都のモニタリング会議も『このままだと、感染のピークが6月末から7月に来る』との予測を紹介していた。そうした中で、これ以上、五輪に医師や看護師を割くのは難しいのが実情です。組織委からの情報公開はほとんどありませんし、ワクチンの普及もまだという状況で、今夏の五輪を開催するのは現実的ではありません」

 政権内で浮上してきた五輪中止、延期論に加え、医療や公衆衛生の専門家から上がる悲痛な叫び。それでも、菅首相は側近らを前にこう口にしているのだ。

「夏に絶対やる」――。

 そこまでして、首相が今夏の五輪開催にこだわるのはなぜか。

 第一に、首相の“私利私欲”だ。先週号で報じたように、首相は五輪が盛り上がった勢いのまま解散総選挙に勝利し、総裁選の無投票再選に持ち込みたい。

 そして第二に、カネの問題だ。組織委の橋本聖子会長が2月26日、メディア各社の取材に「延期でものすごい経費が掛かって、批判も当然ある」と語っているように、これ以上の延期や中止は更なる経費負担を生みかねないという。

組織委の橋本会長

 しかし、今夏に五輪開催なら、本当に無駄な費用がかからないのか。医療崩壊のリスクを犯してまで突き進むほど、経済的なメリットがあると言えるのか。

「そんなことは決してありません。巨額の血税が浪費されることになります」

 そう訴えるのは、内閣官房の関係者だ。

約73億円の五輪アプリ

 3月20日、海外からの一般客受け入れを断念した政府。その後も首相は、

「野球とか客を入れているだろ。野球ではクラスターになっていない。日本のルールでやるのが基本線だ」

 などと語ってきたが、4月15日に河野太郎ワクチン相が「開催できるやり方でやる。無観客になるのかもしれません」と発言。組織委も5月に予定される各競技のテストイベントを、相次いで無観客開催に変えた。五輪の無観客開催は既定路線となりつつあるのだ。

 そうなると、大きな問題がある。

「チケット収入です。組織委はチケット約1000万枚の販売で、900億円の収入を見込んで予算を組んできました。無観客の場合、900億円がゼロになってしまうのです」(16年招致に携った国士舘大の鈴木知幸客員教授)

組織委はチケット収入で900億円を見込む

 ここで立ちはだかるのが、IOCと結んでいる開催都市契約だ。IOCに有利な“不平等条約”とも指摘されるが、実際、組織委が赤字になった場合、開催都市の東京都に支払い義務があると明記されている。

「財務状況が厳しい組織委は昨年末すでに、都に150億円を追加で負担してもらっている。これ以上、支払い能力はなく、当然、900億円は都民の税金から支出する方向です。東京都が難しければ、最終的な財政保証をしている国が負担する。結局、900億円分の血税がチケット収入の穴埋めにあてられることになるのです」(官邸関係者)

 組織委に都や国がチケット収入の900億円分を負担するのか尋ねたところ、

「観客の上限について4月中に基本的な方針を示すこととなっており、またその後も様々な状況の変化に柔軟に対応していくことが必要と考えており、それらの状況を踏まえて、関係者間で対応を協議していきたいと考えております」

 他にも、今夏に無観客で五輪を開催することで、無駄に終わりかねない支出もある。それが、訪日客の健康管理を行うために開発された「五輪アプリ」だ。

「海外からの観戦客約80万人、大会関係者約40万人の計120万人を想定して作られたアプリです。開発する民間企業への開発・運営委託費は、約73億円。厚労省が発注したコロナの接触確認アプリ『COCOA』の18倍超に上る金額です。もし来年に開催を延期すれば、海外客を受け入れることもできるはず。五輪アプリを有効に使うことも可能なはずですが……」(政治部記者)

 内閣官房オリパラ推進室の回答。

「『オリパラアプリ』はオリパラのためだけに作ったわけではなく、その後の出入国管理にも使う方向です」

 前出の分科会委員が指摘するように、東京都では今夏の時点で感染に歯止めがかかるどころか、新たなピークを迎えている可能性も高い。そうした中でも五輪を開催する場合、当然、選手らには極めて厳重な感染対策が必要になってくる。

「無観客といっても、選手だけで1万人以上が参加します。IOC関係者らを含めると、約10万人が来日する。実際、丸川珠代五輪担当相が4月16日、全選手を対象に、PCR検査を毎日実施する方針を表明していました」(五輪担当記者)

丸川五輪相

 第3次補正予算に盛り込まれた「アスリート等を対象とした検査体制等の整備費」。約160億円が計上され、選手や大会関係者へのPCR検査などを充実させるため、検体採取センターを整備、感染症対策センターを設置するという。

 それだけではない。第3次補正予算には、選手らが事前合宿を行う自治体「ホストタウン」の感染症対策費も約127億円が盛り込まれた。選手のPCR検査や、選手と接する住民の検査、医師・看護師の人件費などが含まれている。

「選手たちからすれば、自主トレ的に日本に先乗りすることはIOCに禁じられているので、事前合宿は貴重な調整の場です」(同前)

IOCは「日本だけに責任」

 政府は4月6日、オンラインでの交流でも「事前合宿」と認める方針を打ち出した。場合によっては、選手が来ない事前合宿にも、多額の交付金が支出されることになる。

「これらの費用も、ワクチンの全国民接種に目途が付き、一定程度の感染収束が見込める来年であれば、もっと抑えられるはず。選手が来ない合宿に多額の税金を出すなどという事態も避けられる。今夏開催を推し進めるがゆえにかかる支出です」(財務省関係者)

 スポーツ庁の回答。

「残余分は国庫に返納するため、計画していた交流事業等が中止になれば、感染症対策も必要なく、使わない分が増えると思います」

 一方、感染が急拡大する中で現在も全国を回っているのが、聖火リレーだ。先週号で報じたように、全国47都道府県を調査したところ、少なくとも約116億円の税金が投入されていることが判明した。

“密”が指摘される聖火リレーの現場

 その聖火リレーは、NHKが特設サイト上で生配信し、著名人ランナーが走る華やかな場面などが注目を集めてきた。だが、その裏では、運営現場が過酷な労働を強いられている。

 組織委関係者が明かす。

「リレー車両の事故が文春で報じられましたが、その後も事務局からは『気を付けて下さい』という注意喚起があるのみ。運転手は疲弊していますが、スタッフの増加や勤務時間の調整などは全くありません」

 電通関係者も続ける。

「スタッフは全国を回るリレーに付いて回るため、20日働いて1日休みが取れる程度の人も。大阪では公道でのリレーが中止になり、万博記念公園に急遽コースを設営することになった。準備をしてから夜中の1時から会議を始めて、朝は6時頃に集合というスケジュールだったそうです」

 組織委の回答。

「聖火リレーの運営は、スタッフの健康管理を含め労務をしっかり管理したうえで、多忙な業務にあたっています。委託会社(註・電通)にも労務管理の徹底をお願いしています」

 チケット収入の赤字やPCR検査などの選手らへの感染対策費、現在も続く聖火リレー……感染が急拡大していく中であっても、今夏に五輪を開催することで消える血税を合算していくと、幾らになるのか。

 実に、1300億円を上回る。つまり、今夏に五輪を開催したからといって、単純に経費が掛からないというわけではないのだ。

「それでも菅首相が五輪の開催を推し進めるのは、IOCの意向に逆らえないことも大きいでしょう。IOCは米NBCから約1兆3000億円の巨額放映権料を手にする。逆に言えば、無観客でもテレビ放映さえできれば問題ない。だからこそ、IOCのバッハ会長は『再延期はあり得ない』などと声明を出しているのです」(別の組織委関係者)

バッハ会長と安倍氏が握手(19年7月)

 確かに、IOCは巨額の放映権料を手にしさえすれば、何ら問題ないのかもしれない。だが、今夏の五輪開催には、専門家らが指摘しているように、医療崩壊のリスクが大きいのだ。その点について、IOCはどのように考えているのか。

 4月14日、大会の準備状況を監督するIOC調整委員会ジョン・コーツ氏に取材をした時事通信の長谷部良太記者が語る。

「大会の参加者は10万人を超え、感染リスクは高まる。そこで、コーツ氏に感染が拡大したら誰が責任を取るのか尋ねたのです」

 コーツ氏はこう答えた。

「大会前後や大会中のCOVIDへの対処は日本政府の責任であり、程度は下がるが、都の責任になる。IOCとしては感染拡大や日本国民との接触を最小限に抑えるため、政府や都、組織委との合意の上で可能な限りのことをやっている。その部分には責任がある」

 この発言について、長谷部氏が解説する。

「予防策にはIOCにも責任の一端があるとしていますが、『実際に感染が広がった場合は日本にだけ責任がある』という趣旨です。コーツ氏は副会長ですから、これはIOCの総意と言っていいでしょう」

 すなわち、医療崩壊が起きても、IOCは責任を取ることはなく、全ての責任を日本政府や東京都に覆い被せるということだ。

「こうしたIOCの姿勢を誰より熟知し、かつIOCにもモノが言えたのが、前組織委会長の森喜朗氏でした。だからこそ、森氏は昨年3月に『1年延期』を決めた際、『2年延期にすべきだ』と主張していたのです」(森氏周辺)

組織委の森前会長

 森氏は会長時代、安倍晋三首相(当時)との事前調整の際、感染状況が不透明だとして2年延期を提案していた。ところがこれを覆したのが、安倍氏である。

「日本の技術力は落ちていない。ワクチンができる。大丈夫です」

 と、森氏を説得し、1年延期で押し切ったのだ。

「当時の安倍氏は政権終盤に差し掛かり、レガシー作りに躍起になっていました。だからこそ、自らが首相の間に五輪を開催したかった。総裁4選は否定していただけに、2年延期であれば、首相として五輪を迎えられない可能性もある。そこで『ワクチンはできる』という根拠のない理屈を持ち出し、バッハ会長と1年延期で合意してしまったのです」(安倍氏周辺)

1年延期を決めた時の首相は安倍氏

 しかし、想定外の体調悪化で昨年8月末、退陣を余儀なくされる。以来、菅首相を支える姿勢を表向き見せているものの、

「安全保障政策への関心が乏しい首相について、『戦略が欠けている』などと語るなど、一定の距離を置いています」(同前)

小池氏が仕掛けるタイミング

「東京に来ないで」と語った小池氏

 あれほど熱意を傾けていた五輪に対しても、どこか他人事だ。最近、親しい知人にこう漏らしていたという。

「アスリートのためには観客を入れてやりたい。でも変異株も2000〜3000に増えるだろうし、正直、五輪は厳しくなってきたよね」

 安倍氏、そして森氏が表舞台から去り、IOCに直接モノが言える人物も居なくなった。

「首相は、森氏の後任会長問題で川淵三郎では駄目だと伝えただけあって、森氏とは微妙な関係です。橋本会長は“お飾り”感が強い。このままIOCの言いなりで、総裁選の無投票再選のためにも、首相は五輪まで突き進むことになるでしょう」(前出・デスク)

 だが、その菅首相が怖れているのが――。

「本当に怖い女だから」

 首相最側近の森山裕国対委員長が最近、記者との懇談でそう漏らす人物がいる。小池百合子都知事だ。首相と小池氏はこれまでも対立を重ねてきたが、今回は何を怖れているのか。森山氏はこう続けている。

「小池が危機感を煽る発言をし始めた。これでは総理が五輪のために後手に回っている印象を与える。総理が五輪開催を成し遂げたいという一方で、小池なら急に『中止や延期を』と言ってきかねない」

 小池氏は豊洲移転問題の時のように、世論を味方に一度決まったことを白紙に戻すことも厭わない。時事通信の世論調査(4月9日〜12日)でも五輪中止を求める声が39.7%、再延期も25.7%に上った。

「まずは緊急事態宣言の要請で先手を打つ。4月25日の衆参三補選・再選挙でも劣勢で、首相は政治的に窮地に立たされかねない状況です。そのタイミングを狙い、一気に中止まで行かなくても、再延期論をぶち上げる可能性は十分にあります」(前出・デスク)

 国民の命、アスリートの想い、税金負担。首相は総合的・俯瞰的に判断した上で、国民に祝福される五輪の在り方を考えて欲しい。

source : 週刊文春 2021年4月29日号

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