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山尾志桜里 不倫弁護士の前妻が自殺していた

議員パスを不正利用して逢瀬に

「週刊文春」編集部

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現在は国民民主党の所属
現在は国民民主党の所属

今もワインを手に倉持弁護士の自宅を訪ね深夜まで過ごす山尾議員。だが、子どもの親権を奪われ、離婚した妻は昨年、自ら命を絶っていた。

 4月17日土曜日の夜10時半頃。大雨の中、渋谷区内の住宅街から1組のカップルが姿を現した。マスクを外したスウェット姿の男はほろ酔いの赤ら顔、女は酩酊しているのか、おぼつかない足取りで終始うつむき加減だ。男は自宅から持ち出したビニール袋を近くのコンビニのゴミ箱に捨てると、店内のATMでお金を下ろし、ペットボトルのお茶を1本購入した。

 
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 その間、コンビニの外で男を待っていた女は、男がコンビニから出ても微妙に距離を空けて歩く。交差点で信号を待つ間も、どこか周囲の目を気にしている様子だ。横断歩道を渡った先で男がタクシーを止めると、女は手を振り、後部座席へ深く身を沈めるのだった。

 

 男は、弁護士の倉持麟太郎氏(38)、女は、衆院議員の山尾志桜里氏(46)。あの頃と同じように、深夜まで寄り添う2人。彼らの胸に、“半年前の悲劇”はどう去来していたのか――。

 当選3回の山尾氏は現在、国民民主党の広報局長・憲法調査会長を務める。ライフワークは憲法問題や待機児童問題だ。昨年2月には黒川弘務・東京高検検事長(当時)の定年延長問題で、元検事らしく、人事院から「国家公務員の定年制が検察官に適用されない」との答弁を引き出していたが、

 

「枝野幸男代表らの強権体質を批判し、昨年3月に立憲民主党を離党。玉木雄一郎代表率いる国民民主党に合流しました。合わせて選挙区も鞍替えした。ほとんど姿を見せなくなっていた愛知7区を離れ、来る衆院選では、比例東京ブロックの単独1位で立候補することを表明しています。支持率1%政党の国民民主党では、多くの議員が厳しい戦いを強いられる。しかし玉木氏との近い関係から、山尾氏は比例単独1位という“優遇”措置を受けています」(政治部デスク)

 一方、弁護士の倉持氏は3月22日、和食店「権八」などを運営する飲食チェーン「グローバルダイニング」の代理人として、記者会見に登場。新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく時短命令は違法だとして、東京都を提訴した。

倉持氏は東京都を訴えた裁判で代理人に

「確かに、営業補償額の少ない時短要請に飲食店は窮地に喘いでいます。ただ、損害賠償請求額は僅か104円(1店舗1円×26店舗×4日間)。パフォーマンスではないかと物議も醸していますが、倉持氏は会見で『コロナ対策で社会的弱者になってしまった人もいる。今回の訴訟を“声なき声”を集約するプラットフォームにしていきたい』と意気込みを語っていました」(社会部記者)

倉持氏が離婚を突き付けて

 山尾氏と倉持氏。2人の「お泊り禁断愛」を小誌が報じたのは、17年9月7日発売号だった。匿名ブログ「保育園落ちた、日本死ね」を国会で取り上げ、民進党の“ジャンヌ・ダルク”と呼ばれていた山尾氏。かたや気鋭の弁護士として売り出し中だった倉持氏。だが当時、山尾氏には夫と長男、倉持氏にも妻と長男がいた。つまり、ダブル不倫だったのだ。

今も山尾氏と親密な倉持弁護士(ツイッターより)

「2人は憲法問題や皇位継承問題などに取り組む中で、親密な関係になっていきました。ただ、それまで山尾氏は“女性の味方”というイメージだっただけに、ダブル不倫の衝撃は大きく、内定していた幹事長就任は白紙に。山尾氏は発売日に開いた会見で『男女の関係はない』『ホテルにも1人で宿泊した』と不倫を否定したものの、事態混乱の責任を取って離党を表明しました」(前出・デスク)

 約1カ月後の総選挙では無所属で出馬し、辛くも当選を果たした山尾氏。禊は済んだとばかりに、政治活動を活発化させるとともに、倉持氏との関係も一層深めていく。17年11月7日付の神奈川新聞のインタビューでは「むき出しの好奇心には屈しない」などと語り、逆に倉持氏を自らの“政策顧問”に起用することを明かしたのだ。

「翌12月発売の『婦人公論』では、2人揃って『どんなに批判されても、私が倉持さんを選ぶ理由』と題した対談記事に登場しました。18年2月には、山尾氏自身も離婚が成立。2人の再婚も取り沙汰されるようになります」(同前)

 だが、山尾氏と倉持氏のダブル不倫に立ち直れないほどのショックを受けた女性がいた。倉持氏の妻だったA子さんだ。不倫報道からおよそ半年後、A子さんは小誌18年3月22日発売号に手記を寄せ、苦しい胸の内を綴っている。

〈この半年は、私にとって地獄のような日々でした。本当に思い出すのも辛いことばかりです。(略)その中でも私がいちばん深く傷ついたのが、山尾さんが私たち夫婦の寝室にまで上がり込んでいたことでした〉

前妻が3年前、小誌に寄せた手記

 折しも報道直前の17年8月、左脳大脳動脈狭窄症と診断され、医師から脳梗塞のリスクを指摘されていたA子さん。そのため、療養を兼ね、幼い長男と実家に帰省していた。そのタイミングで、山尾氏は自宅に上がり込んでいたのだ。

〈決定的だったのは、リビングに飾ってあった披露宴のウェルカムボードがなくなっていたことでした。慌てて探し回ったらクローゼットに隠されていたのです〉

 15年に都内で結婚披露宴を開いた倉持氏とA子さん。家族や友人から祝福を受け「世界一幸せだな」と胸が一杯になったという彼女は、思い出を忘れないようウェルカムボードをリビングに飾り続けていた。その“幸せの象徴”が隠されていたことに大きなショックを受けながらも、A子さんは倉持氏との関係修復を望んでいた。

披露宴のウェルカムボード

 しかし倉持氏に不倫を問い質すと、「一緒に暮らしていく自信がない」と逆に離婚を迫られてしまう。

〈倉持から離婚協議書を突き付けられたときは、涙が止まらなかった。「この紙は何だろう。一体、私に何が起きているんだろう」って。何も考えられなくて頭が真っ白になるだけでした〉

遺族のSNSに綴られた言葉

 病気を抱え、仕事にも支障が出たA子さん。突然の離婚通告に、精神状態も一気に追い込まれていく。

〈医師からは抗鬱剤を処方してもらいました。/全てから逃げ出したいという思いが募り、私の精神は、すでに限界を超えてしまっていたのです〉

 当時、憔悴しきっていたA子さんは「物事を正常に判断できる状態になかった」(A子さんの知人)という。倉持氏の求める離婚に応じ、生活や健康上の不安から、長男の親権も渡してしまったのだ。離婚成立は、17年11月27日のことだった。自宅からも退去させられ、A子さんは神奈川県内で実家暮らしを余儀なくされる。

 実家に戻ってすぐ、長男を失ったことの大きさに気付き、自然と涙が溢れ出てきたという。当時、面会が許されていたのは、週末のみ。普段は母親と離れて暮らす息子が、寂しそうにする姿を目の当たりにして、

〈倉持に親権を返して欲しいと要請しているのですが、拒否されている現状です〉

 しかし、山尾氏と倉持氏が彼女の悲痛な叫びを受け止めることはなかった。それどころか、

「2人は、A子さんの気持ちを逆撫でするかのような振る舞いを続けてきた。憲法のシンポジウムなど公の場で一緒に登壇したり、19年のゴールデンウィークには国会に『請暇願』を届け出ることなく、ロス旅行に行った問題も報じられました」(前出・知人)

 A子さんはその後、うつ病と診断され、会社を休職することになった。母親と一緒に神奈川県内の戸建てから19年4月、埼玉県内のマンションへと引っ越し。A子さんも、新たな地で病気の療養に努めることになる。

 その後は母親や姉と一緒に、長男の誕生日プレゼントを買いに行ったりもしていた。親族が、成長していく長男と触れ合うような機会もあったという。

 それでも、一度失った親権を倉持氏から取り戻すことは叶わなかった。かつて描いた“幸せな家族像”とはかけ離れた現実。A子さんは、自らの将来に絶望してしまったのか。

 そして――。

「A子さんは昨年10月3日、自宅で自ら命を絶ったのです。これまでの経緯を知っているだけに、ご遺族も本当に憔悴していました」

 小誌の取材にそう明かすのは、A子さんを知る関係者だ。

 命を絶ったのは、愛する長男の誕生日を約1カ月後に控えたタイミングでのことだった。葬儀には、遺族とごく近い友人らが参列していたという。

 A子さんが亡くなってから約2カ月後、昨年の大晦日。親族の一人はSNSで20年という1年を振り返っていた。そこに綴られていたのは、こんな痛切な言葉だった。「悲しくとも辛くても、たまの瞬間に幸せなことがあった。それを大切にして遺された私たちは、新年を迎えたい」と。

 山尾氏と倉持氏のダブル不倫に苦しみ、長男の親権も奪われた末、自ら命を絶つことを選んだA子さん。遺された家族もまた、悲しみに包まれている。

 一方、山尾氏と倉持氏はどんな日々を過ごしているのか。

 3月16日火曜日。仕事終わりの山尾氏が向かったのは、倉持氏の自宅兼事務所だった。翌17日には衆院外務委員会での質問を控え、自身のツイッターでも〈明日は外務委質問です。中国の在外公館における現地採用の在り方・コロナ禍の水際対策〉などと抱負を綴っていた。

 夜7時半頃にタクシーで到着した山尾氏。5時間ほど滞在し、倉持氏の自宅を後にしたのは、終電も無くなった深夜12時半頃のこと。緊急事態宣言の最中とはいえ、政策顧問と国会質問に向けた“政策論議”だったのか。大通りまで歩き、タクシーで自宅へと帰っていった。

 さらに――。それは4月3日土曜日のことだった。

 山尾氏は午後2時半頃、自宅最寄り駅の三鷹駅を通常の自動改札口ではなく、有人改札口で職員にJRの議員パスを提示した上で入場。吉祥寺駅を議員パスで出場すると、駅ビルのマッサージ店で1時間ほどの施術を受ける。その後、職員のいる有人改札口から再び吉祥寺駅を議員パスで入場。中央線から山手線に乗り換えると、恵比寿駅を議員パスで出場した。

議員パスを提示して入場

 夕方5時頃、駅ビルで総菜を買い、近くのラーメン屋で小腹を満たすと、酒屋に立ち寄った山尾氏。大きなトートバッグを手にタクシーに乗って向かったのは、またしても倉持氏の自宅だった。

有人改札で議員パスを提示

 滞在時間は約4時間。夜9時半頃、フラフラの千鳥足で出てきた山尾氏は、バスで渋谷駅へ向かう。スクランブル交差点付近では行き交う若者たちと派手にぶつかりながら、自宅方面の私鉄に乗り込み、帰宅の途についたのだった。

 この日、山尾氏が倉持氏と会うために利用したのが、議員パスだ。正式名は「特殊乗車券」で、国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律によって定められたもの。選挙区内の移動や公務出張の際には、新幹線、特急、指定を含むJR全線を無料で利用できる。

「JR議員パスは衆参合わせて、年約5億円の税金が投入されています。09年には当時の鴻池祥肇官房副長官が愛人女性との熱海旅行に利用していたことが発覚。鴻池氏は『不徳の致すところ。浮気旅行と言われても仕方がない』と謝罪し、官房副長官を辞任しています。議員パスは“議員特権”との批判も浴びてきました。それだけに、議員には適切な使い方が求められています」(政治部記者)

 では、山尾氏の場合はどうか。4月3日は、マッサージや食事などプライベートを楽しみ、そして、倉持氏の自宅でも酩酊するほどの飲酒を共にしていた。

 この日だけではない。例えば、3月20日土曜日は夕方6時頃、吉祥寺駅をICカードで入場した。ここまでは問題ない。ところが、新宿駅をなぜか議員パスで出場する。近くの商業ビルで買い物などを楽しんだ後、再び新宿駅を議員パスで入場し、三鷹駅を議員パスで出場した。すなわち、ICカードでの「出場記録」が存在しないままなのだ。

わざわざ有人改札を探すことも

 ただ、それも山尾氏にとっては、日常茶飯事なのだろう。小誌は改札で「ピンポン」と止められる姿を複数回、目撃している。本人も忘れるほどに、議員パスとICカードの利用が混在しているのではないか。

 政治倫理に詳しい、神戸学院大学の上脇博之教授は次のように指摘する。

「議員パスを使用できるのは公務出張などの職務の遂行に資する時のみです。マッサージや買い物、交際相手との面会など私的に使用すべきではありません。使用に際し、疑義が生じた場合には、公人としてきちんと説明責任を尽くすべきです」

 倉持氏との逢瀬から2週間後の4月17日土曜日。山尾氏は夕方、大森駅で街頭演説に臨んでいた。大学の後輩でもある都議選候補者の応援を買って出たのだ。小雨が舞う中、待機児童問題に触れ、支持を呼びかけた山尾氏。演説後、支援者から「どちらまでお帰りですか」と問いかけられると、はっきりした声で「予定がありますので」と返答していた。

 大森駅で議員パスを掲げて有人改札口を通過した山尾氏は、優先席に腰を下ろす。議員パスを見せて降り立ったのは、恵比寿駅。駅ビルで白ワインとエスニックサラダを購入すると、雨に濡れないようビル内を移動し、タクシーに乗車する。夕方5時半、彼女が向かった先は、三たび倉持氏の自宅だった。

 滞在時間は約5時間に及び、冒頭のように、夜10時半、傘を差した2人が姿を見せたのだった。時に距離を取りながら歩き、山尾氏は倉持氏が捕まえたタクシーで帰宅していく。

 大雨の中、山尾氏を交差点で見送った倉持氏。まっすぐ自宅に戻るかと思いきや、自身もタクシーに乗り込んだ。向かった先は自宅とは別のマンション。ここは一体、どこなのか。

 実は小誌は、そのマンションの住人と倉持氏が一緒にいる姿を、2週間前にも目撃していた。

 4月1日木曜日の夜6時過ぎ。自宅兼事務所から姿を見せた倉持氏の隣に寄り添うのは、1人の女性。ところが、山尾氏ではない。前髪を短く切り揃えた夏目三久似の女性だ。

 2人は渋谷駅前の商業ビルでウィンドーショッピングを楽しんだ後、立ち飲み居酒屋の2階席に陣取った。自身のネット配信動画さながら身振りを交えながらトークを繰り広げる倉持氏に、女性は終始にこやかに相槌を打つ。1時間ほどで店を出てきた2人はそっと距離を近づけると、自然と互いの手を握り合った。そして手を繋いだまま、バスに乗り込んだのである。

倉持氏の隣には山尾氏と別の女性が……

 法曹関係者が明かす。

「彼女は、事務所に顔を出しているB子さんです。倉持氏は、弁護士仲間やクライアントとの食事にも同席させたりしています」

〈山尾さんのせいで、全てを〉

 そのB子さんが暮らすマンションこそ、4月17日深夜、山尾氏と別れた倉持氏がタクシーで向かった先だったのだ。

「倉持氏は長男を育てているとはいえ、今は独身。自由に恋愛を楽しんでいるのでしょう」(同前)

 倉持氏の前妻・A子さんが自ら命を絶ってから、わずか半年余り。議員パスを不適切な形で使用し、深夜まで倉持氏との逢瀬を重ねる山尾氏。そして山尾氏と関係を維持しながら、B子さんとも親しい関係を持つ倉持氏。彼らは今、A子さんの自殺をどのように受け止めているのか。

 倉持氏に4月24日夜、事実関係などを尋ねる質問状を事務所に送ったところ、以下のように回答した。

「質問状が届いたかどうかも含め、一切お答えするつもりはありません」

 一方の山尾氏は何を語るのか。4月25日の昼過ぎ、都内で直撃した。

直撃取材に山尾氏は……

――週刊文春です。

「名刺だけ頂きますね、はい」

――実は……。

「すべて取材はですね、紙でお願いしてますので。申し訳ないですけど、議員会館のほうに紙でFAⅩしておいて下さい。はい、ありがとうございます」

――買い物やエステに行かれた時も、議員パスを使用されていることを確認しているのですが。

「ごめんなさい、全部紙で頂けますか」

――国民の血税ですので。

「全部紙で頂けますか」

――倉持さんとの関係は?

「……(無視する)」

――倉持さんの奥さまが自殺されているという事実はご存じでしたか?

「全部紙で下さい」

 改めて山尾事務所に書面で質問状を送付したところ、議員パスの不正使用問題については、

「法規にのっとり対応しております」

 倉持氏との関係などは、一切回答しなかった。

 A子さんは小誌に寄せた手記をこう締めくくっていた。

〈1つの家庭をめちゃくちゃに壊した山尾さんが、悪びれることなく国会で待機児童や憲法改正の話をすることに、強い憤りを覚えます。人の心を踏みにじったまま知らん顔をして、事実すら語ろうとしない姿勢が私には理解できません。

 私は山尾さんのせいで、全てを失いました。家庭、愛する夫、かけがえのない息子、全部失ったのです。(略)事実を認め、その償いをしてもらいたい。

 そして、もし叶うのなら、夫と息子を私に返して欲しい。せめて、愛する息子だけでも私の手許に戻して欲しい。いまはそう切実に願っています〉

 これまで、待機児童問題やシングルマザーの支援など、弱い立場の女性に寄り添う政策を掲げてきた山尾氏。自身のHPでも「政治がしなければいけないこと、それは『暮らしに安心と希望を届けること』」と高らかに語っている。

 だが、人生に希望を見出せず命を絶ったA子さんに、その言葉を伝えられるだろうか。

source : 週刊文春 2021年5月6日・13日号

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