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長瀬智也、帰ってこい! 《初告白》父に語った「俺はこれからだ」 

盟友プロデューサー「タッグは諦めない」

「週刊文春」編集部
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「子供のいる役をやりたい」と言っていた長瀬
「子供のいる役をやりたい」と言っていた長瀬

「今月いっぱいでTOKIOから卒業させていただくことになりました」。3月末放送のレギュラー番組でファンに別れを告げ、ジャニーズを退所した長瀬。デビュー26年、歌手やタレント、俳優として活躍した。長瀬は何者だったのか。父や仲間が秘話を明かす。

『俺の家の話』(TBSホームページより)
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「(ドラマは)もちろん毎週欠かさず見てましたよ。まさかああなるとは思わなかったから、最終回にはびっくりしてねぇ」

 小誌の取材にそう語るのは、元TOKIOの長瀬智也(42)の父だ。息子によく似て背が高く、ダンディーな長瀬の父が、初めて“俺の家の話”を明かした。

 長瀬が13歳から所属していたジャニーズ事務所を退所したのは3月末。「芸能界から次の場所へ向かいたい」という言葉を残し、表舞台から姿を消した。

 デビュー以来、TOKIOで26年にわたってメインボーカルを務めた長瀬。ジャニーズでは珍しい182㎝という長身と精悍な顔つきは、日本に少ない主演が似合う俳優として、役者としても評価されてきた。

左から順にTOKIOの城島、国分、松岡、山口達也

「平成の三船敏郎」

 長瀬をそう呼んでいたのが、TBSの磯山晶チーフプロデューサーだ。彼が10代の頃から仕事を共にし、『池袋ウエストゲートパーク』(2000年放送)や『タイガー&ドラゴン』(05年放送)などでタッグを組んできた“盟友”である。

「スケールが大きい役者さんなのに、繊細な一面もあって、彼ほど役作りにこだわる人も他にいない。決してどんな役もこなす器用なタイプではないけど、唯一無二のキャラクターで、彼にしかできない役がある。役者の中で一番好きな人だし、彼がやったら面白くなるドラマを考えたくなる。彼に合った物語をつくりたくなってしまうんです」

 19年2月、磯山氏は長瀬から「話がある」と言われてミーティングをした。

 そこで長瀬はこう告げた。

「俺、もう辞めるんだ」

 磯山氏は「すごくびっくりした」と当時を振り返る。

「その時、私は『えっ、もったいない』『引退する必要ないじゃない?』と言ったんです。長瀬君は既に辞めると決めていたんでしょうね。相談という感じではなかったから。そのあと何回か会っても辞めたい理由をはっきりとした言葉で言わなかったけれど、気持ちは変わらないままでした」

 そして昨年7月22日、ジャニーズは長瀬の退所を発表。芸能デスクが話す。

「会見は開かれず、発表の数日前、事務所に友好的なマスコミを集め“説明会”が行われた。参加したのは城島茂と松岡昌宏、国分太一の3人。松岡は長瀬が辞める理由について『彼が40歳を超えたところがきっかけだと聞いています』。だが、それ以上はわからず、本人からも『チャレンジしたいことがあるけど、結果を見て欲しい』と言われただけだったと説明した」

 長瀬がジャニーズ所属として最後に主演したのが、今年1月から3月にかけて放送された『俺の家の話』。能楽師で人間国宝の父を持つプロレスラーが、父の介護と家業のため実家に戻り、家族との絆をつなぎ直していくホームドラマだ。

 脚本を手がけたのは、磯山氏と同じく何度もタッグを組んできた宮藤官九郎氏。今回は、長瀬が「子供のいる役をやってみたい」と希望し、3世代の親子を描くことになった。プロレスラー役と聞き、大変だけど面白そうと感じた長瀬は「もうやるしかないって思った」と周囲に話したという。

 磯山氏が語る。

「長瀬君とは4年ぶりの仕事ですが、改めてプロ意識の高さに脱帽しました。やると決まった時から自分の中で役のイメージを作り上げ、誰よりも早い段階から準備に入っていたんです」

「3歳の頃からバイク乗り」

 髪の毛を伸ばし、肉体改造も始めた。

「身長は高いですが、太りにくい体質らしいんです。無理して一日に何食も食べて15㎏近く体重を増やしたときは、さすがに『つらい』と漏らしていました。宮藤君はよく『そこまで頼んでない』と言っていましたが(笑)、長瀬君は『面白い』と思ったことは、とことんやる性格です」(同前)

『俺の家の話』(TBSホームページより)

 体を鍛え、ポスター撮影で画像処理に頼らず、プロレスシーンは「代役なしで全部やる」と宣言し、難易度の高いムーンサルトにも挑戦。共演の長州力が語る。

「長瀬さんとは今回の撮影が初対面なんだけど、仕事に対する向き合い方が素晴らしいですよね。(演技は)素人の僕にも凄く気を使ってくれて、いつも優しく声をかけてくれてね」

 だが、第7話の撮影中、長瀬にアクシデントが起きた。リングの上で相手に目掛けて飛んだ際、左膝を負傷してしまったのだ。

「撮影中はテーピングで固めて、出番のない時は松葉杖をついていたくらいだから相当悪かったんじゃないかな。それでも最後まで自分の足でやり遂げてね。凄いなぁ、プロの役者さんだと思っていましたよ」(同前)

長州力からもらったパーカーを長瀬は愛用

 自分のケガに責任を感じていたという長瀬。最終話ではラリアットのシーンがあったため、撮影時までにこなせる状態に戻した。

 そして迎えた3月のクランクアップ。長瀬は座長として感謝の言葉を伝えた。

「こんなハードルの高いストーリーを各部署、本当によくやったなと思いますし、その一員として参加できたことを嬉しく思います!」

 共演者やスタッフは「本人が一番大変だったのに」と感じた。そんな中、感極まって誰よりも号泣したのは、クールな印象の江口のりこ。みんながその姿に驚いたという。

ドラマに出演した江口のりこ

 最終回が放送された8日後の4月3日、長瀬はインスタグラムを始めた。

「釣りや音楽に興じる姿など、プライベートを謳歌する写真をアップしています。ガレージでカスタムする姿や、参加したレースのピットの様子など、筋金入りの旧車マニアの彼らしいものも多い」(前出・芸能デスク)

長瀬はインスタにバイクや釣りの写真をアップ

 ハーレーダビッドソンを10台以上所有する長瀬はアマチュアのレースに参加するほどの本格派だ。彼のバイクを整備するショップのオーナーが語る。

「まだ経験は浅いけれど、センスは抜群。彼がバイクにまたがるだけで、誰よりも絵になるんですよ」

 ジャニーズ時代は事務所にレース出場を止められていたこともあり、「これから堂々と出られる」と楽しみにしていた。4月下旬の富士スピードウェイのレースに出場する予定だったが、

「膝のケガで出場できなくなった。本当に残念そうにしていましたね」(同前)

 長瀬がレースに使用するハーレーの車体には、若者に人気のアパレルブランド「CHALLENGER」のロゴが描かれている。同社の代表は長瀬が生まれ育った故郷・横浜の幼馴染。取締役に長瀬の母親も名を連ねていることから、ゆくゆくは長瀬も合流するという噂も取り沙汰されていた。

 昨年7月、小誌記者が同社のショップで目撃したのはプロモーション映像の撮影にディレクターとして立ち会う長瀬の姿だった。

「これからバイク関連の仕事やアパレル業界への進出などにもチャレンジするのでは、とみられています」(前出・芸能デスク)

 実は、長瀬の父は、若い頃にプロのカーレーサーとして活躍していた。レーサーを引退すると、中古車屋を経営していたという。その父が、振り返る。

「3歳の頃から、バイクを3台くらい持たせてるの。3輪車じゃないよ(笑)、山とかを走るモトクロスに乗って、3歳からジャンプしたり、ブレーキかけてピャーッて止まったりさ」

 幼い頃に離婚し、長瀬は飲食店やブティックを経営する母に育てられた。以来父と息子は離れて暮らしているが、仲は今でもいい。

「僕と食事に行った時、遠くの方から『ナガセー』って声をかけられると、あいつも手を振ったりしていた。男の人に結構人気があるよね」(同前)

黙って何度もうなずいた

 ある時、長瀬は父にこう洩らした。

「俺が今やりたいことは、親父が昔、全部やってた」

 ただ、父はレースを続けようとする息子を心配する。

「役者の仕事があるし、『遊びのつもりならレースはやらないほうがいい』って言っているんだ。僕はもう体が覚えているから、どういうことが起きても対処できるけど、いきなりやるのは難しいから。あいつはまだまだ下手くそ(笑)」

 父の背中を追いかける長瀬の姿は、ドラマの中でのそれと重なって見える。

 退所した後、父が「おつかれさま」と労うと、長瀬はこう語ったという。

「俺はこれからだ」

 父子は連絡を取り合っているが、「コロナだから、みんなであんまり会わないようにしているよ」(同前)。

 長瀬はコロナ禍で会うことができない母にもLINEで「これで終わりじゃない」「まだまだ親孝行するよ」と伝えている。

 これまでジャニーズから独立したタレントの多くは個人会社を設立し、自前のファンクラブを開設することが通例となっている。しかし、いまのところ、長瀬にその動きはない。

 実は長瀬、周囲には以前からこう話していた。

「辞めた次の日とかに何かすごく準備して発表したりしたら、びっくりするでしょ。そういうの、まったく準備していないんだよね」

 再び磯山氏が話す。

「長瀬君はお世話になった方々への礼儀も忘れず、最後の日はスーツを着て事務所に挨拶に行った。辞め方もすごく綺麗。決して波風を立てず、彼が通りすぎた後にはいい印象しか残らない。そういう人なんですよ」

 だが、磯山氏は俳優・長瀬とのタッグを諦めていない。「もう1回、役者をやろうという気になったら連絡してね」と伝えると……。

「長瀬君は『そっか。わかったー』みたいな軽い返事でしたけど、いつ戻ってくれるのか分からないのも長瀬君らしいところ。彼は誰からもかっこいいと思われるけど、みんなにわかりやすいイメージのアイコンではいられない人。すごく不器用な人だから、1回辞めないと新しいことを始められない性分だと思う。自分が表現することに限界を感じたから辞めたのではなく、もっと違うこともやりたいのかもしれない。次に会ったとき、なんで辞めたのか、もうちょっと詳しく聞いてみたい。彼の人生は彼のものですが、でも『観たい』という気持ちはずっと彼にも言っていくつもりです」

 4月下旬、小誌は長瀬を直撃した。近況を尋ねると、

「今はそっとしてほしい」

 としながらも、今後も歌手として活動する可能性があるかと問うと、長瀬は黙って何度もうなずいた。

『俺の家の話』最終回で、西田敏行演じる観山寿三郎は、長瀬演じる寿一の亡霊に向けてこう語りかけた。

「お前はたいしたもんだよ。よくやったよ寿一。みんなを笑顔にしてくれてさ。奮い立たせてくれてさぁ」

 芸能界から姿を消した長瀬。だが、いつの日か、その輝きを再び見たいファンは少なくない。そんな人々と共にあえて言いたい。

「長瀬、帰ってこい!」

 

source : 週刊文春 2021年5月6日・13日号

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