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SMAP裏切りと屈服 ジャニーズ首脳実名告白――「もう一度読みたい、あのスクープ」

「週刊文春」編集部
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「一度独立を表明した4人のメンバーが事務所に戻るには、当然条件があります。まずは国民的スターの自覚もなく、曖昧な言動でファンや関係者にご迷惑、ご心配をかけたことを謝罪すること。“内”に向けた謝罪も必要です。社長のジャニーをはじめ、事務所の社員にも許しを乞うこと。

 さらに今回は木村君が残るという形でメンバーが4対1に割れてしまった。寂しい思いをした木村君、大切な仲間である彼にも謝るべきだと申し入れました」

 小誌の取材に対し、ジャニーズ事務所の顧問であり、関連会社「ジャニーズ・エンタテイメント」代表取締役の小杉理宇造(りゅうぞう)氏(68)はこう述べた。インタビューは1月18日の正午に開始された。SMAPが緊急生会見をしたのはこの日の夜のことである。

※「週刊文春」創刊60周年企画「もう一度読みたい、あのスクープ記事60本」より、アンケート得票数の高かった記事を特別再録します。本記事は2016年1月28日号より転載。記事中の年齢や日付、肩書き等は掲載時のものです。

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「先週から我々SMAPのことで、世間をお騒がせしました。そして、たくさんの方々にたくさんのご心配とご迷惑をおかけしました。このままの状態だとSMAPが“空中分解”になりかねない状態だと思いましたので、今日は自分たち5人がしっかり顔を揃え、皆さんに報告することが何よりも大切だと思いました」

 真っ先に口を開いたのはセンターに立っていた木村拓哉(43)だった。暗幕を背景にダークスーツ姿で神妙な面持ちのメンバーたちはそれぞれに謝罪の言葉を述べ、緊急生会見は異様な雰囲気の中、わずか2分30秒で終わった。最年少の香取慎吾(38)は言葉を詰まらせながら、「また今日からいっぱい笑顔を作っていきたいと思っています」と語ったが、今にも泣き出しそうな表情だった。

 お台場のフジテレビV6スタジオから生中継されたSMAPの“謝罪”放送。瞬間最高視聴率は37%を超え、日本中を騒がせたグループの分裂・解散騒動は、メンバー揃っての謝罪と、存続に向けた言葉を発信することで一応の収束を見せつつある。

 スポーツ紙記者が話す。

「何も知らずにテレビを点けた人には強い違和感が残ったでしょう。木村以外はみな憔悴しきったような表情で、まるで解散発表のようだった。『これからもよろしくお願いします』とは言うけど、『存続』は明言しない。謝罪の言葉にしても誰に何の件で謝っているのかわからない。本意では無い言葉にも聞こえました。まるで誰かに言わされているかのような。はじめからジャニーズ事務所に残ることを表明していた木村に対して、独立クーデターを画策し鎮圧された4人が見せしめに罰せられている構図が鮮明でした。翌朝のワイドショーでは『存続で一安心』のような扱われ方でしたが、ネット上には“HERO”然とした木村への違和感や4人に同情する声も多数見られました」

4人は次期社長を前に詫びた

 4人のメンバーは一体、誰に向けて謝ったのか。草彅剛(41)のコメントが小杉氏の証言を裏付けている。

「今回ジャニーさんに謝る機会を木村君が作ってくれて今僕らはここに立てています。5人でここに集まれたことを安心しています」

1月18日、「SMAP×SMAP」(フジ系)。「ジャニーさんに謝る機会を木村君が作ってくれて今僕らはここに立てています」という草彅の一言が現状を浮き彫りにしている

 この現場には、事務所の副社長、藤島メリー泰子氏の娘で同じく副社長の藤島ジュリー景子氏も駆け付けていた。謀反を起こしたメンバー4人は、次期社長を前に詫びたのだ。

 この生中継が行われる前日の1月17日夜。小誌は、木村以外のメンバーが東京・渋谷区にあるジャニーズ事務所の関連会社「ジャニーズ・エンタテイメント」を訪れる姿を目撃している。草彅が明かしたように、この晩、4人は木村の仲介で、ジャニー氏に騒動後初めて会ったのだ。

 ジャニー氏と4人の面会は約1時間半に渡った。面会後、会社を出た4人は、そのまま東京・西麻布の焼肉店へと向かい、店を貸し切りにして遅くまで語り合った。一度は独立を決意しながら、断念せざるを得なかった中居正広(43)ら4人のメンバーの胸には、どんな思いが去来していたのか。

 今年、デビュー25周年を迎える国民的人気グループSMAPに独立・分裂騒動が持ち上がったのは1月13日。同日付けの日刊スポーツとスポーツニッポンの二紙が、それぞれ一面トップで「解散」、「分裂危機」と報じた。

「いずれもSMAPの『育ての母』と呼ばれた飯島三智マネージメント室長が、ジャニーズ事務所を退社することを決意し、木村以外の4人のメンバーも室長について退社するという内容でした。その日のうちにジャニーズ事務所が『この件について協議・交渉がなされている事実は存します』と認め、たちまち騒ぎが大きくなったのです」(前出・スポーツ紙記者)

 独立の動きが表面化した全てのきっかけは、昨年1月に小誌が掲載したメリー副社長のインタビューだった(1月29日号)。

 小誌はメリー氏に対し、ここ数年来、テレビ業界やファンの間でささやかれていたジャニーズ事務所内部の派閥問題や、後継者について単刀直入に尋ねた。テレビ局関係者にとっていまや下にも置かない存在となった勢力伸張著しい飯島氏と、嵐やTOKIO、関ジャニ∞など今もっとも勢いのあるグループを担当するメリー氏の娘・ジュリー氏。事務所内で複数のグループが競合することで、テレビ業界を中心に「飯島派」と「ジュリー派」の二大勢力が角逐している現実について真っ正面から聞いた。

 この時、メリー氏も飯島氏も派閥問題については明確に否定した。だが飯島氏の退出後、メリー氏は記者にこう言ったのだ。

「飯島の問題が、もしどこかで噂だけじゃなくて、本当だったりしたら、私は即日この人に辞めてもらいます。でも発端は『文春』のあなたの記事だったということだけは覚えていてください」

 果たして飯島氏は密かに事務所からの独立に向けて動き出したのだ。

「昨年の夏頃から、飯島さんがジャニーズ事務所を辞めようとしているという動きが業界中の噂になっていました。というのも、それまで飯島さん寄りと見られていたフジテレビが、昨年6月に“飯島派”と目される社員を軒並み番組制作から外し、子会社に出向させたり異動させたりと、ジャニーズ事務所の新体制を意識した露骨な人事異動を行ったのです。ショックを受けた飯島さんが、大手プロの幹部に相談を持ちかけたという話も浮上していました」(芸能プロ関係者)

 飯島氏は1月8日付けでジャニーズ事務所の関連会社であり、SMAPの映像作品の制作や管理を行う「ジェイ・ドリーム」社の役員を辞任。近くジャニーズ事務所を退社することも決まっているという。

 長年、SMAPと苦楽を共にし、35年間勤めたジャニーズ事務所から離れることを決意したのは、メリー氏が予言したようにやはり小誌の記事が原因だったのだろうか――。

メリー氏は「文春大ッ嫌い」

 SMAP“空中分解”騒動の真相を問うため、小誌はメリー氏を直撃したが、「私、文春大ッ嫌い」と怒り出した。改めてジャニーズ事務所を代表し、小誌に答えたのは冒頭の小杉氏だ。

小杉理宇造氏

 小誌はまず飯島氏独立のきっかけとなった、1年前のメリー氏のインタビューについて聞いた。

「これは悪い風にとらないでいただきたいのですが、会社の空気として日常的にそういうところがありますから。飯島さんやSMAPのメンバーが、それくらいでへこたれるわけがない。ジャニーズで育った人たちにとっては、あのくらいのことは日常茶飯事。それが原因だというなら、もっと前に辞めていますよ」

 創業50年超となるジャニーズ事務所は、メリー氏とジャニー氏の姉弟両輪で築き上げた、いわば一代オーナー企業。「創業者のフィロソフィーこそがジャニーズの社風であり、アイデンティティ」なのだという。

「ジャニーズはオーナー企業で、後継者は娘のジュリーさんに決まっています。近い将来、彼女が社長に就くことは間違いありません。遅すぎたくらいです。ただ、飯島さんだけでなく、家族ではない従業員たちが、その差を感じるのは当然でしょう。それは非同族の一般企業とは随分違う流儀なのだと思います。そのあたりの理解が飯島さんには足りなかったのかもしれない」

 1年前のインタビューで、メリー氏はSMAPが他のグループと共演しない理由について、「だってSMAPは踊れないじゃない」と語ったのも衝撃的だったが、

「メリーさんにとっては珍しいことじゃない。叱咤激励ですよ。SMAPに限らず、他のタレントにも辛口だし、彼らもよくわかっているはず。そうでなくとも彼らは立派なアーティスト。メリーさんは彼らの才能を十分認めています」

 ならば、飯島氏はなぜ35年間勤めたジャニーズ事務所を辞めるのか。

「飯島さんがメリーさんのビジョンに従えなくなった。これがすべての原因です。彼女はインターネットを駆使したビジネスに参画したいと考えていました。ただ、ジャニーズ事務所はいい意味でアナログマインドを貫いているし、だからこそeコマース(電子商取引)をやらない。それはジャニーさんとメリーさんの哲学でもあるんです。お金が儲かれば、何をしてもいいという会社じゃない。売り上げの巨大さは目的に入っていないんですよ。グッズなどが購入できる『ジャニーズショップ』というのが、原宿、大阪、名古屋、福岡にあるんですけど、札幌などにはない。せめて7大都市にはあってしかるべきだという声もある。でもメリーさんは『やっぱり若い子にそんなにお小遣いを使わせちゃいけない』と言う。ジャニーズショップは販売店ではなく、コミュニケーションプレイスだという発想なんですね。そこへ行くだけでウキウキワクワクする、そういう場所。『北海道の子たちは東京に修学旅行にくる、その一生に一度買えばいいじゃない』という考え方なんです。

 それでも、映像作品などのクリエイターが関わる仕事ならいいんじゃないかということで飯島さんのために『ジェイ・ドリーム』という会社を作っている。代表取締役はジャニーさんですが、実質的なトップは飯島さんです。メリーさんも認めていたし、彼女はその会社でいろんなことにチャレンジをした。ただ、その延長線上で自分で『決裁権を持ちたい』という気持ちが芽生えていった」

 昨年末の紅白歌合戦で、飯島氏が事務所に報告せずに、NHKと独自で交渉し、司会にSMAPの木村を押し込もうとしていたことがメリー氏の逆鱗に触れたという報道もあったが、

「あれは事実無根です。NHKにとっても、迷惑な話だと思います。木村くんに打診はあったけど、映画の撮影が忙しいから無理だとなった。メリーさんが怒って、ジャニーズの歌手を全部引き上げるとか、そんな恥ずかしいことはしませんよ。第一メリーさんは紅白に一切タッチしてません」

飯島さんとは“反発の歴史”

SMAPの育ての親・飯島三智マネージメント室長

 飯島氏が揺れ動いていた兆候は、昨年6月頃からあったという。

「飯島さんのメリーさんに対する反発は、その前から潜在的にあったし、いわばずっと“反発の歴史”を繰り返してきたようなもの。彼女が明確な意思表示をしたのは去年の10月頃。メリーさんの答えは明快で、辞めるつもりなら弁護士を連れて来なさいと。飯島さんがジェイ・ドリームの株主でもあるSMAPのメンバーに声をかけることは、メリーさんも分かっていましたから。そうなると、もはや一対一の話し合いではなく、契約の話や引継ぎも含めて交渉しなくてはならない。それですぐ双方で弁護士を立てたのです」

 ジャニーズ側の弁護士はSMAPのメンバーと個別に面談し、意思確認を行った。飯島氏が真っ先に連れてきたのは香取。飯島氏は、最年少の香取を息子のように可愛がり、深夜に愛車の後部座席に乗せ、独立について話し合っていた。逆に木村は「飯島さんが辞めればいい」と反発し、初めから事務所に残ることを表明していたという。

「ひとりずつ、事務所との契約を続けるのか、離脱したいのかということを確認しました。4人のメンバーは飯島さんと一緒に出て行くという意思表示をしたのですが、木村君は最初から出ていく気がなかった。会社に不満がない彼にしたら、なぜ自分がついていかなければいけないのかと。『不満があるのは飯島さんなんだから、俺たちを巻き込まないでよ』と話していたそうです。彼の気持ちは最初から一度も揺れていません」

 木村の妻である工藤静香が、メリー氏と親しいことから、工藤が木村を説得したり、親しいとされる“芸能界のドン”周防郁雄氏らに話をしたのではないかという報道もあった。

「メリーさんと工藤さんの仲がいいことは事実です。メリーさんは子供がいる夫婦をすごく大切にする方で、近藤真彦も東山紀之も皆、同じ。たまたま今回はSMAPのことで工藤さんが注目を浴びたけど、僕らの中では特別なことではありません。夫婦だったら相談するのは当たり前のことでしょうしね」

 飯島氏が連れて行こうとしたタレントは、SMAP以外にもいる。そのひとりが山Pこと、山下智久だ。

「山下君は、逆に何故そんなことを聞かれるのかと驚いていた。彼はジャニーズで育ったし、事務所が大好き。自分で飯島さんのところに行って『もし飯島さんが独立しても、僕は事務所に残らせていただきます』と宣言したそうです。ジャニーさんにも『僕は独立画策なんてしていません』と念押しして、『僕はどうなっちゃうんですか?』と、逆に不安を訴えていたくらいです」

 だが、中居ら4人のメンバーにしても、ギャラなどの待遇面に関する不満はなかったはずだ。中居の預金通帳を見たことがあるという芸能関係者によれば、0が10個並ぶ高額が記載されていたという。中居と木村の温度差の理由は何なのか。

「『遠い親戚より近くの他人』という言葉もありますよね。飯島さんは普段から一生懸命SMAPのことを考えてやってきたし、デビューから25年一緒にいて、もちろん強い絆があったでしょう。ですから4人の気持ちが揺れ動いていたことも理解できるんです」

生放送会見前夜、キムタクは報道陣を前に無言

 飯島氏と4人のメンバーは、木村抜きでの独立の道を模索し続けた。

「12月20日頃、5人での独立を諦めたようでした。木村君の意思が固かったようで、飯島さんが『木村は来ませんね』とか言ってましたから。ただ、その時点でも結論は出ていませんでした」

 今回の騒動で、ジャニー社長はほとんど表に出ず、見解も表明していない。小誌が取材した限り、連日のように東京・有楽町の帝国劇場を訪れ、ジャニーズJr.の舞台を観劇していた。

来る者は選ぶ。去る者は追わず

「ジャニーさんが僕に言っていたのは『来る者は選ぶ。去る者は追わず。とはいえ、多くが40歳を超えた彼らが、人生において自分の道を見つけるのは当然のこと』だと。『彼らが事務所を去って新しいことがやりたいならそれは尊重してあげなければならないし、アズ・ユー・ライクだよ』と言ってました。ジャニーさんは、SMAPの動きを知っても慌てることなく、いつでも相談に乗るよ、と言ってました。いつも優雅でやさしい人なんです」

 飯島氏や4人のメンバーは、独立の後ろ盾として大手プロを頼ったという報道もあった。特に中居が親しいというタモリが所属する「田辺エージェンシー」の田辺昭知社長が、親身になって飯島氏の相談に乗っていたとされる。

「そういったつまらない噂話があまりにも立ちすぎていたので、私は直接、田辺さんに聞いたのです。もちろん、田辺さんは『そんな事実は全くない』と。飯島さん自身も独立すると言ったときから『誰のバックアップも受けない』と言っていましたしね。ただ飯島さんと田辺さんは『笑っていいとも!』などの仕事を通じて面識もあったので、相談には来ていたそうです。話の内容はほとんどが会社の愚痴だったと。バックアップしてくれとかいう話は出たこともないし、あったとしてもお断りすると田辺社長は仰っていました」

 12月30日には、逆に田辺社長から小杉氏に電話があったという。

「そのとき田辺社長は『SMAPは解散も分裂もしちゃいけない。芸能界の損失だ』と言ってくれました。それで『存続に向けて自分が動いていいか?』とそこまで言ってくださったんです。田辺社長はわざわざ4人のメンバーに、木村君とジャニーさんに詫びて迎え入れて貰いなさいと説得してくださったんです。

 それで1月8日、メリーさんと私で田辺社長のところへお礼を言いに行く予定だったんです。しかし、残念ながらそれまでに、4人からは何のアクセスもなかった。本来なら、あのとき騒動は終わっていたはずだったのです」

 奇しくも、小誌はその日、中居がキスマイのメンバーと共に、都内の創作料理屋で新年会に興じる場面を目撃していた。中居は会合の途中、慌てた様子で外に出ると、神妙な面持ちのまま携帯電話をかけていた。約20分間の会話の間に中居の表情はめまぐるしくかわり、ガッツポーズをしたかと思えば、悔しそうに壁を叩いたり、最後に電話の相手に深々とお辞儀をすると、鬼のような形相のまま会合に戻っていったのだ。

1月8日、中居は飲食店の前で長電話。時折ガッツポーズを見せた

 中居たちは田辺社長の説得にも応じず、このときもまだ飯島氏と共に独立の野心に燃えていたはずである。電話の相手は飯島氏か、それとも別の後ろ盾がいたのだろうか――。

 昨年12月12日、帝国劇場内にあるジャニー氏の部屋で、小杉氏と同社の役員、白波瀬傑氏、そして代表取締役のジャニー氏の3名が集まり「ジェイ・ドリーム」の役員会が行われたという。

「議題は、飯島さんの契約を満了とするか、役員再選とするかということでした。飯島さんは出席せず、私が電話をかけてやり取りしたのですが、彼女には残念だけど、飯島さんの経営方針はジャニーズ事務所の本社、及びオーナーの意に反している。だから解任するしかないと伝えました。彼女は『辞任にしてほしい』と言い、それを知ったジャニーさんは『そうだよね』と。それで1月12日のジェイ・ドリームの株主総会前に、飯島さんの辞任届を受理したことが報告された。それが翌13日の報道に繋がったのかもしれません。ここまで事態を混乱させてしまったのは、我々の責任でもある。これ以上、ファンや関係者の信頼を裏切るわけにはいきません。戻ってきたメンバーにとっても、どうすれば一番いいのかを考えることも重要だと考えています。ただ、4人はメリーさんに滅茶苦茶、怒られるだろうけど」

 小杉氏はこう言ってインタビューを締め括った。

 裏切りと屈伏――。ジャニーズ事務所の強大な力の前に、クーデターは儚くも鎮圧されたのだ。

source : 週刊文春 2016年1月28日号

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