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「食べられてでも一つになりたい」海に暮らす生き物のロマンに満ちた“生殖”行為

『〈オールカラー版〉魚はエロい』より #1

2020/11/02
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 海に暮らす生き物の生態はサンプルが少なく、まだまだ謎に包まれている。海に長年潜り続けている専門家ですら、たった一度しか出会えない不可解で面白い行動が多々あるという。

 ここでは、水中カメラマンとして四半世紀もの間さまざまな写真を撮り収めてきた著者瓜生和史氏による書籍『〈オールカラー版〉魚はエロい』より、人間から考えると“奇妙”とも思えるも、ロマンに満ちた“エロい”生殖行為について、紹介する。

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アナハゼのおかしな異名

 魚にはおかしな名前が付いているものがある。「ちんぽだし」、ある地方でアナハゼはこのように呼ばれている。なぜこのような名前が付いたかというと、見た目そのままにオスのペニスが目立つためだ。アナハゼは交尾をする魚でオスのペニスが大きく、20cmほどの体に2cmほどのモノが付いている。人間で例えると170cmの身長で17cmである。例えが微妙かもしれないが、とにかく目立つ。

オニアナハゼのオスの闘争、ペニスが目立つ ©瓜生和史

 アナハゼはハゼと名が付いているがハゼ科の魚ではなくカジカ科の魚だ。これは体型がハゼ科の魚類に似ているためで、本来アナハゼはアナカジカと呼ばれてもよいはずだ。そして「ハゼ」の語源は「ハセ」で陰茎の意味を持つ、つまりアナハゼのオスとは「陰茎の形をした魚に陰茎が付いている」ということになる。

オニアナハゼのペニス、先端に白い鉤がついている ©瓜生和史

 アナハゼのオスのペニスは第2次性徴で成熟すると肥大し目立ってくる。ペニスの形状は円筒形で先端が丸く、そこに鉤状(かぎなり)の突起が付いている。ペニスの先端に「返し」が付いているという点では人間と同じだが、人間の「返し」の役割については諸説様々で、その一つに自分の直前に入られた精子を掻き出すため、というのがある。これがアナハゼに当てはまるかどうかは分からない。ただ、アナハゼのペニスも交尾のときには伸長し、普段の大きさの2倍以上になる。人間に例えると軽くひざに達する。これがさらに魔物の触手のように曲がりくねる。

食べられてでも一つになりたい

 アナハゼの仲間はみな獰猛(どうもう)な肉食魚だ。若い頃は小さなアミの仲間や小魚を捕食する場面をよく見かけるが、成魚になると、自分と同じくらいの大きさの獲物を狙う。これは他種はもとより同種についてもいえることで、アナハゼの口の中からアナハゼの顔が出ているという状態を時折目撃する。

 なぜわざわざ自分と同じくらいの大きさの獲物を狙うのだろうか? アナハゼのオスは求愛時、メスの目の前で激しいダンスを踊ることがある。このとき、メスが空腹と気づかず小さなオスが近づくと、一瞬でメスに捕食されてしまうだろう。

 以前、体の小さなオスがメスに求愛していたが、そのメスの口の中からは他のアナハゼが顔を出し苦しそうにもがいていた。体の小さなオスは自分がそのメスに捕食される可能性がないことを知り、チャンスとばかり必死にメスにまとわりつき求愛していたが、メスは食べることに夢中で交尾には至らなかった。小さなオスはメスにより淘汰(とうた)される運命なのだろうか?