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「変異株でコロナ感染爆発。日本は英国の失敗をなぞっている」WHO事務局長上級顧問が緊急提言

「変異株でコロナ感染爆発。日本は英国の失敗をなぞっている」WHO事務局長上級顧問が緊急提言

今こそ「ゼロ・コロナ」への転換を

2021/01/07
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変異株への「基本戦略」

 具体的に見てみよう。感染症対策で最も大切な指標の一つは、感染者1人が、何人の感染者を生み出すかという感染性を示す指標だ(実効再生産数:R)。

 例えば、今の東京のように1000人の新規陽性者数を想定し、R=1.1、世代時間(最初の患者が感染してから、他の人に感染させるまでの期間)が平均6日、致命率(or致死率)を1%と仮定しよう。(※以下、「^」は累乗を表す記号。「1.1^5」=「1.1×1.1×1.1×1.1×1.1」の意)

 この中から1カ月後に予想される死亡者数は、16人と計算できる(1000×(1.1^5)×1%)。もし致命率(致死率)が50%増えるとどうなるだろうか。死亡者数は、当然ながら増加し、50%増の24人となる(1000×1.1^5×(1%×1.5))。一方で、感染性が50%増加した場合(実効再生産数が1.5倍になった場合)、死亡者数は122人へと急増してしまう(1000×(1.1×1.5)^5×1%)。(※なお、厳密に国際比較を行う際には、診断されていない感染者数も考慮した感染時致命確率〔IFR: Infected Fatality Risk〕という指標が用いられる)

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ロンドンでマスクをして歩く女性 ©iStock

 コロナの感染性が増えるということは、急速に感染拡大をするということであり、致死率が変わらなくても、重症者や死亡者が大幅に増えるということなのだ。だからこそ、コロナ対策は数と時間との戦いなのだ。しかも、通常のウイルスでは感染力が増すと致死率は低下する傾向があるが、コロナは発症前の感染(無症状感染)が多く、感染力が増しても致死率が低下しない可能性がある。

 変異株と言っても、対策の原則は変わらない。しかし、その基本を強化し、徹底的に行うことが不可欠である。マスク、手指衛生、3密対策の重要性は、相当程度国民に浸透しているが、これらの対策により100%感染経路が遮断されることを保証するものではない。今後日本がやるべきことは、緊急事態宣言で「感染経路を遮断」し、できるだけ感染者数を下げた後は、「感染源」の検査・追跡・隔離を拡大し、早期に「感染源」を摘みつつ自粛を回避し、「免疫をつけるため」にワクチンの普及を待つ、という基本戦略だ。「ゼロ・コロナ」に転換し、できるだけ早期に感染を抑え込むことで、重症や死亡を防ぎ、変異株の可能性を最小にし、自粛を回避しつつ経済を回すことが可能だ。

トップの行動が、国民の行動を変える

 年末年始の人の動きは、昨年春先の緊急事態宣言前後のように減ることはなかった。コロナ慣れ・自粛疲れで、残念ながら一番重要な国民の危機感が希薄化してしまっている。これは日本のみならず、世界的な傾向だ。昨年春の世界的第1波の際には、新型コロナウイルス感染症に関する知見は限られていたが、未曾有の事態に世界は危機感を共有していた。各国の市民は、自粛要請やロックダウンにできる限り従い、季節的な状況も追い風になり、比較的早期に乗り切ることが出来た。問題は、行動制限が解除された後の対応や政治状況だ。

 最前線の医療従事者の尽力、国民の危機意識により、自粛要請や緊急事態宣言は我が国で大きな効果をもたらし、想定されたよりも被害が少なかった。一方で、自粛要請等が解除されてからは、ある種の過度の「成功体験」により、危機を乗り切った安堵感も伴い、「緊急事態宣言は不要」「感染爆発などしない」「ファクターX」「コロナは風邪、インフルエンザより軽い」「集団免疫作戦でどんどん感染すれば良い」などの非科学的な言説が国民やメディアの間でまことしやかに広がってしまった。政治家が国民の不満や不安をできる限り解消したいという誘惑に抗うのは難しく、こうした耳触りの良い説には飛びついてしまうこともあるだろう。それが米国、英国そして日本でも起こった。

 しかし、今回の世界的第2波の経過を見れば、そうした楽観的な考え方が全くの誤りであったことが明らかであろう。政治化され、メディアショー化されたコロナへの対応のみが、国民の危機感を希薄化させ、行動制限の遵守を形骸化させた要因ではない。英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのファンクールト博士の分析では、そもそも、行動制限や自粛基準が複雑で一般の人には分かりにくいことが、行動変容の足かせになっている。

 また、英国の研究では、最初のロックダウンに比べて、富裕層の間でルールを守らない事例が増えているという。それは自分たちは郊外や海外に逃げることができたり、自分たちは特別だから大丈夫だという慢心の裏返しだ。その典型例が、ジョンソン首相の右腕を務めたドミニク・カミングス氏の行動だ。彼は、EU離脱の立役者で世論操作の天才だが、ロックダウンの最中に移動制限を遵守していなかったことが判明し、大きな批判を受けた。

菅首相自身も「ステーキ忘年会」出席で非難を浴びた ©時事通信社

 トップのルール破りは、国民の行動に大きな影響を与えた。世論は皆で耐え忍ぼうという風潮から、怒りに変わっていった。こうした、トップのルール破りが国民の行動に大きな影響を与えている。日本も全く同じだ。国民に様々な行動の自粛を求めるのであれば、重い責務を担っているという特別な事情があるにしても、積極的に範を示すべきだったと思われる。