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「オリンピックが開催できる状況ではない。その決定的理由とは」公衆衛生の第一人者が断言《渋谷健司氏緊急寄稿》

2021/05/25
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 開幕まで約2カ月と迫った東京オリンピック・パラリンピック——。はたして日本はIOCの判断に身を委ねていいのか。公衆衛生の第一人者で現在相馬市新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター長の渋谷健司氏は、「ワクチン接種も今のペースでは、到底間に合わない。逼迫している医療体制は、これ以上の感染拡大に対応することは難しい。五輪は中止すべきだ」と断言する。必読の緊急寄稿。(前後編の後編

コロナで一気に噴出した医療界「積年の矛盾」

 筆者が2017~19年に厚労省に設置された「医師の働き方改革に関する検討会」の副座長を務めたときに、特に、大学病院や急性期病院で働く医師の想像を絶する過酷な労働環境をなんとか変えようと多くの方々と努力を続けた。当時の日本医師会、各種団体、そして、厚労省も前向きに全力で頑張ってくれた。

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 働き方改革の機運も高まり、地域における病院機能の「選択と集中」による非効率性の是正、労務管理、臓器別でない総合診療医の育成、医師の仕事を看護師に委ねる“タスクシフト”、医療需要の是正、などの具体策を提案した。これらは働き方改革の観点から提案されたものであるが、今になってみればコロナ対応における我が国の医療体制の弱点を補正するものであったともいえる。

 しかし、この具体策の実現の前に、コロナ禍で一気に積年の矛盾が噴き出し、医療供給体制は一気に瓦解してしまった。しかも、「医師の働き方改革は先送りすべき」といった改革に逆行するような意見が、一部の政治家や日本医師会関係者から出ているという話を聞く。これは、日本の医療供給体制に死刑宣告をするようなものだ。

検体を車に乗ったまま採取する「ドライブスルー検査」の実地訓練 4月23日長崎市 ©️共同通信社

薬剤師にワクチンを打たせない「医療行為のタブー」

 ワクチン接種で、今最も必要なのはワクチンの打ち手の確保だ。新型コロナワクチンを打つための筋肉注射は、最低限の医学的知識は必要であろうが、少し訓練すれば医師でなくても対応可能な技術だ。では、なぜ、英国では日常的に行われているように、薬剤師はワクチンを接種することができないのだろうか。

渋谷健司氏

 注射の経験のない薬剤師でも、簡易な講習を受ければ十分に対応可能と考えられる。英国では当たり前のように以前から行われているし、我が国の薬剤師関係者の方に伺っても「講習での指導があれば対応できる」と言う方が多い。街の薬局で気軽にワクチンを打つことができればどんなに楽なことだろうか。かかりつけ医にとっても、通常の診療に加えてワクチン接種の希望者が押し寄せたら大変だ。

 しかし、医師法を盾にした日本医師会の反対でこうした医師以外の職種が医療行為を行うことはタブーとされてきたし、今も薬剤師はワクチンを打つことはできない。だが、今は有事だ。このような平時の発想では、国家的危機を乗り切ることは難しい。医師会は、政府や国民に様々な要望・要請を行うだけでなく、率先してこうした改革を政府や国民に提案すべきではないか。