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33年前の優勝争いの頃とは違う、オリックスの若手に力を与える指導者の言葉

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/09/26
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 5月以来、2度目の登場になる小川です。いよいよシーズンも大詰めですが、まだどんな決着が待っているのか、わからないですね。17日からのソフトバンク3連戦で3連勝。ゲーム差なしとして、一気にオリックスに流れが来たと見えました。僕も2戦目はテレビの解説で京セラドームにいましたが、お客さんの熱気にホームのアドバンテージをまざまざと感じる中、今年の戦いを支えてきた投手陣が改めて力を示しての3タテ。見応えのある素晴らしい戦いでした。

 しかし、その時でも、必ず最後までもつれる、と思っていました。優勝争いの相手はソフトバンク。これまで長くリーグを引っ張ってきたチームで経験も地力もあり、その上、残り試合数もオリックスより多い。両チームにとっての最終戦となる10月2日までもつれての決着。そんなラストも浮かんでいます。

 

129試合目でロッテに敗れ、優勝を逃したプロ1年目

 白熱のシーズンを見ながら時々プロ1年目、近鉄、西武との3球団により大混戦となったペナントレースを思い出すことがあります。130試合制の時代に3球団揃って129試合終了時に近鉄の優勝が決定。全日程が終わった時の近鉄とオリックスの差はわずか1厘、近鉄と3位西武の間も0.5ゲーム差、まさに球史に残る大熱戦でした。僕たちは129試合目でロッテに敗れ、計算上の可能性は残っていましたが、実質的にはそこでシーズンが終わりました。その試合後、上田監督から「ご苦労さん」と言葉をかけられたことは今も覚えています。それまではとにかく厳しかった監督からの労いの言葉に、これで1年が終わったんだ、と深く実感してジンときました。

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 当時のことを時折思い出していたところ、懐かしい記事にも出会いました。当時、球団がファンの人へ向け発刊していた「The Braves」というフリーペーパー(8P)をたまたま目にしたんです。オリックスは球団譲渡から最初の2年は、阪急時代の名称「ブレーブス」をチーム名に使用していました。だから「The Braves」のタイトルを見て、すぐにその頃のものとわかりましたが、見ると、1989年の8月号。オリックス初年度のまさに激しいペナントレースを戦ったあのシーズン中のものでした。

 カラーの表紙にはベテランファンの方なら覚えているでしょう、当時在籍の外国人サウスポーホフマン。ページをめくると門田さんとブーマーの記事があり、そして、なんと裏表紙には僕と中嶋……監督、先輩外野手南牟礼さんによる座談会も。

 いやあ、懐かしかったですねえ。とにかく、わっかい!(笑)思わずこの頃に戻りたい!と口走っていましたが、当時のまま呼ばせてもらうと、中嶋もメチャクチャ若い。今や監督の貴重な写真、ファンの人も必見でしょう。僕はこの時、高校から社会人のプリンスホテルを経て入団の1年目、中嶋は高校からプロに入って3年目。年齢的には僕が2つ上で、中嶋はキャッチャーとしてこの年からレギュラー。僕もショートのレギュラーで使ってもらって、打順も中嶋8番、僕が9番でした。

©小川博文

褒められることもアドバイスも送られることもなかったあの頃

 機関紙は8月号とあるので7月あたりに取材があったのでしょう。あの年のオリックスは開幕から7連勝で飛び出し首位を独走。それが夏場から一気に調子を落とし、以降は3チームによる大混戦。まだこの取材の頃は余裕のある顔をしていますが、本音はクタクタだったと思います。

 僕も1年目でとにかく毎日必死。野球のこと以外思い出せないですね。終盤の負けられない戦いが続く中では、寝る、食べる以外は、ひたすら野球。自分のワンプレーで試合の勝ち負けが決まるかもしれない、ペナントレースの行方が決まるかもしれない。その重圧に、周りを見れば、サードに松永さん、セカンドに福良さん、レフトには門田さんや石嶺さんがいて、ピッチャーにも大ベテランのヨシさん(佐藤)や今井さん……。思い出すだけで当時のピリピリとした空気が蘇ってきます。あの頃はCSもなく、優勝できなければ2位も6位も一緒という時代。1つの勝ち、1つの負けによってまさに天国と地獄でした。

 肉体的にもしんどかったですけど何より精神面がきつかった。今とはプロ野球を取り巻く環境も社会の空気も何もかも違っていましたし。もちろん、勝負の世界、プロの世界はいつの時代も厳しいですが、当時はまだ昭和の“当たり前”がいいも悪いもあちこちで続いていた時代。

 打ったからといって褒めてくれるわけでもなく、ミスをしたからといってアドバイスや改善点を丁寧に教えてくれるわけでもない。もちろん、励ましてなんてくれません。グラウンドで少しでも笑い声が上がると、歯を見せるな! とすぐに声が飛んできた。試合が終わってからも、新人は風呂に入るのも最後にしか入れない雰囲気で、帰るのはいつも最後。ひたすらグラブやスパイクを磨いていました。

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