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《ビル・ゲイツが広大な農地を買い占める訳》…なぜグローバル企業は食と農にビジネスチャンスを見出したのか

《ビル・ゲイツが広大な農地を買い占める訳》…なぜグローバル企業は食と農にビジネスチャンスを見出したのか

堤未果✕内田樹対談♯1

2023/04/29

source : ライフスタイル出版

genre : ニュース, 社会, 経済

note

電気、ガス、水道などは政治や経済とリンクさせてはいけない

内田 生きるのに必要不可欠な環境資源は公共のものであって、本来個人や私企業が所有してはならないんです。宇沢弘文先生が「社会的共通資本」と呼ぶもの、海洋、大気、土壌、森林といった自然資源、上下水道や電気、ガスや交通網や通信網といった社会的インフラ、医療、教育、司法といった制度資本。これらの公共性の高いものは個人が占有したり、企業が営利目的で運用したりしてはならない。

 

 宇沢先生はシカゴ大学にいらした時に、そういう営利活動をどこまでも自由にさせよという新自由主義の父、ミルトン・フリードマンを痛烈に批判していましたね。「社会的共通資本」というあの理論が今改めて注目されているのも、モノの価値をお金でしか測らない経済が限界に来ていることを、実感として感じる人が増えたからだと思います。

内田 経済活動は複雑系ですから、わずかな入力変化で、出力が激変します。経済活動というのは「そういうもの」なんだから、それでいいんです。けれども、社会的共通資本は人間が集団的に生きるために必須のものですから、どんな場合も安定的に管理運用されなくてはならない。それこそ天変地異が起きようとも、戦争が起きようとも、クーデタが起きようとも、恐慌が起きようとも……そのせいで水が飲めないとか、電気が通じないとか、病院が閉じるとかいうことが「できるだけ起きないように」社会的共通資本は管理されなければならない。

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 だから、社会的共通資本の管理運営は専門家が専門的知見に基づいて行うべきもので、政治や経済とリンクしてはいけないんです。複雑系にリンクさせてはいけない。政権交代したら電車が止まったとか、株価が下がったら学校が閉鎖されたとかいうことは決してあってはならない。

 ですから、個人や企業が農地を大量所有したりとか、水資源を買い占めたりとか、ライフラインを営利目的で管理したりとか……そういうことは本来しちゃいけないことなんです。

 はい、本当にそう思います。その、「しちゃいけない」という線引きをどこでするかというのが重要ですよね。

 政治と経済にリンクさせないとすると、「公共資産」として政治が決定し、法の力で守るしかありません。例えば、先ほどの、ビル・ゲイツの例で言うと、彼がノースダコタ州で大規模な土地購入をしたとき、州の当局から待ったがかかりました。ここは農地という共同資産と地元の家族農家を守るために企業の農地購入を禁止する法律があるからです。最終的にはビル・ゲイツ側が巧妙に抜け穴を潜って購入してしまいましたが、それでもかなり手こずったのを見て、守るためには法で規制をかけてゆくしかないんだな、と改めて気づかされました。

内田 経済学者の水野和夫さんによると、僕たちの今の日常生活のニーズに対して商品サービスを提供しているだけだと、資本主義はどこかで成長を止めてしまうそうです。もう新たに売るものも買うものもなくなってしまう。必要なものがだいたい手に入ったら、あとは買い替え需要しかなくなる。資本主義はそれでは困る。何とかして新たな需要を作り出したい。そうなると最後は「それなしでは人間が生きてゆけないもの」を商品化するようになる。グローバル企業が食と農に手を出してきたのは、そういう資本主義末期の文脈の中の出来事だと思います。

 食べ物は「それなしでは生きてゆけないもの」です。そこを企業が抑えてしまえば、金儲けし放題です。今、水道事業の民営化が進んでいますけれど、それもこれも社会的共通資本に企業が手を出してきたということだと思います。