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宮崎駿による「アニメーターの引き抜き」も…『君たちはどう生きるか』に感じた『エヴァ』との“不思議な共通点”

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2023/09/08
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「創造的人生の持ち時間は10年だ」と『風立ちぬ』の中でカプローニは主人公に不気味に予言する。それは数十年も第一線にいる宮崎駿の「自分はもう老いた」という言及にも見えた。その『風立ちぬ』からさらに経過した晩年の10年、その時間が宮崎駿をどう変えているのか、予想がつかないままだった。

 もともと80歳近くまで映画を撮ることは、選ばれた天才にしかできないことだ。ほとんどの映画監督は60〜70歳、いやもっと早くに商業映画の最前線から否応なく脱落せざるを得なくなる。だがその資本主義の残酷なシステムによって、多くの作家は結果的に、自分の能力が完全に衰え切る前に、観客の前から去ることができる。スポーツ選手がそうであるように。

『風立ちぬ』では、イタリアの航空技師・カプローニが堀越二郎に「創造的人生の持ち時間は10年だ」と語り掛ける ©2013 Studio Ghibli・NDHDMTK

鈴木敏夫の「前代未聞の手法」

 しかし、宮崎駿の映画は、作る前から巨大な収益が見込まれ、初日から待ちに待った観客が日本中の劇場に押し寄せることが約束されている。作れば必ず公開され、多くの観客が見るからこそ、『君たちはどう生きるか』を見ながら、これがあの宮崎駿の作品なのか、と嘆息することになるのではないか。そうした危惧は、「まったく事前の宣伝をしない」「予告編含め、映画の内容や画像を明かさない」という鈴木敏夫プロデューサーの大型商業映画として前代未聞の手法によってさらに深まった。

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 鈴木敏夫といえば、宮崎駿初のオリジナル作品である『風の谷のナウシカ』を劇場映画化する企画を通す時、徳間書店の企画会議で5万部しか売れていない原作の売り上げを問われ「5~10万部売れています」と涼しい顔で答え、「50万部」と上司たちに勘違いさせて企画を通した伝説が知られる。

プロデューサーの鈴木敏夫はその手腕によって、宮崎駿を国民的監督に押し上げた ©文藝春秋

 電通と博報堂という二大広告代理店を手玉に取るように競わせて宮崎駿を国民的監督に押し上げた彼が一切の宣伝を打たないのは、予告編や内容を事前に出せば観客が離れてしまうような出来だからではないのか。前日まで一般試写すらないままの秘密主義にそんな疑念さえあった。

 だが公開されてみれば、それらの不安がすべて杞憂、邪推であったことを恥じつつ、嬉しく思うしかない見事な出来だった。吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』からは大きく離れているものの(エンドロールの中で同著は原作とすら書かれておらず、原作・脚本・監督 宮崎駿となっている)、軍需産業の飛行機会社を経営する父を持つ少年の内面の物語、これまで言葉少なに語ってきた宮崎駿の個人史を明かすような、見事な宮崎アニメがそこにあった。

『エヴァンゲリオン』との共通点

 これはまるで宮崎駿版の『エヴァンゲリオン』のようだ、と映画を見ながら感じた。圧倒的な権威で軍事企業のトップに君臨する父。失われた母の面影と、その母の化身であることが隠された少女。世界と自分に対して鬱屈を抱えた少年。庵野秀明が25年かけて完結させた「私小説」である『新世紀エヴァンゲリオン』と、宮崎駿の自伝的作品である『君たちはどう生きるか』は、奇妙なことに似通った構造を持っている。