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もう負けるのはいやだ。負けるのはつまらない。13連敗で止まった暑い夏の夜

文春野球コラム 日本シリーズ2023

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作戦通り行かなかったおかげで棚ぼたの2点が転がり込んできた

 動きがあったのは5回表、ファイターズの攻撃だ。びっくりしたことに2点先制してしまった。その展開がいかにも連敗中の「うまく行ってないチーム」だ。録画を見ていて笑ってしまった。先頭のマルティネスが出塁するのだ。これが死球。荘司の球が抜けてマルティネスの胸元へ行った。マルティネスは打ちに行って止まる。その際、グリップエンドに当たって、カンッという音を残し遠くへ弾んだ。マルティネスは左手を示し、顔をしかめる。グリップエンドだけでなく、握った手の一部に当たったらしい。球審は死球判定をするが、すぐに楽天・石井一久監督からリクエストが入る。往年の達川光男さんなら認められなかったかもしれない。その点、マルティネスは芝居のできない男だ。当たったから当たったと主張する。リクエストの結果は死球。ファイターズは無死のランナーを出すことになる。

 無死一塁。バッターはシーズン途中、BC茨城からやってきたアレン・ハンソンだ。左打席でバントの構えをした。ベンチの作戦は「送りバントで走者を進める」。ただこの元大リーガーはあまりバントの経験がなさそうだった。構えが低すぎる。どう見ても無理っぽい。案の定、2度失敗して追い込まれてしまった。やってる野球がちぐはぐすぎる。ハンソンは仕方なくヒッティングに切り替えるが、この打席、振ってないからタイミングが合わない。ファウルするのがやっと。と思ったら……。

 大振りしてライトスタンドへ4号2ランを叩き込んだ。

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 作戦通り行かなかったおかげで棚ぼたの2点が転がり込んできた。これがチーム初ヒット。ベンチはみんな「ええー」みたいな顔をしている。いいですハンソン。むっちゃくちゃ嬉しそうにダイヤモンドを一周してきた。

 荘司はまとまらない顔をしていた。ここまでは圧巻のピッチング。そしたらなんか「得体の知れない死球」と「得体の知れないホームラン」をかまされた。両軍ベンチ含め、その場に居合わせた全員が考えもしなかった展開だ。野球は筋書きのないドラマというけれど、筋書きがなさすぎる。ハンソンのホームランから学ぶ教訓も特になさそうだ。「出会いがしらに気をつけよう」程度。そして、気をつけないでいきなり出くわすから「出会いがしら」だ。気をつけたら既に「出会いがしら」ではない。

 大変だ。あんなに勝てなかったチームが勝ちそうになった。上原は6回を散発4安打無失点にまとめ、勝ちパターン継投につなぐ。河野竜生→池田隆英→田中正義で逃げ切りだ。行けるぞ、ソフトバンクに続いて連敗脱出だ。スポーツ新聞に「いいですハンソン!」の見出しが躍る?

 躍らないのだった。池田が鈴木大地に2ランを浴びた。ゲームは2対2の振出しに戻る。あぁ、やっぱりそうかと思ってしまう。情けない話だが、負け癖のついたチームってそういうもんだ。終盤追い着かれ、逆転されて、やっぱりそうかと思う。そうでしょう、わかってましたよと思う。7月26日の夜、暑い暑い夜をありありと思い出した。負けて負けて負けて負けて、昨日も負けて、今日も負けるのかと思った。

こんなに勝つのは難しくて、こんなに嬉しいんだ

 読者はえのきどはファイターズ愛だと言う。暗黒時代から応援してきて、どんなに弱くてもチームを見放さないと言う。そうだ、見放しはしないだろう。自分が自分を見放さないのと同じ。だけど、負け慣れてて、どんなに負けたって達観しているだろうと思われたら心外だ。大型連敗の間、僕の心はトンネルに閉ざされたようだった。

 もう負けすぎて負けるのがいやだ。負けるのはつまらない。

 9回表、1死から松本剛が左中間へ2ベースヒット。マウンドには左腕の鈴木翔天。続く清宮幸太郎はライト前へ強烈なヒット。が、当たりが良すぎたのか代走江越大賀は3塁ストップ。1死1、3塁で4番、万波中正。

 もう負けすぎて負けるのがいやだ。負けるのはつまらない。

 もう負けすぎて負けるのがいやだ。負けるのはつまらない。

 楽天マウンドには鈴木翔に代わって安樂智大。内野は中間守備。万波はユニフォームで顔をぬぐい、打席の位置決めをして、顔を上げバットを肩にかついで、ゆっくりこちらを向く。第1球は148キロの外角ストレート、ストライク。2球目はそれより低めに決まる、147キロ、ストライク2。

 追い込まれてしまった。楽天バッテリーは三振を狙っている。万波は先発荘司のスライダーにクルクル回されていた。それが頭にあると踏んで、逆にストレートで追い込んできた。万波は打席で何度もうなずく。

 3球目は外角スライダー。万波はかろうじてカットする。そうだ、安樂はもうストライクを投じる必要がない。4球目、外角スライダーはボール。

 ちくしょう、もう負けすぎて負けるのがいやだ。負けるのはつまらない。

 5球目、またもスライダーだった。万波は体勢を崩され引っ掛ける。勢いのないゴロが三遊間に転がる。3塁ランナー、江越はゴロゴーで突っ込む。ゴロはショート村林一輝が捕れず、阿部寿樹が押さえたがどこへも投げられない。飛んだコースがよかった。完全に打ち取られた当たりの決勝点。3対2。

万波中正

 9回裏、田中正義が三者凡退に締めくくり、ファイターズは7月4日以来の勝利を掴んだ。敵地での連敗脱出だったから何も派手なことはない。万波がマイクを向けられ、「何とか1勝できてホントによかった」と語った程度。ぜんぜん強い勝ち方ではない。バント失敗で飛び出したホームラン。逃げ切れず喫した同点ホームラン。読みを外され、かろうじて引っ掛けた決勝点。ぜんぜんスカッとしない。ただホッとするのみ。

 だけど、泣けてきた。7月の暑い夜もじんわり泣けて、見返したときも泣けてきた。ファイターズ勝ってくれたよ。万波、ぶさいくな内野安打だけど決めてくれた。こんなに勝つのは難しくて、こんなに嬉しいんだ。ファイターズ、強くなれ。強くなってくれ。何度だって言うよ。もう負けすぎて負けるのがいやだ。負けるのはつまらない。

追記 10月30日、ファイターズはジェームス・マーベル、アリスメンディ・アルカンタラ、アレン・ハンソン、3選手の退団を発表した。僕らは2023年の13連敗ストップは「ハンソンが2回送りバントを失敗して、ホームランを打った」おかげでもあると語り継ごう。

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