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アキ・カウリスマキらしい堅牢さも遊びも健在! 6年ぶりの復帰作『枯れ葉』は孤独な男女のラブストーリー

2023/12/28

source : 週刊文春CINEMA 2023冬号

genre : エンタメ, 映画

note

 トラムとかLRTとか呼ぶよりも、市電と呼びたい。

 アキ・カウリスマキの新作『枯れ葉』(23年)に出てくるヘルシンキの路面電車を見て、私はそう思った。

 輪郭こそややモダンになったものの、緑とクリーム色に塗り分けられた車体は、『浮き雲』(96年)で眼に馴染んだあの市電と大差ない。

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 赤電車や青電車などという言葉も、つい思い出す。昔の終電には赤いランプが、最終一本前の電車には青いランプが灯されていたものだ。ヘルシンキの市電も、やはりそうだったのだろうか。

自宅に招いたホラッパにアンサは料理をふるまう © Sputnik

孤独で、無口で、笑顔も少ない女

『枯れ葉』の主人公アンサ(アルマ・ポウスティ)は、そんな市電に乗ってスーパーマーケットに通勤している。

 職場は「蛍光灯の牢獄」を思わせる空間だ。赤い上っ張りを着たアンサは、賞味期限を確かめながら、無表情に棚の食品を入れ替えている。その様子を、小太りの警備員がじっと見つめている。監視する眼だ。

 更衣室で水色のコートに着替えたアンサは、市電の停留所へ向かう。電車を降りたあとは、歩いて通り沿いのアパートへ帰宅し、鍵を開ける。家具は少ない。ダイヤルで選局する旧式のラジオが、ロシアのウクライナ侵攻を伝える(戦争の報道は、繰り返し画面から聞こえてくる)。

スーパーマーケットで働いていたアンサ © Sputnik

 アンサの日常はこんな風にスケッチされる。中年に手の届きそうな齢で、質素なひとり暮らしをしている女。孤独で、無口で、笑顔も少ない。華やいだ雰囲気はない。