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この春、池井戸潤作品が熱い――花咲舞の物語、東京第一銀行の物語

この春、池井戸潤作品が熱い――花咲舞の物語、東京第一銀行の物語

TVドラマ化『花咲舞が黙ってない』解説 #1

2024/04/11
note

もう一つの大きな物語

 本書は東京第一銀行を主人公とする物語でもある。過去の不適切な行為の積み重ねと、その問題への不適切な対応の積み重ねによって歪みきった東京第一銀行が、巨額の赤字によっていよいよ追い込まれた際、いかに振る舞うか。それを読ませる作品でもあるのだ。

 そこにはトップダウンの取り組みもあれば、花咲舞たちのボトムアップの改善もある。いずれも推進は容易ではないし、上層部と現場でベクトルが一致するとも限らない。それでも座して死を待つのではなく、行動する人々がここにいる。誰の判断や手段を支持するかは読み手次第だろうが、前述のように、その判断や手段にはその人の人生が投影されており、それぞれに懸命である。

 それらの登場人物のなかで特に注目して戴きたいのが、企画部長として昇仙峡玲子を操る紀本平八だ(『不祥事』に神戸支店の副支店長として紀本肇なる人物が登場しているが、それとは別人で無関係)。彼は、この『花咲舞が黙ってない』とほぼ同時に文庫版が書店に並び始める『銀翼のイカロス』という《半沢直樹》シリーズ第四弾にも顔を出している。本書と『銀翼のイカロス』をあわせて読むと、紀本というバンカーの約二十年が見えてくるのだ。彼の生き方を、半沢直樹の勤める東京中央銀行の中野渡頭取や、あるいは、紀本の上役であり、花咲舞や相馬たちの東京第一銀行のトップでもある牧野治頭取などのバンカー人生と比較してみるのも一興。ちなみに作中の時代設定としては、本書の方が過去を描いているが、『銀翼のイカロス』を先に読んでも愉しみは些かも減じられないのでご安心を。

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 この『花咲舞が黙ってない』は、現時点では、さらなる続篇が書かれる予定はないそうだ。少々寂しくもあるが、それはそれとして、十三年ぶりの新刊として書店に並ぶことは、まずなにより喜ばしい。その内容が圧倒的に充実したものであったから、喜びはなおさらだ。

2017年9月

(むらかみ・たかし 書評家)

花咲舞が黙ってない (中公文庫 い 125-1)

花咲舞が黙ってない (中公文庫 い 125-1)

池井戸 潤

中央公論新社

2017年9月5日 発売

この春、池井戸潤作品が熱い――花咲舞の物語、東京第一銀行の物語

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