小泉 プーチンの頭の中は外部からはわからないので、さまざまな情報から推測するしかないのですが、最終的にはわからないですよね。プーチン自身だって、もしかしたら命令するまで決めていなかった可能性もあります。ですから、わからないということを大前提として、他の要素を見て、客観的な状況を把握するということを考えなければなりません。
たとえばロシア軍の動向です。当時、ロシア軍は実際に命令が下されれば大規模な侵攻が可能な準備を進めていました。2019年、ゲラシモフ参謀総長は、ロシア軍に136個大隊戦術グループ(BTG)があると述べています。そして開戦直前の段階には、ウクライナ国境周辺に125個が集結していたというのがアメリカの情報機関の評価でした。戦闘に投入できる高練度部隊を全軍からかき集めたのでしょう。実際、日本に近い極東ロシアからも、かなりの部隊がウクライナに展開しました。
多少規模が大きい演習、というだけでは説明しにくいレベルの準備です。戦争を始めるには “意図”と“能力”が必要ですが、推測が困難な“意図”をいったん保留し、“能力”のほうに着目すれば、侵攻の可能性はそれなりにあるということになります。ただし、“意図”が不明ですから、ロシア軍は侵攻するかしないかという問いには、答えは「わからない」になります。
プーチンの“意図”で全てが決まる
黒井 私はどちらかと言うと、プーチンの“意図”に注目しました。ロシアはプーチンの考えがすべてで、それでなんでも決まります。ロシアの国益にとって合理的か否かとか、勝てるか否かとかいうことよりも、個人的な意地やメンツなども含めたプーチン個人の意図ですべて決められる。そこで考えたのは、もちろん最終的にはわからないのですが、プーチンの意図を過去の彼の行動パターンから分析して、可能性の高さの順位を検討し、推測してみるということです。
プーチンは、外部から見てわかりやすい部分があります。他の独裁国の指導者よりも圧倒的に頻繁に公開の場に登場し、自分の言葉で発言するからです。そして、自分の言葉に非常にこだわります。後から「以前と言っていることが違うじゃないか」などとツッコまれないように、気をつけて発言するのですね。
かつてクリミアを取った際にロシア軍特殊部隊を送り込んだことを当初否定して見せたり、2015年にシリアで空爆作戦を準備していながら「ロシア軍など送っていない」と噓をついたりしていますが、プーチン側からすれば、あれは敵を攪乱する欺瞞工作の一種にすぎないということでもあります。
そういうことではない時、たとえばロシア国民から「我々を騙したな」と断罪されるかもしれないような言い方は慎重に避けます。そして、自分が弱腰と受け取られかねない方向性の決断はしません。
