ウクライナ全土への攻撃か? 東部への攻撃か?

黒井 そんなプーチンの特徴から検討すると、2021年10月以降は「侵攻する」との明言は回避しつつも、具体的な条件の提示に踏み込んできています。プーチン自身の発言の内容がどんどん「ここで引いたら沽券に関わる」という状況になっていくのですね。ですから可能性の順位としては、米国とウクライナが全面的に屈服するような妥協を示さないかぎり、「侵攻する」が十分にトップに来ると考えました。もちろんプーチン自身も最後まで決めていなかったかもしれませんし、個人の考えはわからないのですが、可能性の順位として。

小泉 どこを見るかですよね。黒井さんは人間プーチンにかなり注目の度合いが高い。それに比べて私は広義の政治学者なので、政治的な機関としての大統領プーチンを見がちです。おそらくどちらが前面に出てくるかは、場面によって変わると思います。

黒井 どちらかだけ、ということではないですよね。どちらもありますが、その比重の評価ですね。私は公安機関的な手法を参考にしているので、プーチンに限らず国際政治の分析でキーマン本人の個性と人間関係の分析を重視する立場です。ライターとして記事を発表するうえでの、自分なりの“視点”みたいなものですが。

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小泉 政治的な機関としての大統領プーチンを見た場合、たしかに彼の顔を立てるということもあると思いますけど、もう少し国家性が前面に出るのだろうという見方を私はしていました。

小泉悠氏

 侵攻前の駆け引きの時期に、プーチンはいろいろなことを発言していたのですが、やはり国家の大統領としてどうするかということをはっきり明言していなかったので、その状況下で、侵攻するか否かはわかりません。言えることは唯一、かなり幅広い軍事作戦の準備をしているということです。

 そして、仮に侵攻するとしても、ウクライナ東部での作戦になると見ていました。当時、ミンスク合意という国際的な合意が焦点になっていて、ロシア側からもミンスク合意履行の話が大きく出ていました。大規模侵攻した場合にロシアが被るであろう経済的損失や、いろいろな現実的なことを考えたら、仮に侵攻するにしても、当分は東部での限定作戦だろうなと推測しました。

 ところが、2月15日にロシア下院が東部2州の独立をロシア政府に承認要請する決議を採択し、同21日にロシア政府が承認します。これによってミンスク合意の前提を全部ぶっ壊したわけで、かなり大規模なことをやる可能性が高くなったと見方を変えました。つまり、侵攻するとすれば、いきなりキーウ攻撃などの全面的な侵攻になるのではないかということです。