小泉 プーチンはあからさまな噓をつくこともあるのですが、プーチンの言うことをただ「噓だ」と切り捨てるべきでもないと思います。プーチンなりロシア政府から発信されてくる情報には、彼らの世界観とか、「そうであってほしい」という願望とか、西側に認識してほしいナラティブとかが濃厚に反映されています。もちろん正しい事実が含まれていることも少なくない。これを分析しない手はないと思いますね。
黒井 ロシア側は欺瞞の情報が多いので、つい軽視しがちになるのですが、そこに“使える情報”もあるということですね。
リアルタイムの状況把握の難しさ
小泉 ただ、ロシア軍は開戦前に欺瞞作戦もやっています。東部にロシア軍の配置を増強し、そこが主攻方面と思わせる動きがありました。
黒井 実際、東部で自作自演テロもやっていますね。
小泉 そうした欺瞞にウクライナ軍も騙され、主力部隊を東部に移してしまった。ロシア軍の侵攻時には、首都がかなりガラ空きになっていたのです。しかも、ほとんどの守備隊が予備役で構成された地域防衛旅団でした。なので、ロシア軍側は、これは容易に制圧できるなと思ったでしょう。
ところが、意外とこの地域の防衛旅団が頑張った。彼らは訓練部隊から重砲を引っ張り出してきて、2週間連続砲撃を行って、これで戦線を支え切ったわけです。ロシア軍側の作戦が杜撰だったこともありましたが。
黒井 ロシア側は「ウクライナ軍にさほど抵抗意思はなく、容易に制圧できる」と事前に考えていたので、甘く見たということですね。それにしても、この初戦でキーウ近郊のアントノフ空港を取られなかったのが大きかったです。空港を取られていたら、戦局は大きく違っていたでしょう。
小泉 ヘリボーン(編注:ヘリコプターによる地上部隊の輸送、展開戦術)でいったん取られるのですが、ウクライナ側がその前に自分たちで滑走路を破壊していたのですね。あれでロシア軍の輸送機が着陸できなくなった。あれが戦略的に、この戦争の先行きを決めたと思います。
黒井 もしも滑走路破壊できなくて、ロシア軍に飛行場を取られて、輸送機で戦力をどんどん投入されていたら、ロシア軍の攻勢は止められなかったかもしれません。
小泉 おそらくキーウは陥落していたでしょう。
黒井 ところで、この初戦の時期は、ロシア軍もウクライナ軍の動きを読めていませんでしたが、外部の我々も戦局の推移についての情報を得るのがたいへん難しかったですね。ウクライナ軍の砲兵が食い止めたとか、滑走路を破壊して増援を食い止めたとかいうことが、リアルタイムではわからなかったわけです。
小泉 ちょっと後になるとわかるのですけど、本当のリアルタイムではわかりません。だから飛行場がヘリボーンでやられたのに、なぜ首都の市内に攻めてこないのかというのは当時はわかりませんでした。
それと、ベラルーシ側から南下してくるロシア軍が、何十キロにも隊列が伸びた状態で長期間停止した。あれも、南下していく攻撃部隊が作戦上で待機しているのか否かがわからない。後になって“輸送が滞って、スタックして動けなくなっていた”ということがわかったのですが、リアルタイムではわからなかったですよね。
黒井 戦いが長引いたので、だんだんと情報の取り方、情報源の選別の仕方もわかってきましたが、初戦の頃は本当にわからなかったです。イギリス国防省が適当な情報を出してきたりもして、最初の頃の戦局情報の取り方、読み方が本当に難しかったです。
