現在、国際的に大問題になっている太子集団(プリンス・グループ)という中国系の大財閥をご存じだろうか。カンボジアは2010年代に入ってから中国人の進出が激しく、外部の目には国がなかば乗っ取られているようにさえ見えるのだが、そんな「中国による国家乗っ取り」を象徴する存在が太子集団だ。

 彼らはわずか10年前にカンボジアに登場した不動産コングロマリットで、いまや「カンボジアでは5本の指に入る大企業」(現地在住者)。事実、銀行、高級ホテル、カジノ、航空会社、ショッピングモール、ビール酒造、在住中国人向けフードデリバリーアプリ……と、傘下の企業も含めるとその業務内容は多岐に及ぶ。

カンボジア南部のリゾート地シアヌークビルにある太子集団傘下企業の豪華ホテル内部のカジノ。体育館並みの敷地の壁片面を占める巨大水槽と、ゴージャスな設備のなか、ガラの悪そうな中国人男性たちが賭博に興じていた。筆者撮影。

 経営者は福建省連江県出身の(チェン)(ヂー)(ヴィンセント・チェン)という38歳の青年だ。カンボジア国籍の中国人(バヌアツ、キプロスなど他にも複数国の国籍を保有)で、同国の独裁者フン・セン上院議長や、その息子のフン・マネット現首相の顧問。さらにカンボジア王国の公爵位を得ているというVIPである。

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 かねてより陳志については、サメをペットにしていたりプライベート・ジェットやピカソの絵画を保有していたりと、漫画に出てくる大富豪さながらの暮らしが伝えられてきた。だが、若くしての成功の理由と資金源はながらく謎であった──。ところが、今年10月から「答え合わせ」が進んでいる。

東南アジア各国で“特殊詐欺拠点”を運営

 10月16日、アメリカ財務省は「プリンス・グループ国際犯罪組織」に関連する幹部および団体ら146人を対象とした在米資産凍結などの制裁と、12万7271BTC(ビットコイン。約2兆1600億円相当)という巨額の資産の没収を発表した。制裁の理由は、近ごろ日本でも深刻化している特殊詐欺拠点をすくなくとも10か所運営していたことと、その拠点内での奴隷的強制労働・拷問・殺人、さらにマネーロンダリングである。

 特殊詐欺拠点の中国語での通称は「園区(ユエンチュイ)」(詐欺パーク)。ミャンマーやカンボジアなどの東南アジア各国に建設された中国系工業団地内に、数十もの詐欺グループを入居させて、ロマンス詐欺や投資詐欺、オンラインカジノ詐欺などをおこなわせる中華暗黒世界の裏ビジネスである。今年に入り、そこで働く日本人の逮捕もしばしば報じられている。

カンボジア西部ポイペトにある「園区」の実例(なおこの施設は太子集団とは無関係)。出入り口は厳重に封鎖され、逃亡を図ると拷問される。対日詐欺に従事する日本人チームが存在する場合も。筆者撮影。

「太子集団が園区経営に手を染めていることは、制裁以前からカンボジアでは暗黙の了解でした。詐欺や施設運営のノウハウを教えるなどして影響下にある園区は、10か所どころか数十か所はあるでしょう。表向きは太子集団と関係がない園区の従業員たちが、なぜか同社のキーカードを持って『職場』に出入りしている映像も見たことがあります」

 現地在住の日本人の一人はそう話す。米財務省の発表では、2024年だけで少なくとも100億ドルが東南アジア拠点の詐欺組織によって失われ、太子集団系の園区によるものがそのうち相当な割合を占めるという。