すなわち、陳志は人民解放軍の汚職マネーの資産管理と資金洗浄をやっていたというわけだ。ちなみに人民解放軍は、今年に入り党中央軍事委員会の何衛東副主席ら軍高官9人が汚職で粛清されるなど、腐敗が極めて深刻である。
カンボジア在住の別の中国人ジャーナリストに尋ねてみても、太子集団が中国本国のいずれかの特権層(革命幹部の子弟である紅二代や軍部など)と結びついていることは、現地の中国人の間ではなかば常識だという。
「人民解放軍」や「習派の福建グループ」と具体名を挙げて言い切れるかは別として、太子集団が中国の体制内の誰かのカネをベースとして発足し、詐欺園区とマネロンによってそのカネを増やしてきたことはおそらく間違いない。
中国政府が沈黙をつらぬく背景
ちなみに香港メディア『香港01』ほかによると、今回のアメリカの制裁で没収された太子集団の巨額のビットコインとほぼ同額が、5年前の2020年12月にハッカーによって陳志個人の口座から盗まれていたという。通常、金銭目的のハッカーは奪ったビットコインをすぐに別の口座に動かすが、この事件の実行者は奪ったカネをほぼ動かしていない(1度だけアドレスが動き、「米国政府保有」に変わったという)。
すなわち、アメリカ政府はおそらくホワイトハッカーのハッキングを用いて陳志のビットコインを奪い、今回の財務省報告書でその資金を「没収」したと発表したとみられる。アメリカがここまで過激な手段を辞さないのも、中国との水面下での戦いや駆け引きの結果。政治的な事情を勘ぐりたくなるところだ。
ちなみに中国政府は自国にかかわる事柄にもかかわらず、太子集団に対する国際制裁について、これまでほぼ声明を出していない。ヘタに言及して墓穴を掘ることを恐れているのかもしれない。
実は日本にも関連会社が…
ほか、米財務省は同じレポートのなかで、カンボジアにある中国系の金融企業・匯旺(フイワン)も名指しで制裁対象に加え、米国の金融システムとの切り離しを発表している。同社は北朝鮮のサイバー窃盗や仮想通貨投資詐欺の資金洗浄をおこなっていたとされ、2021年8月から今年1月までに40億ドル以上のマネロン(うち約3700万ドルは北朝鮮がらみ)を手がけたと指摘されている。
この匯旺も、カンボジア本国ではQRコード決済やATMを展開している巨大な中華系金融企業だ。ロイターによれば、フン・マネット首相のいとこが同社の取締役に加わっていたとされ、太子集団と同じくカンボジア政府の支配層とはズブズブ。太子集団と合わせて、カンボジアの「国家乗っ取り」をおこないかけていた謎の中華系企業と考えていい。
太子集団や匯旺は、それぞれ日本国内にも関連会社や事業所が確認されている。日本人の協力者がいる可能性は高い。だが、台湾や韓国など近隣諸国で捜査網が敷かれるなかで、日本の警察当局は現時点で彼らに対して「無風」だ。
特殊詐欺拠点で働く日本人が続々と現地で逮捕・拘束されるなかで、大きなキーのひとつが、太子集団や匯旺といった詐欺マネーを扱う在カンボジア中国系企業であるのは間違いないはずだが……? 捜査の開始を祈りたいところではある。

