未来を先送りしない

益 一哉 東京工業大学学長
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 東京工業大学と東京医科歯科大学が法人統合・大学統合し、新しい大学「東京科学大学」が2024年10月1日に創立されます。大学統合を提案した一人として、これまでの経緯と新しい大学への期待を述べます。

 学長に就任した2018年、元学長の末松安晴先生の訪問を受けました。2000ページを軽く超える東工大百年史を机に置かれて、「大学を背負うということは重いものだよ」と言われました。百年史に目を通したことはありましたが、この一言は重かった。

東京工業大学の大岡山キャンパス ©時事通信社

 東工大の前身である東京職工学校は1881年に創立されました。設立に際し、浜尾新は「工業工場があって而して工業学校を起こすのではなく、工業学校を起こし卒業生を出して而して工業工場を起こさしめん」と述べました。私自身は、1982年から半導体集積回路の研究に携わってきました。21世紀の日本における半導体産業の状況は危機的であり、半導体に限らず日本全体が「失われた30年」といわれる停滞に陥っている状況を目の当たりにしてきました。諸外国の状況に反して、日本のGDPは成長していません。世界の成長を牽引しているITやバイオ、生命科学の新しい産業を興していないからです。翻って、東工大の設立理念は何であったのか。今風に解釈すれば新しい産業を興すと言っていたのではないか。そのような人材を育成できていない大学にこそ、日本の停滞の原因があるのではないかという思いが強くなりました。

 過去の改革を振り返ると、1929年旧制大学への昇格の際には、後のTDK株式会社の創立に関わった加藤与五郎先生が関与したとされる「教授自ら有力な研究者たれ」との一言が残されています。1945年9月、終戦の翌月に「教授助教授懇談会」を開催し、翌年2月には「東京工業大学刷新要綱」をまとめ上げ、旧制大学であるにもかかわらず1946年4月から宮城音弥、加茂儀一らによる人文・社会科学の講義が開始されました。専門分野に閉じこもることなかれとのことでしょうが、戦後の混乱期にわずか半年で改革の実行にまで漕ぎつけた熱意に感動を覚えます。

 私が学長に就任する前に、学生、教職員、同窓生、社会の多くの人々との対話を経て生まれた「ちがう未来を、見つめていく」から始まる東工大ステートメント2030が発表されました。これを受けて私は2018年10月に、いかに「ちがう未来」に向かうかを「多様性と寛容」「協調と挑戦」「決断と実行」から成る3つのコミットメントにまとめました。

 国立大学は6年毎の中期目標・中期計画のもとで運営されています。2022年度から始まる第4期中期目標・中期計画の立案を開始した2020年、東工大では「理工学の再定義」を掲げました。それは停滞の30年からの脱却を我々自身が主導しようという危機感の表れでした。

 具体策のひとつが、ジェンダーバランス改善のための「女性限定教員公募(2021年度から開始)」や、学士課程入試における女子枠の導入です。2020年のコロナ禍、ESG投資の視点での女性活躍に向けての圧力が強くなる一方、日本は遅れを認識しつつ何も変わりませんでした。本学の女子枠定員は、2024年4月入学者では58名、2025年は143名です。入学者総数が1100名程度ですので、絶対数、比率ともにこれまでのどの大学にもない規模です。これは理工系大学におけるジェンダーバランスを改善するという我々の強い意志によるものです。

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source : 文藝春秋 2024年6月号

genre : ニュース テクノロジー サイエンス 教育