橘玲『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』

今月のイチ推し新書! 第5回

平山 周吉 雑文家
エンタメ テクノロジー 読書

天才4人が構想する「未来」

 イーロン・マスクを始めとする、数学とコンピュータの天才4人が主人公の本である。中学2年の時から数学は赤点地獄、ITについても我が家で「電盲」と罵られている身としては、敬して遠ざけるべき本のはずだが、柄にもなく熱中して読んでしまった。幸い、数式はたった一つしか出てこない。

 タイトルの『テクノ・リバタリアン』とは、「世界を数学的に把握」し、「道徳的・政治的価値のなかで自由をもっとも重要」視する「自由原理主義者」を指す。突出した知能と、桁違いの富と、国家権力をも超える支配力を手中にする彼らが構想する「未来」を本書は教えてくれる。すでに「現在」にも遅れをとっている身で、「未来」なぞ知っても詮無いのだが、その「未来」がもう身近に来ているとするなら、無関心ではいられない。

橘玲『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)990円(税込)

 彼ら「テクノ・リバタリアン」の思想は、自由主義と民主政を合体させた現行の「リベラルデモクラシー」を踏み越える。自由を極度に重視するためだ。そこに二つの立場がある。暗号によって国家の規制を超えようとする「クリプト(暗号)・アナキズム」と、テクノロジーによって社会の幸福を最大化できるとする「総督府功利主義」で、本書のいちばんのテーマは後者の立場だ。

「総督府功利主義」とは、マスクと並ぶ第1世代の雄ピーター・ティールに代表される。総督府という言葉から、台湾総督府、朝鮮総督府を思い出してしまうのは、古い頭なのかもしれない。まだ香港総督のイメージの方が「総督府功利主義」に近いか。大多数の人間は、国民ではなく植民地の住民のように見なされる。

 ティールは、テロ監視システムを米国防省に提供する会社を作り、偵察用ドローン、攻撃型ドローンに多額の投資をしている。オーウェルの『一九八四』的監視に加担するかだが、それは「安全が保証されてこそ、はじめて自由が手に入る」と考えるからだという。「自由に生きるためにこそ」効率的に監視されなければならないというティールの主張は、監視国家中国と変わらなくならないか。

 第2世代には、チャットGPTの生みの親であるサム・アルトマン、19歳で暗号資産イーサリアムを考案したヴィタリック・ブテリンがいる。世界中の全員に「ベーシックインカム」を支給するアルトマンの構想、人間同士の結びつきによる本人認証というブテリンの提唱など、奔放なアイディアが飛び交う。現在では困難な課題もいつか克服されるのか。もう我が身はお呼びでない時代のことかもしれないが。

もう1冊 山際康之『プロ野球選手の戦争史――122名の戦場記録』(ちくま新書)選手たちの運命が織りなす庶民の昭和史

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source : 文藝春秋 2024年6月号

genre : エンタメ テクノロジー 読書