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元PASSPO☆槙田紗子「ももクロ夏菜子ちゃんを研究しなさい」と言われたアイドル時代

槙田紗子さんインタビュー#1――アイドル戦国時代を振り返る

2018/12/30

 2018年9月22日、中野サンプラザでのライブを最後に解散したPASSPO☆(結成時はぱすぽ☆。以下、PASSPO☆で統一)。その解散を「意外」と受け止めるアイドルファンは多かった。メンバーが「30歳、40歳になってもPASSPO☆を続けて、結婚しても祝福されるようなグループになるといいよね」と発言していたからだ。

 2011年5月に発売されたメジャーデビューシングル『少女飛行』がオリコン週間ランキング1位になったことで、アイドル戦国時代の先頭を走ることになったPASSPO☆。2014年3月にバンド版PASSPO☆を結成し、メンバーが衣装や振り付けを考えるなど、DIY化が進んでいく。だからこそ「30歳、40歳になってもPASSPO☆を続けて」いくと、ファンも思っていたのだ。

 PASSPO☆を2015年12月末に卒業した槙田紗子さんは、スカウトされた他のメンバーと違い、履歴書を送って事務所に入ると「地味キャラ」を確立。地味なはずなのにファンからの支持は高かった。人気の理由のひとつはグループを俯瞰で観ていたからだろう。

 現在は振り付けやWEB連載などマルチに活動している槙田さんに、現在・過去・未来を聞いた。(全2回の1回目/#2へ続く)

元PASSPO☆槙田紗子さん

「グラビアアイドルは自分に合わないけど……」履歴書を送った

――槙田さんが応募した時って、まだプラチナムプロダクションはグラビアアイドルの事務所というイメージが強かったと思います。

槙田 そうでしたね。最初、アミューズやレプロに履歴書を送っていたんですよ。大きい事務所にしか入る気がなくて。

――アミューズやレプロがアイドルを募集していたわけじゃないんですよね。

槙田 「飛び込み」みたいな感じで履歴書を送ったんです。返事がないから、「グラビアは自分に合わないけど」と思いつつ、『クイズ!ヘキサゴン』で活躍している木下優樹菜さんが好きだったので、プラチナムに履歴書を送ったら翌日に電話がかかってきたんです。「早っ」と思いながら事務所に行ったら、PASSPO☆を作ろうというタイミングで、しかも年齢的に中3の子がほしかったみたいなんです。事務所内オーディションを受けて。気がついたらPASSPO☆になってました(笑)。