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桜田義孝大臣は「認知バイアス」の教科書のような存在だ

根拠がないのに強気になれる理由とは?

2018/12/26

都合のよい情報を重要視しやすい確証バイアスも働いた?

 桜田氏の強気の発言には、強気になれる根拠がまるでない。ここが肯定的幻想の罠である。客観的に判断できる知識については言及せず、漠然とした基準をもとに、自分の価値や能力を高く評価するようになるのだ。『行動意思決定論 バイアスの罠』(白桃書房)で経営学者のベイザーマンとムーアは、「一時的にせよ愚かにも自分を現実以上の存在と思い込んでしまうことは、有害であり時に自己破滅的ですらある」と述べている。

 この強気の発言の背景には、他の要因も潜んでいる。1つは与党議員からの応援(?)だ。注目度がアップしてから、桜田大臣を後押しするような肯定的な野次が増えているのだ。国会終了後、出席した議員らと握手を交わす映像もあれば、与党からは表立った非難の声も上がらない。「人柄的にはいい人だ」という声すら、情報番組では聞こえてくる。自分の信念や考えに都合のよい情報を重要視しやすい確証バイアスも働いたことで、肯定的幻想を強めた桜田氏は、肯定的な野次に俄然、語気を強め、発言が強気に転じたのではないだろうか。

座右の銘は「努力に勝る天才なし」だという ©文藝春秋

 もう1つの要因は、桜田氏が注目されたことで野党議員の質問の仕方が「やさしいよな」と野次が飛ぶほど軟化したことだ。質問する用語を丁寧に説明する議員までいる。桜田氏から面白い発言を引き出すことができれば、それだけで注目度が増す。野党議員にとっても、政治家として顔と名前を売る絶好のチャンスになっているのだ。

大臣になりたかったのはわかるが……

 といっても蓮舫議員は苦手のようで、彼女の前では蛇に睨まれた蛙。11月27日の参議院文教科学委員会では、肩に力が入り、書面に目を落としたまま、ちぐはぐな答弁を繰り返した挙句、「大臣に資する人ではない」と呆れられてしまう。またここで非合理的エスカレーションが強く働いたのか、答弁を続けようとして委員長に止められる始末。

 当選7回の68歳、大臣になりたかったのはわかる。人柄的には好感が持てるが、そもそも大臣としての資質はあったのかは疑問。人は自分の能力が不足していたり、自分がそれに適していないということを認識することが難しい。そのため能力が低い人ほど、自分を高く評価してしまうというダニング・クルーガー効果がおきやすい。

「答弁書を間違いのないように読むことが、最大の仕事だと思っております」と、何度も頷きながら強気の桜田氏は、野党議員から「日本の経済的損失」と野次られて、こう応じている。

「大臣が必要だから、私がいるんです!」

 桜田氏は、人間の「バイアス」を学ぶ上でまたとない教材なのだ。