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日本人が知らないアリアナ・グランデ「文化の盗用」批判の背景とは

多様性時代に豊かで新しい文化を創り出すには

2019/02/25
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「チビ」「出っ歯」から憧れの対象へ

 アメリカにおいて、アジア系は黒人よりもさらにマイノリティだ。アメリカでのアジア系移民の歴史は黒人に比べると浅く、人口も少ない。表舞台に出たがらない気質も手伝い、これまでは目立たない存在だった。ゆえに昔は「チビ」「出っ歯」「メガネ」「英語がヘタ」というひどいステレオタイプを貼られ、バカにされこそすれ、憧れの対象となることはまれだった。

©iStock.com

 ところが近年、状況は変わりつつある。日本のアニメやゲームは完全に浸透し、コスプレに勤しむ若者、アニメからカタコトの日本語を聞き覚える子供も少なくない。原宿発祥の「Kawaii(カワイイ)」カルチャーも人気だ。

 こうした背景があり、アリアナ・グランデも大の日本文化ファンとなって日本語を学び、ミュージック・ビデオにいくつも日本の小物を登場させ、公式ウエブサイトで「ありがとう」と書かれたトレーナーを販売することもした。その延長で「七輪」のタトゥーを入れてしまったのだ。

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マジョリティである日本人と、マイノリティである日系アメリカ人

 アリアナの日本への傾倒振りを、日本のファンは喜んだ。誤った漢字を使っても「かわいい!」「日本を好きになってくれて、ありがとう!」とさえ言った。ところが、アメリカに暮らす日系アメリカ人はそうではなかった。ヒップホップを白人に盗用された黒人と同様、白人に文化を盗用されたと不快感を示した。ここに、日本では圧倒的なマジョリティである日本人と、アメリカではマイノリティである日系アメリカ人の大きな違いがある。

 要するに、文化の盗用は異なる人種民族間で起こるというより、力を持ったマジョリティから、搾取されてしまう弱いマイノリティに向けておこなわれるのである。マイノリティにとってさらに苛立たしいのは、盗用・搾取する側のマジョリティは自身の行いがマイノリティを傷付けていることに気付かず、「それ、いいね」くらいの、ごく軽い気持ちでやってしまうことだ。

 ただし、アリアナの「七輪」タトゥーに全ての日系アメリカ人が怒りを感じたかと言えば、そうでもない。「あれくらいなら微笑ましい」と感じた日系人も少なくない。他方、該当者(今回の場合は日系人、またはアジア系)でなくとも、ポリティカル・コレクトネスとして文化の盗用を批判する層も存在する。

「盗用ではない」大御所スティーヴィー・ワンダーの発言の真意

 ちなみにマイノリティが米国最大のマジョリティである白人の文化を取り入れても文化の盗用とはみなされない。例えば、アジア系だけでなく、黒人、ラティーノ、ネイティヴ・アメリカンなど、どのマイノリティ・グループがロック・バンドを結成して、仮に大ヒットを飛ばしても、文化の盗用とクレームを付ける白人はいない。ロックはもはや白人文化の域を超え、一般的な音楽ジャンルと認識されているからだ。白人が作り上げた現代の洋服を誰もが着ているのと同じだ。

 だが、ブラック・ミュージックに強い影響を受けた音楽を演奏するブルーノ・マーズは、ある黒人ブロガーから「黒人音楽の盗用」と激しく批判された。ブルーノの母親はフィリピンからの移民、父親は白人のユダヤ系の血筋も持つプエルトリコ系(ヒスパニック)であり、ブルーノの人種は一言では言い表せないが、ブロガーが言ったように「黒人でない」ことは確かだ。

ブラック・ミュージックに強い影響を受けたブルーノ・マーズ ©getty

 ブロガーの主張を基に若い黒人たちは賛否に分かれて激論を闘わせたが、やがてスティーヴィー・ワンダーなど大物の黒人ミュージシャンから「ブルーノは黒人音楽の盗用はしていない」「素晴らしい(黒人)ミュージシャンにインスパイアされたのだ」といった意見が出たことにより、一件落着となった。

 多くの黒人がブルーノを認めたのは、ブルーノのブラック・ミュージックへの愛と敬意が理由だ。単なるモノマネや盗用ではなく、そこには真の理解があると知っていたのだ。ブルーノの、ミュージシャンとしてのずば抜けた才能と技術も、もちろん重要な要素だ。いくら愛があっても「ヘタの横好き」では認めようもない。