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安田 峰俊
2017/02/08

『君の名は。』聖地に“リア充”中国人集団が殺到中

前前前世からここに来たかった

 厳寒の2月上旬。すべてが眠ったように深い雪に閉ざされた、飛騨路もなかばのローカル駅。国鉄時代を思わせるレトロな駅に自動改札などはなく、駅員がたった一人で改札と窓口業務を切り盛りしている。待ち合わせ室でぼそぼそと茶飲み話を続ける地元の老婆。やがて名古屋から富山へと抜ける特急がホームに滑り込み、扉が開いた。

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 静寂を切り裂き、ひなびた駅舎が突如として中国語の洪水で包まれた。列車から続々と降りてくる、はしゃいだ若者たち。大きなスーツケースを脇に置いて記念写真を撮るカップル、友達に電話を掛けはじめた女性、ホームを走ろうとした子どもを叱る声など、狭いホームが華やいだ雰囲気で満ちた。

「これから飛騨市図書館に」という杭州市出身の若い女性

 ここは岐阜県飛騨市、JR高山本線の飛騨古川駅だ。昨年8月に公開されて大ヒットを記録した映画『君の名は。』のヒロイン・三葉が住む山里のモチーフのひとつになったことで、「聖地巡礼」(アニメの舞台となった土地をファンが実際に訪ねる旅行)の観光客が増加している。

 作中で主人公が利用した図書館のモチーフになった飛騨市図書館も「巡礼地」のひとつだ。飛騨市によると、『君の名は。』展示がおこなわれている同図書館内で写真撮影を申請した人数は、昨年8月26日から12月31日までの約4ヶ月間で3万6200人に達した。

 そのなかに少なからず含まれているのが、台湾・香港・中国など東アジア各国からのファンである。特に昨年12月に中国で作品公開がはじまり、同国の日本アニメ映画興行記録の歴代1位となる大ヒットを記録したことで、中国大陸から飛騨古川を訪れる人も増えた。

飛騨市公式観光サイトで紹介されている作中風景(左)と、現実の風景(右)。

 駅舎を出て左手に進んだ場所にある北側跨線橋は、『君の名は。』の主人公・瀧が、作中で駅を訪れたシーンと同じカメラアングルで列車を眺められる人気のスポットだ。

「中国の公開初日の12月2日に作品を見ました。今年の春節の旅行はぜひこの街に来たいと考えていたんです。さっき、瀧くんが三葉を探して立ち寄った(場所のモデルである)気多若宮神社に行ったところ。これから飛騨市図書館に向かう予定です」

 北側跨線橋で出会った浙江省杭州市出身の若い女性は、そう語って顔をほころばせた。彼女は大学教員で、エンジニアの婚約者とカップルで個人旅行中である。

「以前はアメリカや欧州・タイなんかによく行っていましたが、最近は日本ばかり。ここ3年間で5回目です。最初は東京と箱根と……『スラムダンク』の舞台になった鎌倉。2回目は関西で3回目は沖縄。去年の夏は友人と瀬戸内海に10日くらい行きました。彼氏の側も、会社の旅行を含めると日本は3回目です」

「飛騨の印象ですか? 落ち着いた雰囲気で、リラックスした気持ちになります。雪景色も最高。日本の田舎町って普通のツアーでは来られないので、いい経験になっています」

 今回の日本旅行は、名古屋から入国し、10日間で下呂→高山→飛騨古川→金沢と回って名古屋に戻る。さすがに日本旅行のヘビーリピーターらしい通好みのルートだが、なかでも『君の名は。』の聖地巡礼が今回のハイライトなのだという。

取材に応じてくれた浙江省出身の中国人カップル(手前)。ちなみに奥は日本人の「聖地巡礼者」たちだ。

 手を繋いで去っていった彼らを見送り、駅前の観光案内所で別の中国人に声をかけた。四川省成都市出身の30代前半の会社員の女性。やはり個人旅行者で、こちらは一人旅である。

「日本は3回目。『君の名は。』は昨年12月に公開されてすぐに見に行きました。これから白川郷・金沢と回って、北陸線経由で京都に向かいます。普段は仕事が忙しいので、温泉に浸かったり古い民家を見たりして穏やかな気持ちになりたいんです」

 続いて市街地を散策する。過疎化が進む内陸の地方都市の、真冬の平日だ。活発に街を動き回る若い人間は、いずれも台湾人や中国人と思われる外国人観光客ばかりだった。特にカップルや、ベビーカーを押す家族連れの姿が目立ち、幸せそうな雰囲気が漂う。

子どものサングラスとおばあちゃんのダウンジャケットが個性的な家族。上海人だった。
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