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チケットが取れない! 天才講談師・神田松之丞を知っていますか?

33歳の救世主が語る“ビジョン” #1

2017/02/21

genre : エンタメ, 芸能

note

 講談師・神田松之丞を聴かずには死ねない。

 日本人として生まれたなら、彼の講談を聴かずにいるのは、あまりにもったいない。

 松之丞は33歳。2007年、大学を卒業してから半年後に神田松鯉の下に弟子入りし、芸歴10年目を迎えた今年、講談界の“救世主”になりつつある。まだ二ツ目だが、独演会、そして彼が登場する高座は売り切れが相次いでいるのだ。

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 近いところでは、3月27日(月)の紀伊國屋ホール(418席)での独演会が完売。5月26日(金)に予定されている、なかのZERO(507席)での独演会も期待が高まっている。

 早晩、神田松之丞は「東京でもっともチケットが取りにくい芸人」となるだろう。 

©橘蓮二

 講談の歴史は江戸時代に遡り、もともと『太平記』などの軍記物を調子をつけながら聴かせるものだった。江戸から明治にかけて全盛期を迎えたが、昭和に入ってあらゆるメディアが登場すると、講談は隅に追いやられた。当然のことながら講釈師になろうとする人間は少なくなり、松之丞は彼が所属する日本講談協会で、男性講談師としては最年少のままだ。松之丞自身、「男性講釈師は絶滅危惧種です」と話すほど。

 そんな険しい状況の中で、松之丞は颯爽と登場し、階段を昇っている。張り扇を右手に、扇子を左手に持って見事なリズムで物語を読む。その心地よさ。軍記物に世話物、怪談にピカレスクまで、人間が持つありとあらゆる感情を取り扱い、操る。物語の面白さをこれだけ伝えられる人間は稀有であり、貴重だ。

 神田松之丞は何を考え、どこを目指しているのか尋ねてみた。 

©鈴木七絵/文藝春秋

真打昇進は「全会一致で否決(笑)」

――毎月、人気がうなぎ上りなのを客席で感じます。いつから火がついた感じですか。

松之丞 象徴的だったのは、2015年5月の「渋谷らくご」で、春風亭一之輔師匠をヒザ(トリの前に高座に上がる)に、僕がトリを取った時からでしょうか。渋谷らくごは、ユーロライブという客席がだいたい180席のところで開かれてますが、そこからの拡散効果は何十倍、何百倍と感じられました。

――去年の7月に博品館に進出された時、マクラで「真打のお披露目は歌舞伎座で」と聞いた時は、びっくりしました。一瞬、「講談で歌舞伎座! マジか?」と思いましたが、この人ならやりかねない、いや、実現すると思ったんです。

松之丞 自分が言い続けていれば、人間関係も動く――。そう思っているので言い続けようかな、と。それとウチの師匠が歌舞伎出身でして、順調にいけば私は6年後に真打になるんですが、歌舞伎座でお披露目となれば、師匠にも喜んでもらえると思うので。

――去年、真打になるチャンスがあったとか……。

松之丞 新宿末廣亭の席亭が、落語芸術協会に私のことを真打に、と推薦してくださったんです。

――末廣亭の席亭といえば、その発言力は大きいですよね。

松之丞 それで落語芸術協会の理事会に議題としてかけられたらしいんですが……。

――それで?

松之丞 全会一致で否決(笑)。

――なんと! それはさぞ、胸中複雑だったでしょう。やっぱり、真打にはなりたいですよね?

松之丞 そこには、葛藤があります。何よりも、襲名披露の席ではウチの師匠が元気で僕の横にいて欲しいんです。ウチの師匠はいま74歳ですから、6年後は80歳。もしも、もしもですよ。師匠が亡くなったとしたら、仕組みとして僕は他の弟子に移らなければならない。それは嫌なんです。

講釈師として、シーズン1000本安打を目指す!

――神田松鯉の弟子として、真打になる。

松之丞 そういうことです。一方で、私は二ツ目という身分であるからこそ、いっぱい恥をかきたいし、いろいろな面白いことを仕掛けていきたいという気持ちもある。

©鈴木七絵/文藝春秋

――二ツ目のうちに数々の「伝説」を打ち立てるのもアリですよね。

松之丞 僕もそう思ってます。それこそ、真打に昇進する前の年には年間1000席やるとか。

――1000! 尋常じゃない。たしか、去年は496席でしたか?

松之丞 そうですね。今年は600席を目指してたんですが、1月は55席。これでもかなり大変で、550に下方修正しました。でも、「講釈師として、シーズン1000本安打を目指す!」とか言い張るのはアリかも(笑)。数字にこだわることに拡散効果があると思うので。

――6年後だったら、歌舞伎座のチャンスは広がっているかもしれませんね。でも、びっくりするのはあれだけデカい小屋で講談をやろうとする発想です。キャパは幕見席まで入れると1900席を超えます。

松之丞 僕の中に極端なブランド志向があるわけではなく、講談にとってそれがひとつの象徴になればいいと思ってるんです。たとえば、歌舞伎座ですと、落語家でも亡くなられた(三遊亭)圓生師匠、(桂)枝雀師匠とか限られた人しかやっていませんし、ましてや真打昇進で歌舞伎座に出るとなれば初めてのことになるはずです。もっとも、松竹さんが貸してくださるかどうかは、別の話ですが(笑)。